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初夜
昔からどういう訳か女よりも男にモテた。
「ひとり? 隣、いいかな」
それはキモチワルイ事ではなく、どちらかといえば愉快な気分。
「ええ…。どうぞ」
別に男が好きな人種ではないが、同性からちやほや持て囃されるのは気分が良い。
「グラスが空だね。 何か飲む?」
ただそれだけの事。
「じゃあ。 カンパリソーダ」
だからこんな風に駆け引きを楽しむのもお遊びの内だった。
「慣れてるね。 気に入った」
欲の孕んだ視線はそれだけで気持ちが良い。
「お遊びは嫌いじゃないんでね」
今夜の獲物は、コレでいいや。
*****
「いっ、てえぇ!! や、やめろっ!」
「何だよ。此処まで来てそりゃないだろ」
「やだやだっ、離せよっ!」
「大丈夫だって、気持ちよくしてあげるから」
無理っ!絶対に無理だっ!
指一本でも痛いって言ってんだろ、この野郎!
「な、何が大丈夫だっ!? 痛えって言ってんだろ!もう止めろって」
「何事も経験だろ。 な、ほらローション足してやるから」
な、じゃねぇ!ふざけんなっ!
「こんな経験いらねぇんだよっ! もうやだっ、帰るっ! ヒッ!」
「もうちょい頑張れ。ほぉら、さっきよりスムーズに入った」
冷たいヌルっとした感触の後、尻に指が差し込まれる。き、気色悪いっ!
「ひゃっ! ゃ、やだっ、て! ぬ、抜けよバカぁ!」
ヌルヌルと非ぬ場所を出入りする指の感触が気持ち悪い。
「あんまり暴れるな。怪我するぞ」
「いっ、嫌だっ! 抜けっ、てばぁ」
どうしてこんな事になってるのか、だって?
そんなの俺が知りたいよっ!
このトンチンカンな強姦魔と知り合ったあのバーは所謂ミックスバーで、あらゆる性癖の客が集まる俺のオアシスだった。
仕事でむしゃくしゃした事があるとそこを訪れ束の間のパラダイスを楽しむ。
俺と同じ男、それも会社の糞上司と同世代くらいの野郎から、猫なで声で『可愛いね』だとか『綺麗だよ』だとか言われると気分が良い。そういう鼻の下を伸ばした、下心満載で迫る野郎を素気なくあしらうのが愉快で堪らない。それが俺のストレス発散法だ。
今日も朝から糞上司のくだらないお小言を散々浴びせられ、昼を過ぎた辺りから苛々が募って胃がムカムカしていた。だからあのバーに行ったんだ。
年上の偉そうな顔した野郎を袖に振るつもりでカウンターにひとり座り、手ぐすね引いて獲物が掛かるのを待っていた。
こいつの前に3人の若い男に声を掛けられたが、俺はゲイじゃない。出会い目的の彼らには興味の欠片もないのでサラッと断わった。あんな場所だが引き際の良さは店のルールなのか、手応えの無い相手にしつこく迫る様な野暮な奴はいない。そんな所も狩り場としては気に入ってる。
今夜は不発かと、そろそろ帰ろうと思っていた所にこの三十路野郎が隣に座った。
俺の会社は所謂ブラックだ。件の糞上司を筆頭に、上の奴らは禄に仕事も出来ないくせに態度ばかり威圧的で、俺ら下っ端は毎日理不尽に耐えている。新人は毎年何人も辞めていくし、派遣も長続きしない。残ったのは辞め時を誤った俺の様な不器用な奴等ばかり。毎日そこかしこで罵声と小言が鳴り響くフロアは地獄の様な有り様だ。
こんな会社いつでも辞めてやる、そう叫びたくても叫べない小心者の集まり。皆懐に辞表を忍ばせながら働いているんだ。そのぐらいしか為す術もないのは情けないが、仕事を失う怖さも無視出来ない。入社してそろそろ5年。未だ最下層の下っ端の俺が、辿り着いたのがこのストレス発散方法だった。
「若そうに見えるけど、幾つ? スーツを着ているんだから学生じゃないよね」
「そうだね。普通の会社員だよ。そっちは?」
「まぁ、そこそこの立ち場の人間、てとこかな」
「ふぅん。 お偉いさんなんだ」
けっ。胸くそ悪いオッサンだ。なぁにがっ、そこそこ立ち場のある、だ。どうせ会社じゃ踏ん反り返って威張り散らしてるんだろ。ムカつく。…ま、顔には出さないけどな。
「君のような綺麗な子が、普通のサラリーマンとはね。その会社が羨ましいな」
「顔で仕事が出来れば苦労しないよ。貴方だっているだろ?会社に気になる子が」
「いや。うちの会社は女性ばかりでね。僕には少々窮屈なんだ」
「へぇ…」
何その羨ましい環境。女に囲まれてて窮屈って、勿体ねぇな。俺ならそんなパラダイスみたいな会社の方が羨ましい。このオッサン、マジでゲイかよ。カワイソー。ウケるー。
「またグラスが空いたね。おかわりは?」
「ん? ああ、じゃあ。 頂きます」
女に囲まれてる仕事ってのが気になって、それとなく聞き出そうと時間を掛けたせいか、それとも思いの外このオッサンの話が面白かったせいか、勧められるまま酒を煽り、マズいなと思った時にはもう遅かった。
「お、っと。大丈夫かい? 飲み過ぎちゃったかな。少し横になるといいよ」
「んんー…、もぉ、かえりゅぅ…」
ははは、赤ちゃんみたいだね、とか何とか笑われてる気はしたが、ぐるぐると目が回り足はふらふらで頭は回らず、気付くと素っ裸でこのオッサンに伸し掛られていた。
後ろに回された腕にシャツが絡んで身動きも取れず、おまけに尻には指が入り込んでる。その指がさっきから何かを探すようにぐりぐりと動いていた。
「あっ、あ、ちょっと! やだやめろっ! や、やだって言ってんだろっ、もおっ、っ、ひぁっ!」
「ん〜? ここか」
な、なんだ今の? 腹の奥に電気が走った様な場所が……。
「ぁっ? …あ、あっ! あ、ちょっ、……そ、そこ、やっ …う、ぁっ …あんっ」
「どう? 気持ちいいかい?」
あ、ちょっと。そこだめっ!だめだって!なんか腹が熱い。裏側から勃起スイッチでも押されてる気分だ。
「ぉ、お願いしますっ! もぉやだっ、あ、あんっ、、あ、あやまるからぁ!」
「ははは。さっきの勢いはどうした? 別に苛めてる訳じゃないんだから、謝んなくていいよ」
「や、…あ、…あんっ、ぁ…、くそっ、…ひあっ!」
「はい、二本目〜。 だいぶ緩んできたねぇ」
あっ、やだ!拡げるなっ!元に戻らなくなっちゃったらどうすんだ!
それになんだこれ。触ってもいないのにアソコが勃ってる? 嘘だっ!
「も、…ほんと、やめろって! ぅあっ、あん!」
「ここ、覚えたね。 前立腺、堪んないだろ? さっきから腰が動いてるの、わかるかい?」
これが噂の前立腺マッサージってやつか。とか、尻の穴って意外と拡がるもんだな。とか、何処かで冷静に分析している自分がいた。その一方で「嫌だ」「止めろ」と叫んでもいる。さっきから甘ったるい女の喘ぎ声の様な嬌声が、まさか自分の口から出ているのだとは思いたくない。もう何が嫌なのか、何を止めて欲しいのかも分からなくなった。
「あ、…あん、…あん、……ぁあ、っん…」
「こっちもぱんぱんになっちゃったね。苦しいかい?」
後ろから陰囊を柔々と揉みしだかれて、増々先走りが止まらなくなる。なのに肝心な所には触ってもくれない。
苦しいかと聞かれこくこくと首を振るのに、背後の男は更にヌメった液体を垂らし、相も変わらず尻穴ばかりを攻めたてる。
「も、…もう嫌だよぉ、 ぃ…、い、きたい、……イキたいよぉ」
「ダメだよ。イッたら君が辛くなるだけだからね。もう少し、我慢しなさい」
やだやだ。イキたいんだ。今すぐ出したい。もうたくさん我慢した。お願いお願いっ、前擦って。扱いて。イカせてよ。
「ふ、ぇ… ぅぇえ… …ぇう、」
「あ〜あ、泣かないの。 もっと気持ちよくしてあげるから、ね。 もう少しお尻持ち上げてごらん」
するっ、するから。だから早くしてよ。
尻を高く持ち上げて強請るように揺する。とにかくもう、何でもいいからイキたい。思いっきり射精したいんだ。
「いい子だね。そんなにイキたいの? お尻を振って強請るほど?」
「ぅあん、…ん、ん、…イキ、たい、……んあ、…ん、…イキたいよぉ」
「そろそろいいかな? じゃあそのまま。いい子にしてなさい」
わかった。わかったから、早くして。
「し、して? …ね、早く、……擦って」
「ああ…。擦ってあげるよ。 ーーー中を、たっぷりと、…ね」
ヌルっと尻から指が抜かれ、ヒタリと丸みのあるモノがそこに当る。
ん? え? 待っ……
「ぐ、あっ、ーーーゃ、待っ…、ううっ、」
「こーら。 逃げるな、よ」
腰を両手で引き寄せられ、先端が押し拡げるように狭い隘路を進んでくる。
苦しい。痛みこそ感じないが腹が苦しくて息が詰まる。
「ひっ、…っ、……っっ」
「ん、…息を、吐きなさい。楽になるから」
楽になると言われ、はぁ…、と息を吐き出す。すかさずまた尻の中に肉杭が入り込む。また息が詰まる。するとまた息を吐けと唆される。
もう抜いてと弱音を吐けば、前を擦られあやされて、そうしている内に繋がった場所に下生えの当たる感触がした。
とうとう全部挿れやがった。
「く、るし…。 腹、 裂けるっ、て」
「大丈夫。 上手に呑み込んだねぇ。 エラいエラい」
くっそ、馬鹿にしやがって!この強姦魔!
「どう? 少しは馴染んできたでしょ?」
「ーーっんなわけ、 あるかっ。 …も、もう、抜けよっ」
「嫌だよ、勿体無い。それに…」
「っ、あ…、」
前に手を回し肉棒を握られ、その先端を指で擽られた。挿入のショックですっかり縮こまってしまったモノが再び硬度を取り戻していく。
「あ、ちょっと、…ぁ、やめっ、ふ…」
「イキたかったんでしょ? これからたっぷりイカせてあげるよ」
緩々と前を扱かれながら、ゆっくり腰を動かされた。繋がった場所から熱い杭が出入りする度に背筋が震える。その未知の感覚が怖くなり、気付くとまた声を上げて泣いている。
「や、やだよぉ…… こ、こあいぃ… あぁ、…んっ、あ、ああぁ…、ゃん、あんっ」
「可愛いね…。 も、っと、泣いてごらん」
「やらぁ…、んあ、……ぁ、やん、あん、あん」
激しく身体を揺さぶられ、あられもない声をあげながら俺は、その夜男の宣言通りたっぷりとイカされた。
ああ…、そりゃもう、一晩中なっ!
*****
ーーー太陽が黄色い。
「ぃ…、ててて」
痛む腰を擦りながら駅の改札を抜けて、俺はまたあの地獄の職場へと向かっていた。
時刻は11時を回っている。とっくに始業時間は過ぎていたが、上司からの鬼の留守電と同僚からの裏切るなというメッセージに、重い身体を引き摺るように歩いているのだ。
昨夜散々俺の尻を弄んだエロオヤジは、朝になると姿を消していた。
ご丁寧に新しいYシャツとクリーニング済のスーツを用意し、キザったらしいメッセージ付きの名刺を残したまま。
ち、…くしょー。
あの野郎。今度会ったらぶっ飛ばすっ!
驚いたのは俺が惰眠を貪っていた場所が、場末の安っちいラブホテルなんかじゃなくて、大層ご立派なホテルだった事だ。おまけに宿泊費も支払い済だった。流石『そこそこの立ち場』だよなっ。夜遊びにかける金にも糸目が無いってか!?
「社長だかなんだか知らねぇが、絶対許さねぇからなっ」
だいたい俺はゲイじゃないんだぞ! 尻だってあれだ、…その、し、処女だったんだ!それなのに何回そこに出しやがった!俺が女だったら間違いなく妊娠してるぞっ!
尻から溢れるドロっとした感触を思い出し、思わずブルッと身震いした。
「くっっ、そ! ムカつくっ!」
自分で自分の尻の中を洗う屈辱ったらなかった。あんな思いさせてただで済むと思うなよっ!
なぁにが『素敵な夜をありがとう』だ!『いつでも連絡しておいで』だ!
「誰が連絡なんかするかよっ! こんな名刺、捨ててやるっ!」
駅前のゴミ捨て場に、くしゃりと握り潰した紙屑を投げ捨てた。
会社まであと数分。
差し当たって今心配すべきは、この後対峙すべき上司に、遅刻の理由をなんと言って説明するかだ。
「いっその事、辞表出しちまうかな…」
あーあ、気が重い……。
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