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知らないうちに実ってた
「好きです。付き合ってください」
「は?」
よく晴れた日、珈琲ショップで買ったドリンクを公園のベンチで飲みながら、僕は今、一世一代の告白をしている。
もちろん告白なんて初めてだ。なんたって初恋なのだから。
相手は同性の友人。名は翔(かける)。専門学校の同級生で、ここ最近仲良くなってよくつるむようになった人物だ。
翔は優しい。そして楽しい。
それにいつも僕を優先してくれて、困った時は必ず助けてくれる。
そんな彼にいつの間にか抱いてしまった恋心。
一度は諦めようかとしたが、翔の優しさや向けられる笑顔に期待してしまった。
もしかしたら翔も僕の事が、と淡い期待を持った。
だからこその告白だったのだが、僕は早々に後悔している。
「えっ……と、付き合うって、俺と蓮が?」
蓮は僕の名前。
翔が僕の名前を呼んで、僕と自分を交互に指さしながら問う。
「……うん」
「え、えぇ……何言ってんだよ蓮」
明らかに戸惑いを含む声。そこには、僕からの告白に喜ぶ様子は微塵も感じられなかったのだ。
「……っ、ごめん忘れてっ!」
「は!? あ、ちょっと蓮っ!?」
僕は、気がつけば翔から逃げ出していた。
受け入れてくれると思っていた。喜んでくれると思っていた。
都合の良い幻想が崩れ、その先に見た現実に、僕は耐えられなかったのだ。
まったく、情けない。翔もさぞかし迷惑だったろう。
友人として優しくしていただけの相手に好意を寄せられて、その思いを突然ぶつけられて、戸惑うのは当たり前だ。
街中を全力で走って走って、周りが何事だと驚くのを感じながらもまだ走る。
周りからじろじろ見られるよりも、翔の視界に入るほうが恥ずかしかった。
初恋だった。初めて人を好きになった。
恋に浮かれきった恋愛初心者の愚行だったんだ。どうか大目に見てほしい。
「はぁ……はぁ……」
体力の限界が来るまで走り続け、ついた場所は人気の無い路地。
ほんの少し歩けばまた賑わう繁華街に戻るのだろうが、今の僕にはここが居心地良かった。
一人、重い足を動かしてとぼとぼ歩く。
じわりと視界が滲んだから慌てて上を向くと、建物の隙間から憎いほど晴れ渡った青空がのぞいた。
「あーあ……振られちゃった」
泣かないように上を向いたのに、またじわじわと溜まる涙が鬱陶しい。
でもさ、それだけ好きだったんだよ。
同性で、友達で、いつもそばに居てくれたキミの事。
僕は色恋事に疎かった。
周りが、誰が好きだあの子に告白されたあの二人は付き合ってるなんて話題をし始めても、僕には良く分からなかった。
ただ、誰かに恋する人は輝いて見えて、羨ましく思えたんだ。
いつか僕も、その人を思うだけで胸が熱くなるような、一緒に居るならこの人が良いと思えるような、そんな恋をするのだろうか。
「……馬鹿だなぁ僕は」
あの頃の浮かれていた自分が憎らしい。
恋愛が楽しいばかりじゃない事ぐらい、少し考えれば分かるだろうに。
翔を思うと胸が熱くなった。翔とずっと一緒に居られたらどれほど楽しいだろうと思うようになった。
そして、翔が同じ思いを返してくれたなら、これほど幸せな事は無い。
確かに僕は、初めての恋心で浮足立って毎日が楽しかった。恋愛ってこんなに素敵な事なんだって恋する自分に酔っていたようにも思う。
それで、当たって砕けろとばかりに思いを告げたのだが、本当に見事に砕けたわけだ。
「……」
もう、呆れてため息も出ない。
初恋は実らない。いつか聞いた言葉だけど、まったくもってその通りだったよ。
とうとう溢れてしまった涙を乱暴に拭って、明日からどんな顔して翔に話しかけようかと悩み始めた、その時だ。
「──っと、追い付いたぁっ!!」
「ぅえっ!?」
後ろから突然腕を掴まれて、今は聞きたくない声が路地に響いた。
振り返れば、やはりそこには今は会いたくない相手。翔が息を切らして俺の手を掴んでいた。
「あ、あの……翔ごめん、あれは……」
「ま、待って、ちょっと、ストップ、ちょっと、休憩、させて……っ」
「あ、うん」
何で追いかけて来るんだよって思いながらも咄嗟にだらだらと言い訳をしそうになる俺を翔が制する。
というより今は僕の話を聞く余裕もないみたいだ。
限界を超えた全力疾走をしていたのか、足をがくがくさせながら膝に手を付いて、嗚咽混じりに呼吸をしている。
僕が路地なんかに逃げたから、あちこちを走り回って探したのだろうか。
いつもならその優しさが嬉しかっただろうが、今は息苦しく感じた。
だって、僕の想いに応える気がないなら優しくなんかしないでよ、なんて八つ当たりしたくなってしまうじゃないか。
誰にでも優しい所を好きになったくせにね。
もんもんとした何とも言えない思いを募らせながら、翔の息が整うのを待つ。
やっと話せるまでに回復したのか、翔が顔を上げ僕と対面した。
そして、
「蓮、さっきのやつって何?」
と、容赦無しの質問をされてしまった。
「……告白以外で何に見えた?」
腹が立つやら惨めやら、色々な感情が綯い交ぜになって、ついヤケクソ気味に答えてしまう。
そんな僕に、困ったように翔は笑う。
「……いや……やっぱ、告白だったんだ……」
「僕が翔に告白するのは可笑しい?」
「可笑しいっつうか……いや、可笑しいな」
「……っ」
ズキリと胸が痛む。
いつもやさしい翔が可笑しいと思うほど、僕の告白は滑稽だったのだ。
「だって……」
分かってる。
もう分かってるから、それ以上言わないで。
「だって俺達って……──」
分かってる、分かってるさ。僕達は友人同士だ。そんなの分かってるんだ。
なのに、ちょっと優しくされて、一緒に居るのが楽しくて、キミが隣りに居るのが当たり前になって、恋をしてしまって……
分かってるから、初めての恋に浮かれた僕の愚行だってもう分かったから、言わないでよ。
「──……付き合ってるんじゃなかったの?」
僕の勘違いをあざ笑うような事は言わな──
「──…………え?」
「え?」
「……え?」
「…………えぇー……蓮、本気で言ってる?」
何を言ってるんだこの男。
そんな考えが顔に出ていたらしく、マヌケ面ーとからかわれてしまった。
しかしマヌケ面だと言われても、理解出来ない事は変わらない。
それに翔だって、僕をからかっておきながらまだ戸惑っているじゃないか。
「……いつ僕らは付き合ってるなんて関係になったの?」
だから単刀直入で訊いてみたら、翔は「マジかよー……」と愕然とした表情になった。
そして、やや泣きそうな情けない声で更に驚くべき事を言いだした。
「いつって……俺が付き合ってくれっつったら『うん良いよ』っつったの蓮じゃん」
「僕が!? いつ!?」
「ニヶ月前……実技試験の練習でペア組む前に言ったの覚えてない?」
「ニヶ月前……」
ニヶ月前と言えば実技試験の練習相手を見つける為に皆が皆周りに声をかけていた時だった気がする。
そこで僕も誰を誘おうか考えている時に翔に声をかけられた。
『なぁ、蓮! あのさ……付き合ってくんない?』
『うん良いよ』
「──…………あ」
言った、な。
言ったよ確かに。うん、言った言った。言ったけどさ……
「あの状況を告白って思うわけないでしょっ!?」
「嘘だろ!? 一世一代の告白だったのにっ!?」
「いやだって! あの状況であの言い方をされたら練習に付き合ってくれって言われたと思うよ! もっと他の時じゃだめだったの!?」
「だって蓮っていつも誰かと一緒に居るじゃん! 珍しく一人だったからチャンスだと思ったんだよっ」
「だとしても他に言い方が……っ」
「あぁもぉおおおっ!!」
突然頭をかきむしって天を仰ぐ翔にビクリと構える。
そのままの体制で何やら唸っているので、突然頭がおかしくなったのかと伺うが、自分より長身なうえ顔を上げているものだからその表情は分からない。
「……よし」
そして、何かを決心したらしい翔が姿勢を整え、僕と再び視線を合わせる。髪はボサボサのままだが。
彼にしては珍しく眉間に皺を寄せ、難しい顔をして僕の両肩を掴んだ。
これは、もしや怒られるのだろうか。
よくよく考えれば、自分のした行為は失礼極まりないのではないか。
翔にしてみれば意を決して告げただろう思いの丈を、勘違いで全く理解していないどころか告白など無かった事にされていたのだから。
僕は、翔の気持ちを無下にしていたのだ。
翔が大きく息を吸って口を開く。
怒鳴られても仕方ない。そう覚悟を決めて身構えた僕に、浴びせられた言葉は──
『────!!』
大通りから外れた裏路地で、鳥が飛び立つほどの大声が響き渡った。
※ ※ ※
時は過ぎ、冷たい風が吹く季節。
公園のベンチで温かいドリンクを傾ける二人の姿があった。
「温かいねー」
「俺がもっと温めてやろうか? 人肌で」
「さぶっ」
「……すんません」
目を合わせて、笑い合う。
前となんら変わらない僕達。
なのに、なぜこんなにドキドキするのだろう。
「翔、やっぱり寒いから温めてくれる?」
「っ! 喜んでっ!」
冷たい風が吹く公園のベンチで、幸せそうに寄り添う二人の姿。
翔に引き寄せられながら、僕は幸せに浸る。
身を寄せると翔の鼓動が伝わってきて、ドキドキしているのは自分だけじゃないのだと嬉しくなった。
「ねえ翔」
「んー?」
「大好きだよ」
「……っ、お、俺の方がもっと好きだしっ!」
顔を真っ赤にしながら喜んでくれる翔が愛しくて、僕は何度でも愛を囁いちゃうんだ。
だってほら、ちゃんと正しく言葉にしないと伝わらないって、身を持って知ったから。
あの日の事を思い出し、僕は笑って更に翔に抱きついた。
あの日、裏路地の、僕らの事──
※ ※ ※
『──好きです! 俺と付き合って下さいっ!!』
『……』
『……』
『……──はい、喜んで』
何度も交わされた愛の約束は、三度目でやっと誓い合えた。
初恋は実らないって誰が言ったのだろう。
僕の初恋は、知らないうちに実っていたよ。
【end】
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