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雪が降る

 少し憂鬱な気分で窓の外を眺める。降り始めた雪は、もうすでに積もっている雪山の上に、さらに乗っていく。僕の心の底にそっと、積もっていく。軽かったはずの僕の身体は、学校に行かなくなったあの日から、重くなりつつあった。  大学受験も終わり、高校に行く機会なんてなくなってしまったのだ。「学校に行く」という行為がなくなったのは嬉しい。けれどそれよりも、会えなくなってしまった苦しさの方が強かった。片想いの相手に会えるのは、どんな場所でもない、いつも高校だったのだ。校舎の外ではほとんど会わない。  確かに少しくらい、帰り道にカラオケに寄ったり、ファストフード店で夕食を食べたり、ゲームセンターで取れるはずもないぬいぐるみを狙ってみたり、そんなことはあったかもしれない。けれど、いつだって制服を着ていた。子どもっぽい、あの学ランを。だからふたりのつながりは、いつも「高校」にあった。 「はぁ……」  僕のこのため息で雪が、全てが溶けてしまえば良い。そうしたらきっと軽くなるんだ。除雪のために朝早くから出動する人も、滑って転んでしまって腹を立てている人も、沈みきった心に何度もため息を吐く僕も。  窓の近くというのは、どうしてこうも寒いのだろう。雪が降る景色は綺麗なのに、積もり積もって山になってしまえば美しく見えないのはどうしてなのだろう。片想いなんて実らないんだという気持ちが存在するのは、どうしてなのだろう。 「……はあぁ」  思いっきり息を吸い込んで、それから一気に吐き出す。小さい僕には重すぎる悩みがこの息と一緒に、僕の中から出ていけば良いのに。  僕の片想いは実らない。これは僕の勝手な妄想や悲観的な考えなんかではない。だって僕が好きなのは親友の雪希(せつき)、つまり男子だからだ。現代では僕みたいな人はあまり少なくもないのかもしれないけれど、高校生なんて男子同士のカップルのことを快く思っていない人間の集団と言っても過言ではない、と思う。これはあくまで僕の推測だけど。  とは言え、雪希と僕の関係を「恋人同士のようだ」と茶化して来たやつらの顔は、みんな面白がって馬鹿にして笑っているようだったのは確かだ。雪希に想いを伝えるために必要な勇気は、その笑い声にかき消された。僕だって、幸せになりたいのに。  雪希の隣にいるときはいつだって楽しかった。幸せだった。それでも、家に帰ってからあいつらの嘲笑が頭の中に響くんだ。僕の恋を認めずに笑い飛ばして、僕の存在自体を否定する。それが怖くて、雪希の隣にいることも段々と恐怖の対象になっていった。  だから今、受験期間で登校がないのは、もしかしたら僕にとっては良いことなのかもしれない。こうして怯えずにいられるのだから。それに、この何もない部屋で時間を潰していくうちに、雪希への気持ちを、雪が溶けていくのに合わせて、消せたら良いんだ。  と、窓の外に見慣れた姿が見えた。  学ランのボタンをぴっしり閉めて、雪のように白いマフラーを首に巻いている。紺色の手袋に、藍色のリュック。  ――雪希だ。  僕は慌てて窓を開けた。はらはらと優雅に舞うように降っていたはずの雪は、いつの間にか強い風のせいで叩きつけるようになっていた。そんな中雪希が歩いているのだと思うと、いてもたってもいられなくなった。 「(しゅう)は、あったかそうだなぁ」 「雪希がそんなんで来るから寒いんじゃん」  窓越しに言葉を交わす。寒そうに赤らんだその頬を、この両手で包んで暖めてあげたい。少年のようなその笑顔を、もっと近くで感じたい。雪希の全部を抱き締めて、そのまま離さず僕のものにしたい――とは言えず。 「ははっ、俺寒さには強いから」  言いながら震えていることに気付いたのか、きゅっと強く腕を組む。 「寒さに強いって……風邪でも引いたらどうするの?」 「ま、俺も柊も受験は終わってるんだからさ、もう風邪引くくらい好きにしていいでしょ」  何だよ、それ。 「あー、その、もし良かったらだけどさ――」  雪希は洟をすすりながら、細めた目で僕を見つめた。 「家、入れてくれない?」

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