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【第二話】脇モブなのに人生ハードモード転生だな?

「……っ」  俺は目を見開き衝撃を受けた。  大きく瞬きをしながら、暗い天井を見上げる。嫌な汗が浮かんできた。ズドンと蘇った――『謎の記憶』。 「こ、ここは……」  上半身を起こしながら、俺は最初、病院だろうかと考えた。だが、どうみても西洋風の簡素な一室に俺はいた。おずおずと手を持ち上げてみれば、白くて小さい。 「……」  それからすぐに俺は思い出した。  俺は――ライナ・アンドラーデという名前のはずだ。アンドラーデ男爵家の次男である。目をパチパチと瞬かせながら、現状把握に努めようとした。確か俺は、現在十歳だ。少なくともこちら側で覚えている事として、最後の記憶は十歳の誕生日付近である。十歳の誕生日に、このルナワーズ王国では、性差(ダイナミクス)が判定される。その結果、俺は Subだった。Switchの父は落胆した顔をし、Domである兄は蔑むような目をし、俺だけがデコレーションケーキを食べていた。 「Domであれば、高位貴族のSubの婿養子となる事も出来ただろうが……末端の男爵家の、それも次男で、貴族社会ではあまり気味のSubでは……何の役にも立たないではないか。まだUsualであれば、平民と同じ扱いになるとはいえ、王国法での保護もあっただろうが――強い魔力があるから期待していたというのに、ランクが高くとも、Subではな」  つらつらと語った父は、宮廷魔術師をしている。兄のリュードは、俺の二歳年上だ。アンドラーデ男爵家の次の当主でもある。寡黙だが、昔から高圧的に思えて、俺は近づくのが怖かったような記憶がある。誰一人として、十歳の誕生日のお祝いの言葉を述べる事はなく、この日のアンドラーデ男爵家の空気は重かった。  そして翌日、夕方になって父が俺の部屋の扉を開け放った。 「ライナ。適職を用意した」 「父上?」 「宮廷魔術師は内々に、魔物討伐部隊の捨て駒――……優秀な兵士を育成する事を決定していたのだが、その条件は『Bランク以上のSub』である事なんだ。ライナは幸い、高ランクだった。Subのランクなど気に留める事は無いと思っていたが、不幸中の幸いだった。国のために、命を賭して働くが良い」  つらつらとそう語った父は、それから双眸を細くした。その瞬間、威圧感(グレア)が溢れた。 「Subは命令に忠実に行動する戦力としては、確かに有益だな」 「……」 「――≪跪け(ニール)≫。姿勢は、家庭教師に習った魔術師としての最敬礼で良い」  父が唐突にDomへと転化して発した【命令(コマンド)】に、俺の体は自然と従った。強いグレアに充てられていて、視界が二重にブレたような気がしていた。俺は両ひざを床について、両手の指を組んだ。アンドラーデ男爵家は代々魔術師の家系なので、この礼の取り方は確かに習っていた。 「≪来い(カム)≫。今日から、魔物討伐部隊の教育を受けてもらう」  こうして俺は、十歳と一日目の夕暮れに、父に強制されて、王宮の離れにある、訓練場所へと連れていかれた。そこには、鷹のような目をした指揮官のアドバズル卿が立っていた。父は、俺を引き渡すと帰っていった。 「本日より、貴様を教育するアドバズルだ。この部隊における、唯一のDomだ。俺の命令は絶対であり、最優先だ。分かったな? ≪返事をしろ≫」 「……はい」 「ここでは、Subの人権を認めない。よって、セーフワードも設けない。貴様に拒否権は無い。だが、適切に魔物の殲滅行動が出来たならば、それは賞賛しよう。それは、≪good≫だ。魔術の基礎訓練はすでに終了していると、アンドラーデ男爵より聴いている。明日より、早速実戦に出てもらう」  その後、俺は魔物討伐部隊の寮に連れていかれた。 俺以外の魔術師も、アドバズル卿以外は、全てSubだったが、年齢はまちまちだった。ただ皆が、暗い色の瞳をしていた。幼いながらに、明るく挨拶をするような場所ではないと察知して、その夜は不安に駆られながら、俺は眠った。  そして、翌日。  早速の実戦があった。目の前には、口から酸をまき散らす魔竜(ドラゴン)がいたのだが、初めて見る魔物に立ちすくむ事すら許されず、攻撃魔術を放つ事を命じられた。その≪命令≫により、Subの内の数名は、俺の目の前で死んだ。十歳になったばかりの俺が、初めて感じ取った死臭である。そして俺は、死にたくなかった。だから、無我夢中で、初めて魔物とはいえ生物に向かって、攻撃魔術を放った。  すると竜の動きが停止した。だから迷わず俺は後退り、踵を返そうとしたその直後―― 「≪待て(ステイ)≫」 「!!」 「とどめを刺すまでが仕事だ。≪殺せ(プレゼント)≫」  ――そこでこちらの記憶が途絶していた。  おぼろげに、暗闇に光景が入り込むような形で、俺は更に攻撃魔術を放って竜を屠ったようではあったが、覚えていない。  その次の記憶が現在である。  ……え?  ドクンドクンドクンと嫌な動悸に襲われた。滝のように汗をかいていると、その時扉が乱暴に開く音がした。 「目が覚めたか。まったくあの程度で、≪Sub drop≫するとは情けない」  入ってきたのは、アドバズル卿だった。蔑むように俺を見てから、吐き捨てるようにそう述べた。  ……。  う、うん? つまり俺は、ライナ・アンドラーデという男爵家の次男になって、あちらでは不要とされたので、この魔物殲滅部隊に渡されたという事か? そしてどうやら、この世界は、俺にある『謎の記憶』を頼りにした限り、Dom/Subユニバースという性差がある世界みたいだ。  もっと言うならば、ルナワーズ王国という名称的に、そこもBLゲームと同じだ。  しかしながら、俺がテストした範囲には、こんな戦闘は無かった。確かにSubの方が人口が多いという話はあったが、別にSubが悲惨だという設定を聞いた覚えもない。  だが、今回の、人生初の≪Sub drop≫の衝撃で、確かに俺は、『謎』――改め、『前世の記憶』をはっきりと思い出していた。十歳までの記憶もそのままあるがプラスして二十一年間の現代ニホンで生きた、大学生だった時の記憶も戻ってきた。  無論……俺がやっていたゲームには、アンドラーデ男爵家なんて出てこなかったし、アドバズル卿やこんな部隊の設定も無かったが……酷似した世界にいるのは間違いない。 「≪立て≫――魔物が出現した」  アドバズル卿の命令に、俺の体が勝手に従う。  強いグレアの気配を感じた俺は、拒否したらまた≪Sub drop≫になると本能的に理解し、内心に宿った大人の部分で従う事に決めた。  その後連れられて向かった先で、俺は他の部隊の者と共に、魔物討伐を行った。  これが始まりであり、俺は思った。  死と隣り合わせ、すれすれで、使い捨てのSub……そんな、名もなきモブの俺。  ――脇モブなのに人生ハードモード転生だな?  怪我をしても放置されたし、何度も死にかけながら、俺はその後、急に放り込まれた最前線で、二年半の時を過ごした。その頃には、Domには従わなければならないと嫌というほど理解していたし、攻撃魔術を使って魔物を屠る事にも慣れていた。  そんな俺であるが、十三歳まで残り半年という時になって、実家に呼び戻された。 「すぐに死ぬと思っていたが、まだ生きていたのか」  帰宅すると父が俺に言った。兄は、何も言わずに俺を見ていた。相変わらず蔑むような冷ややかな眼差しだった。 「さすがSubとはいえ、Sランクの魔力量を誇るだけはあるな。その点だけは、≪褒めてやる≫」 「……」  父に褒められた。この二年半の間、一度も誰にも褒められなかったので、俺は不意打ちに焦った。なおグレアも何も伴わず、ただの言葉(リワード)のみで、父も特にDomには転化していなかったが、ここまで限界を綱渡りで生きてきた俺にとっては、嬉しくないはずもなかった。Subの欲求も難儀である……。 「そこで、特命が下った。幸運にも、お前は今後、魔物部隊と兼任で、近衛騎士団付属の暗部にも所属が決まった」 「……?」 「同年代の高位の貴族令息の護衛、なお言えば以後、王太子殿下の護衛などに携わる誉を与えられたのだ。全ては、手配した私の手腕だが」 「……」 「その為、男爵家の次男であるお前を通わせる学費など惜しくてならないが、内々に私が属する派閥より学費の援助を受ける事にも決まったゆえ、恐れ多くも半年後より、ルナワーズ魔法学園への入学を許可する」  あ、やっぱり魔法学園あるんだな?  内心で、俺はそんな事を思っていたが、毎日が荒みすぎていたので、ゲームの記憶が若干遠のいていたので、不思議な気持ちにもなった。 「良いか、お前の一学年下と将来なる王太子殿下を必ずやお守りするように。また、アンドラーデ男爵家は、宮廷魔術師の総師団長であるユングレール侯爵家の派閥に属している。決して失礼が無いように。また、その最大敵対派閥であるバルティミア公爵派とは関わらないように」  ユングレール侯爵家は、確か攻略対象の一人の苗字だったような記憶がある。  そしてバルティミア公爵家は、俺が繰り返し見た、婚約破棄される悪役令息のグレイグの家だと覚えていた。 「失礼が無いように。決して不興を買うな」  父に厳命された俺は、頷いた。それをじっと兄は睨んでいた。なお、兄は在学中である。こうして俺は、十二歳と半年で、男爵家に呼び戻され、その後は魔法学園への入学のための準備期間に当てられた。

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