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1日目
「早速だけど…柳瀬 君には第3地区の配達をお願いしたい」
「はい。よろしくお願いします」
新聞配達員募集の広告を見つけたのがつい3日前。迷わず応募、即採用、そして今というわけだ。
32歳独身、飲み歩くのも好きじゃない俺にはこのアルバイトがちょうど良かった。
星は輝き、そばの林から聴こえるのは何種類もの虫の鳴き声。定時に仕事が終わりさえすれば寝不足になる心配もない、うってつけの働き口だ。
「今日は私が案内するから、道を覚えていってくれ」
「わかりました」
車庫に並んだ自転車の中から、比較的新しそうな一台を引っ張り出した初老の男性。彼もほんの数ヶ月前に入ったばかりだそうだ。
新人にはまず割り当てられるという第3地区は、所謂曰く付きアパートへの配達があるという。
男性が言うには、この地区を回るのが恐ろしいあまり、三日もせずに飛んだバイトも多いとか。
シワになった地図を見せて貰えば、暗闇でもよくわかる真っ赤なマルで印をつけられている建物が目についた。
「あの、ここは…?」
「ああ、ここね。ここは三階建ての古いアパートだ。新聞は階段下のポストに差し込んでおけば良いから」
「…?はい」
ガシャンとストッパーを外す音は、真夜中の空によく響いた。
「このアパートに着いたら…決して、上を見てはいけないよ」
「………なるほど…」
どうやら第3地区配達員に伝わる曰く付き物件というのが、その古いアパートのようだ。
上を見るな、か。そう言われるとつい気になってしまうのが人の心理である。
今日は諦めるとして、明日…いや、会社に出勤する時にでも少し覗いてみようか。
真夏に始めた一つの早朝アルバイトが、俺の人生を変える。
──なんて、この時は思っても見なかった。
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