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3.首絞
「ぅ、くぅ、ルス……、どう、し、……んんっ」
涙の滲むような声。
薄暗い部屋の中で、レイの寝かされたベッドにだけ明かりが灯されていた。
それでも、暗い色の目隠しの下で、レイが涙を溢しているのかどうかまでは見分けられない。
イムノスは、レイの言葉の続きを聞こうと思ったのか、レイの中を掻き回していた指を止めた。
「は、ぁ……っ、何か……あった、のか……?」
苦しげな息の向こうから、途切れ途切れの、気遣うような声。
今まさに『何か』を、されているのはお前だろう。
それなのに、俺らしくない俺の様子に、お前は俺を心配するのか……。
イムノスの眉が、醜く歪んでゆく。
イムノスはレイに、俺を嫌わせたいんだろうか。
そんな事は、何をしたって無理じゃないか?
そんな風に感じてから、思わず自嘲する。
俺はいつの間にか、随分とレイに愛されている自信があるようだ。
「こんな、の、ルスらしく、ねぇよ……。俺……、俺で、良かったら、何でも……するから……。話して、くれよ……」
震える声で、それでも、優しく慰めるような声色で、レイは囁く。
助けが必要なのはお前だろうに。怖い思いも、痛い思いも飲み込んで。両腕と視界の自由を奪われたままで、強引に犯されておきながら、お前はよくそんな健気な事が言えるな。
レイを愛しく思う気持ちが、イムノスへの殺意に変わりそうで、俺は頭をなるべく冷静に保つべく、深呼吸をする。
殴らずに許す気は毛頭無いが、騎士団内で殺人はまずい。
……半殺しくらいにしておかなくてはな。
「……何でも?」
聞き返されて、レイがびくりと肩を揺らす。
俺の声でも、やはり今の言葉には恐怖を感じたのだろう。
直接問われた訳でもない俺ですら、肌が粟立つような危うさを感じた。
しん、とほんの一瞬の沈黙が部屋を包む。
その沈黙を、レイが震える声を絞り出すようにして、必死で破る。
「ル……ルスが、したい……なら……」
おいおいおい!!
健気なところはお前の美点だが、そこは頷くところじゃないだろう。
そろそろ気付いてくれ。
お前に触れているのが、俺ではない事に。
「……っ」
イムノスが、その表情に動揺を滲ませて、言葉に詰まる。
隊で長くレイを支えてきた男でも、こんなレイを見たのは初めてだったのだろう。
レイは、人に意見を求める事はあれど、なんだかんだ決断は隊長として自分で下す男だからな。
レイがその全権を委ねてきたことに驚いたのだろうが、イムノス、それは、お前に許したんじゃないぞ。
レイが全てを許す相手は、俺だけだ。
イムノスは苦しげな表情で、レイに入れたままだった指をその内で乱暴に開くと、一気に引き抜く。
「ぅああっ! あ、んんっ! ……は、ぁ……」
苦悶の声をあげて、レイが肩で息をする。
頼むから、レイに手荒な事はしないでやってくれ。
レイは、俺に血を見せられたところで俺を嫌いはしない。
それはもう、俺がレイを抱き潰してしまった頃には分かっていた。
イムノスは、レイの両腕を拘束していた鎖の端を解いた。
レイは手首から長い鎖を下げたままではあったが、両腕が自由になる。
今ならイムノスに一撃入れる事もできるだろうが、レイはまだ、あの男を俺だと思っていた。
レイの腕が、俺を求めるようにイムノスへと伸ばされる。
レイ!! 目隠しを解け!!
全力で叫んでも、俺の声は、やはり音にならない。
イムノスは、健気に伸ばされた指先に触れる事なく、レイの腰をぐいと持ち上げると、そそり立つ自身を手に取る。
くそ!!
状況的に覚悟はあったが、それでも俺の男が他の奴に犯されるなど、許しがたい。
レイだって、俺以外に許す気などないはずだ。
それを知ったレイの絶望を思うと、俺は激しい焦燥と怒りで血が煮え滾る。
ひた。とイムノスのそれを入り口に当てられて、レイが肩を揺らす。
「待っ、俺、まだ……――っっっ!! っぅっっ!!!」
必死の訴えにも耳を貸さずに、イムノスはその内へと侵入した。
レイが、痛みと圧迫感に体を縮めて震える。
応えてもらえなかったレイの両腕が、苦しみを覆うように自身の顔を隠す。
泣いているのだろうか。
そう思うと、すぐにでもその涙を拭って、抱き締めたくてたまらない衝動が俺を埋め尽くす。
「っ、ぅ、んっっ、く、うぅ……っ」
無遠慮に何度も奥まで突かれる度、嗚咽のような声が漏れる。
もっと優しくしてやれば、レイはもっとずっと可愛らしい声で啼くというのに。
ガツガツと骨の当たる音が聞こえる。
痛々しい様に、けれど目を背けることはできなかった。
しんと静まり返った部屋に、しばらくレイの苦悶の声と、鈍い音だけが続いた。
せめて、俺が許すことが、レイの救いになれば良いんだが。俺に、……それをできる自信がない。
繰り返される抽送に、ようやくその内が解けてきたらしいレイの声が、少しずつ甘く滲んでゆく。
ホッとする思いと、それを許し切れない感情が胸の内で混ざり合う。
俺は、どうしてこんなに未熟なのか。
人としても、騎士としても……。
「あっ、ん……っ、……あ、ぁあ……んんんっ」
ガクガクと揺さぶられるレイの荒い息にも、熱が篭ってくるのが分かる。
「ル、ス……」
愛しげに俺を呼ぶ声。
それに、応えたいと渇望する思いが胸を焼く。
その愛に炙られたのは、俺だけではなかったらしい。
イムノスは一層表情を歪めて、レイの白い首筋に指を回した。
やめろ!!!
俺の叫びは音にならないまま、血の気を失ったようなイムノスの青白い指先に、じわりと力が込められる。
「ぅ、ぁ……く…………っっっ」
息を絞られて、レイは苦しげに腕を伸ばした。
イムノスの腕を掴んだレイの手が、けれど抵抗を諦めるように下ろされる。
おい! もっと真面目に抵抗しろ!!
「ルス……っ、くる、し……」
掠れた途切れ途切れの声が、控えめに訴える。
イムノスは、そんなレイを愕然と見下ろしていた。
「何故……手を……」
その言葉に、イムノスがレイの両腕の拘束を解いた理由を知る。
この男は、レイに抵抗してほしかったのか。
「……このまま殺されても、いいのか?」
静かに尋ねられて、レイが小さく震えた。
イムノスは言葉を聞くためにか、ほんの少し手を緩めてレイに息を継がせる。
空を切るような音を立てて、レイが息を吸う。
それでも、まだレイは生命の危機を感じているはずだ。
力が込められたままの手は、レイの首から微塵も離れる気配はない。
「ルスの、手、……冷たいの……、なんか、おかしい、な……」
ぽつりと零された言葉に、イムノスだけが動揺する。
レイは、目隠しの下から俺を窺うようにして、言葉を続ける。
「俺、なんか……。そんな、に、……ルスを、怒らせるような事、した、のか……?」
どれだけ涙を溢したのか、目隠しが吸いきれなかった涙の雫が、レイの頬を伝って落ちる。
「……」
答えきれないイムノスの沈黙を、肯定と受け取ったのか、レイは狭められた気道からヒュウと音を立てて小さく息を吸う。
「……ルスが、俺を殺して、本当に気が晴れんなら、俺は……死んでもいいよ……」
「なっ……」
俺の心の声は、同じようにイムノスの口から漏れた。
「……でも、ルスなら絶対、後悔すんだろ? 俺、ルスにこれ以上、後悔してほしくないから、さ……」
苦しげに、必死で息を継ぎながら、それでもその肺の酸素を全て使って、俺を宥めようとしているレインズ。
そこまで俺に尽くさなくていい。
お前はまず、自分の身の安全を確保してくれ。
俺の願いは届かないままに、レイは鎖をぶら下げたままの腕をイムノスへと伸ばした。
「だから……、ルス、顔を見せてくれよ……」
レイの延ばした指先が、イムノスの長い髪に触れる。
イムノスが避けなかったのか、避けられなかったのかは分からないが、紺色の髪がさらりと揺れて、レイの体に緊張が走った事はここからでも分かった。
慌てて目隠しを外そうとするレイの両腕を、イムノスは素早く二本まとめて括り上げる。
それでも少しズレた目隠しの隙間から、レイは自分と繋がる男の姿を見た。
「イム……ノス……?」
その言葉は、信じられないというよりも、信じたくないというように聞こえた。
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