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とあるダンジョン攻略の話

レビューを頂いたあまりテンションが上がった作者の心の叫びの世界に閉じ込められた彼らが、過去に皆様から頂いた感想を聞いたらどんな反応になるのかという思いつきで書いた小説です。(長) …………………………………………………………………… 「荒ぶってんなあ。」  エルマーがぽつりと呟く。言葉の意味はわからない、いや、わかりたくもない。レイガンはただ目の前に突然現れた異空間魔法がかけられた巨大な箱を眺めながら、これから起こるであろう得体のしれない恐怖にただ恐れ慄いていた。 「本当にこの中に、得も言われぬ幸福というものが詰まっているのか。」 「その得も言われぬ、っつーのが胡散臭え気もしねえ?」 「おい、お前が受注をした依頼書だろう。まったく、しっかりしてくれよ。」 「ランク的にはお前が上だろう、頼むぜリーダー。」 「お前がFから更新していないからだろうが!!!調子のいいことばかりいうな!!」 「いってぇ!!」  スパァンという、いい音が響く。レイガンが辟易をした顔で睨む書類には、突然現れたというダンジョンの調査依頼の受注書が握りしめられていた。  結婚式の後、まあ門出には金がかかるということもあり、レイガンはエルマーに道連れにされて、マイホーム資金稼ぎにつきあわされていた。  まあ乗りかかった船というか、レイガンだって金をためねば、ユミルの牛乳売りだけで食わされるというのは男としての沽券に関わる。  ならば受けるかとギルドに向かった二人の前に張り出されていた指名依頼。それはまるで他のものには見えていないかのようだった。特定の魔力にしか認識されないように細工が施されたその依頼書は怪しいからやめろと、レイガンは散々っぱら止めたのだが、エルマーがその報酬に興味を持ってしまったのが運の尽き。下手な詐欺のような文言で、報酬欄に記載された「得も言われぬ幸福。」  それが物体なのか概念なのか。全く想像がつかないというのに、面白そうじゃん?とか言って受注しくさったのだ。 「だってよ、もしそれがマジなら、世界征服だってできるかもしれねえだろう。そうしたらあれだ、俺は働かなくても勝手に舞い込んでくる金と食料がほしい。枕元に転移で届いてほしい。」 「お前、仮にも父親になるのだからしっかりしてくれ。」 「ナナシと一日中ハメていてぇ。」 「まじでいい加減にしてくれ。」  真顔でそんなことを言うエルマーにため息を吐くと、再び前を向く。巨大な箱は、転移装置にもなっているようだ。入口に陣が浮かび上がっていた。奇っ怪なパネルが浮かび上がっており、そこには光る文字で陳謝と書かれていた。不穏である。 「二人で攻略できるのか。下見もせずに…」 「ならサジ呼ぶか?あいつが来るならもれなくアロンダートも来るだろうよ。」 「…中に入ってから決めよう。」 「呼び出せなかったらウケるな。」 「わかった、今呼ぼう。」  恐ろしく早い切り返しでレイガンが頷いた。ダンジョンに名前がつくとしたら、そのダンジョンが現れた森の名がつけられることが多い。なのにこのダンジョンは、まるで自ら名乗り出るかのように陳謝と浮かんでいるのだ。陳謝、訳を言って謝るという意味の割に、何も書いていない。依頼書の報酬欄には得も言われぬ幸福。わけがわからないから怖い。 「おら、突っ立ってねぇでいくぞ。サジィ!!」  エルマーがインベントリから取り出したオーガの棍棒片手にそう呼ぶと、ぶわりと葉嵐を起こしながら現れる。サジと呼ばれた美しい顔の男は、その滑らかな肌を晒しながら舞い降りるかのように現れた。枯葉色の髪の毛がエルマーの顔を擽る。うざったそうにそれを払うと、レイガンは余計に頭を抱えた。 「なんで全裸だ!!!」 「また!!またサジの繁殖の邪魔をする!!おい!!何度目だと思っている!!今からアロンダートの肉棒を腹に収めるというところだったのだぞ!!!常識を考えろ!!」 「おまえは、常識を説く前に裸を隠せと言っているんだ!!おい!!顔を隠すなそこじゃない!!」 「顔隠せば大抵のことは許されるとエルマーが言っていたのだが?」 「非常識に常識を説かれる方が間違っている!そんな犯罪者紛いのことは覚えなくていい!」 「おい俺のことさり気なくディスったろ。」  誰が非常識だオラ。エルマーが苛立ったように言っても響かない。最近のレイガンは輪をかけて忙しいのだ。非常識二人に挟まれて、たった一人に構っていられるほど暇でもない、次いで、バサリと大きな羽の音が響いたとき。レイガンはようやくホッとしたかのように上空を見上げた。 「すまない、身なりを整えていたら遅くなった。」 「ああ、アロンダート…待っていた。」  サジの恋人兼騎乗獣でもある元シュマギナール皇国の第二王子。半魔のアロンダートは降り立つとともに羽を舞い上がらせて人型に戻ると、着ていたローブでサジの素肌を覆った。  レイガンが唯一手放しで全て任せられる常識人であるアロンダートは、サジがすまないとレイガンへいたわりの言葉をかける。それだけでも救われるのは、レイガンが苦労症だからに他ならない。 「まあ、早く帰らねばナナシも寂しがる。レイガンもそうだろう。今ユミルはナナシといるのだっけか。」 「ああ、」  雁首揃えて入り口に向かう。サジはサジで、旦那共が行けばいいだろう!サジもナナシんとこいく!と喚いていたが、そこはエルマーが返さなかった。サジが帰ったらアロンダートも帰るだろう。そうしたらやはり攻略に時間がかかると踏んだためである。自分勝手なのは今に始まったことではないが、こればっかりはレイガンが提案したので、エルマーは堂々と我儘を炸裂させてサジをキレさせていた。  ブゥン、という、なにかの起動音と共に、四人は巨大な箱の中に吸い込まれていく。そして、その箱の表面にじわじわと染み込んでいったのは、ご都合主義でという文字であった。  ご都合主義で陳謝、そう書かれたそのダンジョンは、ぷるりと身を震わしたかと思うと、ゆっくりと半透明になって消えていく。この世は不思議なことが多いが、ここまで何者かの干渉をうけたダンジョンはそうそうにない。   そして、自らが率先して行くといったのなら、それはもう自己責任なのである。このダンジョンは、もうすでに最初に陳謝と書いてある。ある種の保険をかけたとも取れるそのダンジョンの意図など、エルマー達はわかりもしない。ただ、巻き込まれただけ。きっとこの世の理はそう言って、己の責任を誤魔化すのだろう。 「なにここ。」  ナナシが眠たいと言ったので、仲良くお昼寝をしていたはずだった。しかし、目が冷めて真っ先に目に入ってきたのは、真っ白な空間であった。 「ナナシ、ナナシ起きて。」 「んんぅ…なにぃ…」 「ちょっと僕だけじゃ処理しきれない現象が起きてるの!おきて!」  ナナシはというと、膨らんだお腹を抱きかかえながらぷぅぷぅと寝息を立てていたのだが、なにやらユミルが退っ引きならぬと揺さぶってくるので、ちょっとだけ愚図った。だって、眠たかったのだ。昨日もエルマーがいじわるをするから、ろくに寝れていない。 「ふわぁ、あ、はわぁ…」 「欠伸と関心まぜないでよ、もー!」  ムクリと起き上がり、見慣れぬ光景にしばらくの間ほうけていた。ぺたりと座ったまま、服の裾をはためかせる様に尾を揺らす。いま、ナナシとユミルの目の前には天井の高い真っ白な空間が広がっていた。 「ふわ、つおい、ゆみる、つおい!」 「わかったわかった!もう、これって悠長にしてられるの?誘拐とかなら犯人側が死ぬ運命しかないよね。」  主にエルマーもレイガンも、嫁が拐かされたといったら黙っていないだろう。きっと武器片手に息の根が止まってもお仕置きは止まらない。そんな気がして、そしてそれが正解のような気さえした。  そんなふうにユミルが独り言ち、納得しているとき。ナナシはというと相変わらずなマイペースで、尾を揺らしながらふんふんと探検していた。なんだろう、危なくないけど、ちょっとそわそわする。なにもない広い空間は、ナナシにとっては遊び場になる。だって、何をしても許されるような気がするから。 「う?」  さて、そうと決まればお絵描きでもしてみようかしらと床に膝をついて、インベントリからペンを取り出したときだった。ナナシの手をついたところの少し横に、薄く線が入っていたのだ。こてり。なんだろうと首を傾げる。ちろりと後ろを向くと、ユミルはまだ一人でなにか呟いていて忙しそうだった。もう一度向き直る。たしか、変なものには触らないようにというエルマーとのお約束があった。 「むむぅ…これ、なにぃ…」  かしかし、とその切れ目を指で弄る。どうやら捲れるらしい。ちろりと捲れ上がったそれを摘むと、ナナシの好奇心がしびびびっと刺激された。 「ふぉ…、」 「ナナシ?」 「これ、ぺろぺろできるするやつ!」 「ぺろぺろ?」  またナナシが訳のわからないことを言って、目を輝かせている。ぶんぶんと尾を振り回しながらユミルを呼ぶナナシに、苦笑いしながら近づく。なるほど、たしかにぺろりと捲れそうな状態であった。 「えー、怖いからめくんのやめ、あーーー…」  えいっ、と摘んだそれを制止も待たずにふんっと引っ張る。ぴぴぴぴ、と軽い粘着質な音を立てながら剥がれていくと、そこに現れたのは何かの魔法陣であった。 「怖い!!なにそれ!?怖い怖い!!」 「ふぉ…これなにい、つおい…」  ナナシは難しい言葉は読めないが、何やら古代文字で文言が書かれているようだった。悪意のあるものならなんとなくわかる。しかし、これから感じる匂いは罠というよりも、なにかの仕掛けのようなものだった。ふんふんとしばらく検分をしていたのだが、やはりエルマーがいないとナナシの好奇心は止まらない。白いおててをぺたりとくっつけると、ちょっとだけと思いながら、えいやっと魔力を流してみたのだ。 「ナナシーーー!!なにやってんの!?ねええもおお誰かこの子止めてーーー!」 「はわ、はわわっ!!」  ユミルの悲鳴とナナシの驚きの声が重なった。ヴンッと浮び上がった陣は、くるくると回転したかと思うと、カッ!と目も開けられない程の閃光を放った。あわてて展開した結界の内側で、ユミルはナナシの背後で頭を抱えながら大絶叫である。ナナシだけは、たしたしと尾を振り回しながら、そのド派手な演出に興奮をしていたが。 「だぁぁあ!!!!なんだってんだ!!!」 「える!」 「あ?ナナシ?」  ようやく閃光が収まったかと思えば、徐々に目が慣れてくる。浮かび上がっていたシルエットが知ったものだとわかれば、ナナシはぴょんと跳ねて嬉しそうに走り出した。 「える!えるいる!なんでぇ!」 「いや、なんでって俺のせり、ユミルもいる。」 「ねてたの!おきたらここ、えらい?」 「えらい?ってか、なんだそれどうなってんだあ…」  飛び込んできたナナシの腕がエルマーの首に絡まった。宥めるように腰を撫でながら、身長差で屈む形になったエルマーの背後で、ボロボロの状態のレイガンとサジが、げんなりとした顔で起き上がる。アロンダートも髪は乱れてはいるが、二人ほどではない。どうやら道中忙しかったようである。 「うっわ、なに、なんでそんなボロボロなわけ?」 「ユミル…、いや、知らん。何が起きたかといえば、突然砂埃を上げて謎の文字が現れたり、突然空間が歪んだと思えば何かが破裂したり…」 「ま、まじでえげつないギミックである…くそが、ああ、サジの自慢の髪があ…」  なるほど、道中迷宮内のトラップを尽く踏み抜いてきたらしい。エルマーとアロンダートが無傷なのは、二人して器用にそれらをレイガンとサジを立てに避けていたからだという。エルマーはともかく、アロンダートまでもかとユミルが見ると、ニコリと微笑んだ。 「僕はサジを背に載せてたからな。上から降ってくるのは流石に避けるにも狭くて無理だった。」 「あ、そう…」  サジもサジで、そんな余裕がなかったらしい。背後から追いかけるように走ってくる謎の魔物が気味が悪すぎて、絶叫しながらここまで逃げてきたそうだ。というか、光っていた陣に飛び乗って移動してきただけなのだが。 「へえ、お疲れ様…、で、この部屋でなにする?」 「とりあえず休憩だぁ…おほほぅとか叫びながら追いかけてきた小人みてぇな奴がまだいるかもしんねえ。アイツら攻撃しても実体がねぇのか通らねえんだわ。」  陣が発動してここに飛ばされたということは、ここでも何かが起こるかもしれない。気は抜けないが、なにもないからとりあえずは休みたい。エルマーがごろりと床に寝転がったときだった。

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