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黒猫王子は狼騎士に溺愛される🎃1(ハッピーハロウィン)
☆柚希と和哉が番になったのは10月の半ば。発情期直後の仕事復帰したあとの土日が商店街のハロウィンイベントでしたので、その際のエピソードです。
柚希が和哉と番になり、発情期の休暇を経て復帰した後の週末。
柚希の勤め先のドーナツ店がある商店街はちょうどハロウィンのお祭りに当たっていた。
地元の子供達中心の仮装行列や、お店を回ってスタンプを集めるとお菓子が貰えるスタンプラリーが催され、各店舗がちょっとした出店も出す。
柚希の勤め先は紫芋やパンプキンフレークで色を付けたグレーズの載ったハロウィンらしい色合いのドーナツを店頭販売するほか、大人気の揚げたてドーナツを提供するのだ。
番になってから時間が許す時はほぼ毎日柚希を車で送り迎えしてくれる和哉も、この土日は最初から他でのバイトを入れておらず、お祭りの運営委員側に回ってくれる約束をしていた。
柚希は忙しい催事時期に長らくお休みを貰ってしまったため、土日どちらも職場に貢献しようと和哉と共に張り切って出勤してきたのだった。
祭りの二日目は日曜日。天気は快晴。時間は2時を回るところ。
もうじき商店街の中央に設けられたステージではハロウィンの仮装行列に参加した人の仮装コンテストが開かれる。
商店街の今年のハロウィンの仮装テーマは『おとぎの国』。テーマに沿った仮装をしてきた人に、一般の部と子どもの部に分かれた入賞者に商店街で使える商品券がプレゼントされるイベントがあるのだ。
前日の仮装行列で参加者が身に着けていた番号を見て投票してもらっている。投票券は切り離すと投票した人にも宝くじのように番号があって抽選で商品券が当たるようになっていて二度おいしい企画だ。
今日の柚希は子どもたちのスタンプラリーの景品交換所だ。
柚希はそこでスタンプラリーの景品交換所で子どもたちにカードと引き換えにお菓子を渡す係になっていた。
今はちょうど子供用のピンクのぺらっとしたドレスを着て、頭に小さなティアラをつけた5つぐらいの女の子が柚希を指をさしながら、うっとりと見上げてきている。
「にゃんにゃん王子様だあ」
柚希は白い頬を恥ずかしそうに染め、微笑んで小さな手にそっとリボンでラッピングされたお菓子を載せてあげた。
「さあお菓子をどうぞ、プリンセス」
「黒猫王子様、一緒に写真撮っていただけますか?」
隣の一角にはバルーンアートで作られたフォトスポットがある。
オレンジが色鮮やかなジャックオーランタンや憎めない顔のお化けや蝙蝠なんかが黒い幕を背景に設置されていて、手作り感満載だが可愛いらしい雰囲気だ。母子の求めに応じて柚希は写真コーナーに移動すると、周りからスマホの画面を向けられる。
「わああ! 黒猫王子!! こっちむいて~」
内心は逃げ出したくてたまらないが、小さな手で柚希の手を一生懸命握ってくれて写真を撮るのを嬉しそうにしてくれる女の子の期待も裏切れない。
(うあああ。恥ずかしいよお)
柚希はこれほど恥ずかしがるのにはわけがある。
実は今、商店街の青年会のメンバーが用意した『黒猫王子様』という今年のハロウィンのイメージキャラクターの仮装をさせられているのだ。
(うう、いい年してこの恰好……、恥ずかしすぎる。なんで俺が王子様、しかも猫耳。和哉~。変わってくれ~)
柚希が着せられているのは商店街の青年会の腕利きコスプレイヤーさんが作成した衣装だ。これがなかなか凝っている。黒いジャケットと同色のパンツ。シャツも黒くて立ち襟の端がそこだけ華やかにひらひらとしている。
ジャケットにはスチームパンクっぽい歯車やガラス製の大きな赤い宝石をあしらったブローチ。黒いマントの内側は天鵞絨の赤い生地が縫い付けられていて、頭には王冠ではなく真っ黒な猫耳。しかもちゃんと長く黒い尻尾まで生えていて、テグスで上にピンと立つように工夫されている。かなりの力作だ。
この商店街はそもそものイメージモチーフが『不思議の国のアリス』である。そのオリジナルの関連商品に関して美麗なイラストを手掛けて下さっているのが、近隣に住まう南アコさんだ。
SNSで人気のいわゆる『神絵師』である彼女が今回、ハロウィン関連で描いたオリジナルキャラクター『黒猫王子と狼の騎士』イメージイラストお祭り前から人気を経て、ついに今年のハロウィンからポスターや絵葉書がお目見えすることになった。
青年会のメンバーの中に現役コスプレイヤーの人がいて、毎年色々な仮装のアイディアを持ってきてくれる。今回この二大イケメンキャラクターの扮装を誰かにさせれば楽しいぞ、っと、年に一度はこういうのもいいじゃないかと、商店街の大人たちも張り切って扮装する。もう殆ど高校生の文化祭のノリだ。
そこでキャラクターの黒猫王子役に白羽の矢が立ったのはドーナツ屋で製造部門に勤務する柚希だった。
イケメンキャラの扮装をする候補としてアコ先生のお眼鏡に叶ったとは光栄というべきだが、謎の熱気を振りまきながら柚希に熱い視線を送ってくる色々な年代の女性たちに手を振られたりスマホを向けられるが猛烈に恥ずかしい。
(土日二日間じゃなくてせめて今日だけで良かった……)
交換所のテントに戻ってお菓子を受付スペースの後方で補充しようとしていると、吸血鬼のマントをつけている癖に、趣味のサーフィンでがっつり日焼けしている、ややちゃらい酒屋の若旦那が柚希をみてにやにやと笑って近づいてきた。
「猫耳王子、可愛いなあ。俺にも写真撮らして」
「うるさいですね。欠席裁判みたいに裏でこそこそ勝手にこんな格好を用意して。恨みますからね」
「俺は会議に出られなかったから無罪だよ。怒らないで。でも和哉君は会議出てたから知ってるはずだろ? だってその服、一ノ瀬君のサイズぴったりだったんでしょ?」
「そうなんですよ。和哉は会議に出てたらしくて、でも俺には黙ってたんですよ。ひどくないですか?」
といいつつも、考えてみればこの半月は怒涛のように色々なことが起って柚希は正直この祭りのこと自体思い出す暇さえなかったのだ。
付き合っていた晶と番にならず、義弟の和哉と番なってまだ半月足らず。その間に両親へ番になった挨拶しに行ったり、和哉が柚希の住むアパートへ嬉々として身の回りの荷物を運びこみに着たりと怒涛の生活だった。
(なんかこうしてると不思議。番になる前と変わらない気がしてくる)
仕事に戻ると自分がもう番を持ったΩであることなど忘れてしまいがちになる。むしろ番をもってホルモンバランスが落ち着いたこともあり、ちょっと前よりずっと体調がいい。だからこうして身体を動かすのが気持ちいい。
家にいると和哉がもうなにも遠慮することがなくなったせいで、幼い頃にもましてべったり甘えてくる。その上今ではもう仕事の行きかえりすら一人になることはない。
発情期直後は自分も和哉と離れがたくて堪らなかったが、こうして別々に作業をしている時は所謂『独身』のような気分に戻る、それはそれで新鮮な気分だ。
猫耳柚希がせっせと緑やオレンジのリボンで飾り付けられた籠にお菓子を詰めなおしているのを、酒屋の若旦那も隣にしゃがんで助けてくれる。
後ろから見るとバンパイヤと王子様がちまちまとした作業をしていてきっと滑稽なことだろうと柚希は思った。
「今年も打ち上げ、若旦那の店でするんですか?」
酒屋の若旦那は酒屋の一角にお洒落な立ち飲みスペースも設けている。お酒が弱い柚希も嗜む程度と若旦那の店のこじゃれた美味い肴が好きなので何度か訪れたことがある。
去年の祭りも良かったので酒屋の隣の駐車場を不動産屋さんが明けてくれて、お酒を運びつつ商店街の店主が持ち寄ったオードブルを食べながら反省会という名の飲み会をしたのだ。
「まあ、そうだな。そういう感じになると思う」
「若旦那の秘蔵の梅酒。あれ美味しかったなあ。また飲みたいなあ」
「ほんとか。そりゃ、一ノ瀬君の為に漬けておいたかいがあるってもんだ」
「またまた~。でもあれは本当に美味しいです」
柚希は酒がいける口ではないが、昨日今日と頑張って働いたので、なんとなくお酒も飲んでほろ酔い気分で仕事の達成感を味わいたい、そんな気分になっていた。ある程度籠が一杯になったので柚希が立ち上がろうとしたとき、籠を持つ柚希の腕を若旦那が掴んで引き留めた
「なあ、ちょっと噂で聞いたんだが……」
色黒バンパイヤは普段のおちゃらけた様子が引っ込んだ真剣な顔つきをしていたので、柚希も何事かとしゃがんだまま頷いた。
「はい。なんでしょうか?」
「一ノ瀬君、君、番ができたって。それってあの彼氏さんとってことか?」
どきりと心臓が鳴る。
柚希と和哉が番になったのはつい先日のことだ。ドーナツ店と仲の良い店舗の人や和哉が個人的に付き合いがある人にはしられてたようだが、青年会全体が知っているわけではないのだ。特に若旦那はこの商店街以外にも店舗を構えているので、いつもいつも会合に出席しているわけでもないから、無理からぬことだろう。
若旦那がたまたま晶のことを知っているのは二人で彼の店の立ち飲みスペースを何度か訪れる機会があったからだ。
番ができたことを隠しているつもりないし、別に若旦那から咎められたわけではないのに、晶の存在を知っている人からそんな風に確認されるとまだ柚希の中にある罪の意識が刃となって胸をじくりと刺す。
「……いえ、違います」
「そうなんだ。そうか。違うんならいいんだ。彼氏さんとは別れてないんだ?」
「違うって、そういう意味じゃなくて、……晶とは別れました」
「え、あの男前と分かれたの? 本当に? そっかそうなのか……」
急に嬉しそうな声を上げた若旦那は柚希の腕を掴んでいた手を緩めると、するりと手首の辺りを撫ぜ上げた。
ぞわっとして柚希が籠ごと腕を引っ込めると、彼は気まずそうな笑みを浮かべてからぼそりと喋る。
「ごめん。彼氏さんと別れたとか聞いて、テンションが上がっちゃった。俺さ、ずっと一ノ瀬君狙いだったから」
「え……?」
「俺にチャンスくれないかな?」
何がどんな拍子にそうなったのか、とんでもなく大きな誤解を与えてしまったと気がつき、柚希が焦って急に立ち上がった拍子にぼたりぼたりとお菓子が落ちる。
「我が君。お菓子の列が伸びておりますよ?」
すると追い打ちをかけるように、後ろから聞きなれた声がして、それがぞっとするほどの冷たい声色であることに、柚希は恐る恐る後ろを振り返った。
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