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とあるダンジョン攻略の話3

 チチチチ、という小鳥の囀る声がする。鼻をくすぐるフカフカのなにかに誘発されて、エルマーはブシュンとくしゃみをひとつ。 「んがっ、…ああ、んだぁ…あ?」 「ふみゅ…」  ぼりぼりと頭を掻きながら、ムクリと起き上がる。寝ぼけ眼できょろりとあたりを見渡すと、まるでそこらへんに散らばるかのように、レイガンやユミル、アロンダートやサジなどが無防備に身を投げだして爆睡していた。なんだこれ。エルマーは自分の膝に乗り上げてぷうぷう寝コケているナナシを見やると、もう一度顔を上げた。 「なんだこれ。」  なんだか記憶が曖昧だ。確か、レイガンと共に依頼を受注して、それからどうしたんだっけ。  きょろりとあたりを見回す。どうやら鼻をくすぐっていたのはギンイロの尾だったらしい。エルマーの後ろでぱたぱたと尾を振りながらへっへっへっと笑っていた。 「んだあ、お前起きてたのかあ。」 「ウン、シロイオヘヤ、バイバーイ。」 「ああ?」 「んんぅ…」  なんだかよくわからないことを宣うギンイロの頭をわしわしと撫でていれば、ようやくお目覚めらしい。ナナシがほっぺにエルマーのボトムの痕をくっつけたまま顔を上げた。 「ふわぁ、ぁあ、あぅ…」 「おーおー、でっけぇ欠伸。」 「んんぅ…なにぃ…」  こしこしと目を擦るナナシの手を止めさせると、口端についた唾液を拭ってやる。まだ眠たいらしい、ぽやぽやしたままごちんとエルマーの胸板に図付きをするものだから、思わずウッと息が詰まった。 「だぁあ!!は、はあ、はあ…な、なんぞとんでもない目にあった気がする…」 「む、サジ…目覚めるときくらい穏やかに起きろ。」 「アロンダート、あ?なんだ。なんでこんなとこにいるんだ。サジ達はしっぽりずっぽりしてたはずなのだが!?」  ぶんぶんと首を動かしてあたりを見回したサジは、ぱっとエルマーの方を見ると、わたわたしながら駆け寄った。ナナシは頭で体を支えるようにうたた寝をし始めたので、エルマーはよいせっと横抱きに抱え上げたところだった。 「ここはどこだ!!」 「カストール。」 「んなことわかってるわ!!そうではなく!この森にはなんでいるのかってことである!頭悪いのかエルマー!」 「ああ!?んだぁやんのかこら!!」 「やかましい。」  スパンといい音を立てて、二人の頭をひったたく。どうやらレイガンも目覚めたらしい。グリップを効かせた一打が効果覿面過ぎて、お陰様で目が覚めた。 「お前が妙な依頼書受注しなきゃこんな事には、」 「あ、依頼!!」  レイガンの言葉にようやく思い出したらしい。あわてて服の中に手を突っ込んで受注書を引っ張り出した。  依頼の受注書は、受領されると発動する。その依頼達成率の進捗状況などが浮かび上がり、その状況に応じた報酬が与えられるのだ。  ようやく引きずり出した受注書には、進捗状況80%と記載されていた。何がなんだかわからぬまま、依頼をこなしていたようである。ナナシはエルマーが動いたせいでこてんと転がると、ひんっ…と情けない顔でおでこを押さえた。ぶつけたようである。 「にしても、なにがなんだか…」 「なんだ、まあ気恥ずかしかったのはあるな。なんとなくそんな具合だ。」  腹をさすりながらそう言うレイガンは、自身もあまり覚えてはいないが、周りを見る限り全員無事そうなので一先ず安心しているようだった。 「ナナシ、いっぱいほめらりた、ふへ…」 「おでこ赤くして照れてるのかわいいなオイ」    むくりと起き上がると、頬を染めながらいそいそとポシェットの中から紙を取り出した。その紙はどうやらナナシの宝物らしく、まるで袋とじの中身を見るかのようにちらりと覗き込んでは、ぱたぱたと尾を振りながら喜んでいる。 「あとね、んーと、じるばとグレイシスだねえ」 「あん?」 「ナナシーー!ソレヒミツ、オトナノジジョーッテヤツダネ」 「お、おとなのじじょ…うぅ、はぁい。」 「あんま分かってなさそうだけど、平気?」  ユミルがやれやれといった顔でナナシの隣に腰を下ろす。寝転がったときについたのであろう葉や木っ端をちまちまつまんで取ってやれば、ナナシはふにゅふにゅと口をもぞつかせて照れていた。 「それにしても、なんだか面映ゆかったような気がする…。」 「あのね、すきすきってやつだよう。レイガンも、ゆみるも、サジもアロンダートも、ギンイロとえるも!」  ぱっと両手をあげて嬉しそうに笑う。相変わらず舌っ足らずにしやわせなどと言いながら、ぶんぶんと尾を振り回してはエルマーの顔にビシビシと当てる。 「あとね、じるばとグレイシスもね、しやわせのおてまみもらうする!」 「おてまみじゃなくて、お手紙なあ。」 「ふへ、ふひひ‥」  ぺたんと座りながら、両手でお口を隠しながらくふくふと笑うと、ちろりと大きなお目々でエルマーを見る。 「あん?何見てんだナナシぃ。」 「ナナシ、えるもだけど、みんなとらぶらぶ、しわわせ!」 「しわ、幸せな。って、まてまて誰とらぶらぶだって!?」 「ひみつーー!」  皆が皆、やけにご機嫌のナナシに不思議そうな顔をしていたが、ナナシはとにかく嬉しかったのだ。ナナシの大切な皆がたくさんの神様から見守られて、そして同じ道を辿るように寄り添ってくれていたことに。それが幸せで、嬉しくて、ちょっとだけ泣きたくなるくらい。とにかく、これがきっと得も言われぬ幸福と言うやつなのだろうと、ナナシだけはしっかりとわかっていた。  だから沢山の大好きや愛してるを返したい。妊娠してポコリとしたお腹のまま、ご機嫌にぴょんぴょん跳ねるので早々にエルマーに回収されたが、忙しなく振り回されるナナシの尾に小さく吹き出したエルマーが、面白そうに口を開く。 「泣きそうになってら、忙しいやつだなあ。」 「ありぁと、」  ぐしゅっ、と鼻を啜りながら言う。金色お目々は蜂蜜のようにとろりと溶けて、鼻水も涙も、全部エルマーの肩口に染み込ませる。 「それは、俺達の神様にってこったな。」 「なんだ、御使いが感謝する神様とはあってみたいものだなあ。」 「サジ、そういうものは遠く彼方から見守っているのがセオリーだぞ。」 「なんか、ナナシが泣くのわかる気がするなぁ。」 「お前も泣きたいなら俺の胸で泣いていいんだぞ。ユミル。」  うるさいよ!そう言ってレイガンを叩く子気味のいい音が響く。ナナシはくふんと小さく笑うと、きっとこれも見守られているんだろうなあと思う。はぐはぐとエルマーの肩口に悪戯をすると、まるで照れたようにちろりと上目で空を見上げた。  その頃のシュマギナール城では、執務中にふわりとした暖かな魔力を感じたかと思えば、気がつけばジルバとグレイシスの二人は、ナナシ達が招かれたあの白い空間に佇んでいた。  ジルバは何かと思い至ったらしいが、グレイシスはというと羽ペン片手に呆気にとられていた。 「なんだここ!!余の時間を不用意に割くなどと、それ程貴様は偉いのか!!順を追って説明してみよ!弁解の余地を与える余の心の広さに感謝するがいい!!」 「ふむ、グレイシス。あいにくこれは神が干渉している現象だ。実に興味深い。悪いものではないさ、存分に楽しめ。」 「お前は一刻も早く帰る方法を探れ!くそ、なんだっていうのだ!!」  やることが残っているというに!!グレイシスが苛立ちを隠さぬまま叫ぶ横で、黙って虚空を見上げていたジルバが目を細めると、そっと指先で摘むようにして一枚の紙を引き出した。  それにしばらく目を通していたかと思うと、もにりと口端を動かした。グレイシスは、普段のジルバにしてはありえないその変化にぎょっとすると、ばっと振り向いた。生憎、同じスピードで顔を背けられたので、そのニヤケ顔は拝めなかったが。 「笑ったな?」 「気の所為だな。」 「………………。」  しばらくじっと見つめていたかと思うと、ジルバが読んでいた紙をピッと奪い取った。己の唯一の半魔兼宰相であるジルバの心を揺さぶったその内容が酷く気になったのである。  不遜な顔で、書かれていた文言を流し読みをしていれば、じわじわとグレイシスの顔色が赤く染まっていく。手放しの、己とジルバに対する思いやりや優しさが羅列したそれらに、グレイシスは珍しく狼狽えた。  はわ、だか、へぁ…。到底氷の心を持つと言われているものが口にしてはいけない声や顔をして、ヘナヘナとうずくまる。 「わかるぞ。」 「うるさい黙れ。」  エルマーたちの受注書に記載されていた残りの%は、この二人の白昼夢での出来事を指していた。心底良かったとグレイシスが思ったのは、この情けない顔を不届き者の彼らに見られなかったことだ。そして、それから数年後、ダラスとルキーノが時間差で全く同じ目に合うことになるのだが、一際拗らせたダラスは記憶を取り戻した一発目からそれをお見舞いされて、赤面することになる。そうして、しばらく背後を気にする生活をするという面白い状態になるのだが、それはまた後日語りたいと思う。

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