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第1話

ビィーッ!っとホイッスルの音が鳴る 校庭の中央を見れば、先頭集団がゴールしたところだった。記録係の女子たちに囲まれて、数名の走者たちが、おもいおもいに体をほぐしているのが見える。しかし、本気で走るなんてよくやるよな、と佐野は頭の中でぼやいた。冬の持久走なんて、怒られない程度に手を抜くに限る。 (あ、やまぎ、もう着いたんだ) はっ、はっと、白い息を吐きながら、短髪で小柄な少年を目で追う。 山口義輝(よしき)、テニス部。キリッとした眉が印象的な少年だ。思いの外走るのが速い彼は先頭集団の中でもトップを走っていたのか、女子たちに小突かれるようにして立っていた。心なしか照れているように見える。 (フーン) 佐野の目線が冷たいものに変わる。 ちょっと黄色い声を浴びたくらいで、あんなにノボせちゃって。 佐野がゴールに着くまで、まだ校庭一周半は残っていた。今更ペースを上げる気にもならない。ノロノロ走っていると、次第に校庭中央に近づいて、走り終えた生徒達と女子がはっきり見えてきた。 「山口なんでそんな速いの?ウチらと背ぇそんな変わんないじゃん」 「背とか関係ねーだろ」 「マジで軽やかさちょっと分けてほしー」 「あっつ」 その時だった。ばさ、と山口がシャツの裾で汗を拭った。白い肌と形のいい腹筋がチラリと見える。わっと歓声が上がった。 「えーっ!!山口腹筋割れてんじゃん!」 「すご、鍛えてんの!?」 「触っていい!?」 「は!?やめろよ」 「硬いー!」 きゃあきゃあとはしゃぐ集団と、顔を赤くした山口を目の当たりにして佐野の顔はいっそう険しくなる 何、女子なんかにボケてんの、 ……おれのこと、好きって言ったくせに。 わかっている。自分が間違っていることくらい。 始めは、山口があんまりにも恥ずかしがるから、反応が面白かっただけなのだ。好きだよ、と言っただけで、慌てたように顔を赤くして。嘘つくな、気色悪い、と言う彼の表情を見て、楽しくなってしまった。言葉とは裏腹に、嫌われてないことに安心してしまった。 佐野が始めたこの遊びはだんだんエスカレートして、しつこいように山口を追いかけ、毎日のように告白した。 でも、一緒にいる時間が増えるたび、彼の笑顔に詳しくなるたび、苦しくなっていった。 そんなある日だった、ぽつんと、聞こえたのだ。 山口の口から「俺も」と。 そうしたら、くすぐったくって、そんなはず無いのに、泣きそうになって、ただ少し、悔しくって。 そうきっと、あんまりに自分が繰り返すから、慣れて、返してくれただけなのだ。 ただ遊びに付き合ってくれただけ。 山口はそういう優しい少年だった。 もう、それを知ってしまった。 でも、それを手放すつもりもなかった。 「やーまーぎ!」 ゴールを切るとそのままの足で小さな背中を捕まえる。 振り返った黒目がちの気の強い瞳と目が合った。 嬉しくなってぎゅーっと抱き込むようにしがみつく。 「ねぇおれ頑張ったよ?褒めてー」 体幹の強い体はほんの少し上背の高い佐野に抱きつかれてもびくともしない。代謝が良いのか、走り終えてしばらく経つというのにまだ身体はあたたかく、シャツは湿っていた。肩口から、強い柔軟剤の香りがしたが、ほんの少し汗の香りが混じっていた。 「佐野…佐野やめろ」 「なんで」 「俺今汗かいてるから」 「おれもかいてるけど」 「じゃなおさらやめろって」 「ね、汗ってエロいよね」 「変なこと言うな!」 ジタバタと暴れるので仕方なく腕の拘束を緩める。少し低俗なことを言うだけでカッカと突っかかってくる彼は佐野にとって格好のおもちゃだった。 ゆっくりと、自分が深みに嵌っていくのがわかる。 一度心地よさを知ってしまえばもう戻ることなんてできなかった。 でも、足りない こんな関係なんかじゃまだ足りない。満たせない。 もっともっと、雁字搦めに縛って、自分のそばに置いておきたかった。 「ねぇねぇ褒めてってば」 「うるさいな、ストレッチはしたのかよ。乳酸溜まるぞ」 「それってひと昔前のハナシなんだよ?」 「そーなのか?」 「そーなの、でもそんなことより、さ、」 「いいこいいこ?」 「そうじゃなくて」 ぐ、と体を寄せて、耳元でそっと囁く。 「ね、後でイイコト、しよっか?」 パッと体が離れる。 「は、はぁ!?」 山口は飛び上がって佐野の腕から抜け出す。驚いた顔をして顔は真っ赤だった。良かった。まだ付け込める。そう思った。 「な、ここ、学校!?」 「そうだよ」 「そうだよって…」 山口はキョロキョロと辺りを見回して、はぁとため息をついた 「もしかして、また授業サボって探検したいってこと?」 「…別に。欲求不満なのかと思っただけ。女子に腹筋見せびらかしてさ」 「あれは…!」 わざとじゃないことぐらい分かっている。そんな器用なことできるはずがない。だからといって弁解の余地を残したりもしない。 「勝手に触られただけで…」 「ふーん?誰にでも触らせるんだ?」 「そんな言い方ないだろ」 「やまぎくんのえっち」 「お前に言われたくない」 「えー?でもま、おれは、ちょっとえっちかも?」 そう言って顔を覗きこめば、スッと目線をずらされる。 「ねぇ、好きだよ」 「…またそれかよ」 「今日言ってなかったじゃん。何回でも言うよ、好きだから」 「あ、そ」 嘘なんか言っていない。山口のことは好きだ。だからこんなに山口の心を揺さぶれる。ああゾクゾクする。自分の一言で彼の表情が変わるのがこんなにも楽しい。彼の表情から、自分への好意を読み取れるのが快感だった。 でも、ここからは賭け。 「だからさ…」 その時、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。じゃね!と声をかけて佐野はさっさと列の後方へ行く。山口も前列に並び終わりの挨拶をした。授業後、山口に声をかけられる前に、佐野は他の友人の所へ駆けて行った。 ───── 一通り着替えが終わると、佐野は鞄を肩に席を立つ。 「あれ?佐野サボり?」 「そーサボり」 クラスメイトに声をかけられて軽く応える。佐野が授業を抜け出すのはそう珍しいことではなかった。 「俺もサボろうかな」 「お前はそろそろ出欠足りなくなるよ。頭も足りてないし」 「酷すぎね?」 「事実じゃーん?」 実際、佐野の成績は悪くない。トップ層をキープしてしている。だからこそ佐野が授業を抜け出そうが、誰も何も言えないのだった。 軽い応酬の後じゃーねと佐野は席を離れる。入り口ドアの付近で、まだ山口がワイシャツのボタンを閉めているのを見つけると、そっと近づいて声をかける。 「やーまぎ!」 「佐野……抜けるのか?」 「嫌?さみしい?」 山口はむむ、と顔を顰めた。 「嫌とかじゃなくて、授業はサボったらダメだろ」 「なんで?」 「授業ついていけなくなる、先生にも迷惑だし」 「いつもやまぎに勉強教えてるのだーれだ?」 佐野が悪戯っぽく笑うと、山口はうっ、と苦虫を噛み潰したような顔をした。あまりのテストの出来の酷さに、勉強を教えてもらい始めたのは最近の話ではない。 「それに一回教えてもらったこと全然覚えてない方が普通に可哀想じゃない?」 「それは悪いと思ってマス…」 「後で全部教えてあげる、分からないところ」 佐野は優しい顔をしてそっと山口の左手の小指に小指を絡ませる。 少しだけ顔を寄せて小さく囁く 「東校舎の四階、踊り場」 「え?」 「じゃあ、“あとで” ね」 にこ、と笑って佐野はその場を去った。 また好き好き攻撃か?とそばにいた友人に訊かれて、そう、いつもの、とぶっきらぼうに答えると、湧いた考えを振り払うように大きな動作で学ランを羽織った。そういう顔をするから、お前あいつに遊ばれるんだぜ、友達の笑う声が遠く聞こえた。 ───── スピーカーから録音された鐘の音が鳴る。三限目の開始の合図だ。 山口はぼうっとした顔で机に出した歴史の教科書の隅を見ていた。 呼ばれている。佐野に。 それだけじゃない。もしかすると…そこまで考えてカッと顔が熱くなる。 勘違いかもしれない、またいつものように揶揄われてるだけかも。でも、もし本当だったら…。佐野と…。さっきの体育で、あらわになっていた佐野の頸が頭をチラつく。だめだ、そんなこと考えては。 佐野のことは、好きだ。 もちろん初めは苦手だったけれど、一緒にいるうちに、彼の良いところばかり目につくようになった。佐野は自分とは比べ物にならない程賢くて、その上優しい。そして自由だ。知識も豊富で、下ネタさえなければ話してて面白いし、沢山の人に慕われている。奇想天外な閃きと、何事にも柔軟に対応する姿はカッコいいとすら思う。 どうして自分なんかを気にかけるのかいつも不思議だった。聞いてはみたが「好きだから」と言われてしまい、どこが好きなの?とは流石に恥ずかしくて聞けなかった。 でも、何か達成した時、一番に褒めてくれるのは佐野だし、何かあった時すぐに報告するのも佐野になっていた。 一緒にいるのが楽しい。 できるならもっとそばに居たい。 居場所を告げた時の硬い声を思い出す。佐野は上手に隠すけれど、たまにすごく寂しそうに見える時がある。いつも前を歩く佐野が。どこへだって行ける筈なのに、たまに縋り付くような目をしておれを見る。おれが手を差し伸べるのを待っている。 今、1人でそこにいるのか。 担当の教員は遅れているようでまだ姿を見せない。 山口はカタンと席を立った。 「わり、体調悪いから保健室行って来る」 ───── 人のいない一月の廊下はしんと冷え切っていた。誰かとすれ違ったらと思うと途端に心臓が跳ねだす。どうか、誰とも遭いませんように。今だけは目指す所があるから。 佐野はどこまで本気なんだろう。 いつもみたいに他愛のない事を話すだけならいいのに。新しく出たカードパックの話だってまだしていない。昨日見たゲーム動画の話だって。 一歩一歩進むたび、そう言った冷静な思考が絡め取られていく。そして、代わりに、体育の時に触れた心地よい体温を思い出す。暖かくて、湿っていて、やわらかい肌。首元を流れていった汗。こんなのは、良くない。わかっている。でも…触れたらどんな反応をするのだろう?知りたい。触れたい。あの長い髪にだって。佐野の柔らかい色をした瞳が自分を映すのを想像してしまう じわりと手のひらに汗をかく。 クラスの入っているほかの校舎と違い、古い理科室や家庭科室が並ぶ東校舎は静まり返っていた。階段に足をかける。佐野は4階の踊り場と言っていたが、この校舎は3階までしかない。その上にあるのは閉鎖された屋上だ。4階の踊り場というのは、屋上へ向かう階段と廊下の事だろう。 そっと下から上を覗いてみたが、階段の構造上真上の階の底しか見えなかった。 このてっぺんで佐野が待っている。 そう思うと、胸が騒いで、こんな事とっとと終わらせてやろうと言う気分になってきた。うるさくない程度に足を早める。期待するな。ヘンな事考えるな。やめろやめろ。ちょっと顔出して、文句言ってやるんだ。それだけだ。そうして少しサボったら、次の授業までに佐野を連れてクラスに帰る。これでいい。 とうとう3階に着いた。屋上へと続く階段には、文化祭で使ったパネルや小型のカラーボックス、段ボール箱などが雑多に積み上げられていた。手前には侵入禁止のプラスチックチェーンがかかっている。音を立てないようにそっと潜ると、先へと足を進めた。 「佐野?」 踊り場から呼びかけると、誰もいないように見えた屋上前のスペースから、ひょこっと見慣れた顔が覗いた。 ホッとしたのも束の間、佐野は死角から抜け出すとするするとこちらへ降りてくる。そして目の前まで来ると 「…イケナイ子だね?」 と目を合わせてくすくす笑った。 解いた髪がサラサラ揺れて、窓から漏れる光にキラキラと輝く。 「ちゃんと1人で来れたんだ?偉いね」 とん、と肩に腕を乗せられる。顔が近づく。ふわ、と香水の香りがした。 ご褒美あげる、 ちゅ、と音がして柔らかいものが頬に触れた。ふわりと笑む気配がする。 「やまぎ、ほっぺ冷たいね」 ちゅ、今度はすぐ隣に落とされた。暖かい唇の感覚に顔じゅうの意識が集中する。それはゆっくりと位置を変えて続き、だんだん唇に近づいてくる。 ちゅ、…ちゅ、…。 とうとう口角まで辿り着き、少しだけ唇と唇が重なった。柔らかくて蕩けそうで、かぁっと体が熱くなる。 「ねぇ、イイコト、しよ?」 甘い声で佐野が尋ねる。我慢なんてできなかった。ピリピリと胸を走る快楽を追いかけて佐野の唇にくちをつけた。 ───── ふに、と生温い感触。どくどくと心臓が鳴る。気持ちいい。ほんの少し触れているだけなのに、何かが満たされていく。 ゆっくり顔を離すと、茶色い瞳と目が合った。 「ね、もっと」 啄むばかりのキスを幾度も繰り返す。互いの吐息のぬるさが生々しく感じた。 肌に触れるたび、ぞく、ぞくと快感が増していく。 は、と口を開けば、吐息ごと捉えられてキスが深くなる。 「…、…」 「…ん、…」 どうしたらいいかなんて分からないまま快感を追って縋り付いた。 佐野の舌がちらりと歯列を掠める。気持ちよくて真似して舌を追いかけた。 ぬる、とした触感が舌先に触れた。と思ったら、あっという間に絡め取られてしまった。 軽く触れるだけだったキスは、少しずつ、大胆になっていく。 「う、…んぅ…は…、ぁ…」 「は、…、…」 気持ちよくて、ぞくぞくして、体の中心がどうしようもなく昂っていた。 肩に乗っていた腕が、じっとりと上腕を撫でて、下がっていく。抱き込まれるようにして体が近づく。 「緊張してる?」 片腕は、ゆっくりと指を絡めて繋がれた。 「もっと近くにきて」 繋いだ手をぐ、っと引っ張られ、バランスを崩した。佐野の肩にもたれかかるように体重がかかる。2人の間にわずかにあった距離が埋まった。 くす、と耳元で笑い声が聞こえた 「かたくなってる」 背中にあった掌がするすると腰を撫でる。 今触れられたらはち切れそうだった。 「佐野、やめ…」 「気持ちよくしてあげようか?」 そう言うと佐野は体勢を立て直してスッと屈んだ。かちゃり、とベルトに手をかける。まさか。 「大人しくしててね」 佐野がぺろりと唇を舐めた。 ベルトが外れて腰が軽くなる。ボタンを外そうと手こずる佐野の手が自身に触れるたび、堪えきれないため息が口をついて出た。本当にヤバい。 どうにか前をくつろげると佐野は嬉しそうにこっちを見る。 「…おっきいね」 「なあ。まずいって」 誰も出歩かない時間とはいえ、踊り場からは3階の廊下が見えた。つまりは逆もまた然りだ。その緊張感だけが僅かに自分の気持ちを現実に引き戻す。 「いいから集中して」 そう言うと佐野は見せつけるように口を開いた、唾液でぬらりとひかる赤い舌が、試すように先端に触れる。 ぬる、と感じたことのない快感が全身を襲った。 「っ…!やば、…あっ!!」 我慢しようと思った時にはもう遅かった。 びゅくっ、びゅく、と生暖かい白濁が、佐野の顔に散っていた。 「…しょっぱい」 「わ!あ、ごめんッ…ヒッ!」 じゅる、と出たばかりの先端を吸われる。 「もうイッちゃったの?」 かあっと顔が熱くなる。 「そんなにきもちいかった?」 にや、と佐野が蠱惑的に笑った。その顔には未だべっとりと白いものが付いている。 「とと、とにかく、ティッシュ!」 学ランのポケットからティッシュの包みを引っ張り出して数枚取る。 屈んで顔を合わせると、むわっと独特の香りがした。 「ほんと、悪い」 「いーよ自分でやる」 「でもあちこち飛んでるから…」 納得したのか佐野は、ん、と顔を自分の方に突き出した。長いまつ毛が伏せられている。丁寧に優しく拭って目元にキスを送った。 「やまぎってそういうことできるんだ」 「どう言う意味だよ」 「いや別に…」 そう言って佐野は一度口をつぐんだ。 「好きになっちゃいそうだなって」 「いつも好きって言うくせに」 「…もっとってこと」 「ねぇ、おれまだ足りない…」 頬に佐野の手が添えられる。溶けた瞳がじっとこっちをみる。そっと唇が触れ合う。 「おれのことも、もっと知ってよ」 触れているどこもかしこもが熱くて、目が離せなかった。 ───── こっちにきて、と声をかけて、手を繋いだまま2人で階段を上る。屋上の前には3畳ほどのスペースがあった。 「案外広いんだな」 「そ、おれの秘密の場所なの。1人になりたい時、たまに来るんだ」 「教えちゃっていいのか?」 「やまぎはとくべつ」 そう言うと佐野は振り返った。 「今から何するか、わかる?」 山口の瞳がそっぽを向く。流石にわかるらしい。 「こういうの初めて?」 「まあ…」 「大丈夫、全部教えてあげる」 そっと山口の胸に手を当てる 「気持ちいいこと、しよ?」 そっと唇にキスをする。寄りかかって、体を撫でて、今からすることを意識させる。 「ね、脱がせて」 袖口に指を引っ掛けて服に隠れている手首をさする。そのまま相手の手を自分の胸元へ誘導した。 山口が控えめにボタンに触れて、外し始めたのを確認してから、深いキスをする。 キスは嫌いだ。夢中になってしまうから。だから早々に主導権を握って山口の咥内で遊ぶ。さっきみたいに夢中になってくれればいい。 脚の間に自分の膝を割り込ませて、すり、と内腿を擽った。それだけで大袈裟に身をこわばらせる。楽しくて仕方ない。今から自分はこの少年を弄ぶのだ。そう思うと愉快で、どんどん気分が高まっていくのを感じる。 絶対に逃してなんてあげない。 「じゃあ、もっと触って?」 開かれたシャツの隙間から素肌を晒すと、恐る恐ると言った雰囲気で山口が触ってきた。 「あったかい」 「冬だもん」 「あ、わり、手冷たい?」 すっ、と手が離れる。 「いーよ、これからあったかくなる事するんだから」 そう言って自分も山口の学ランの隙間に手を入れた。 「うわ、わ、」 「なんでズボン直しちゃったの?今からもう一回するんだよ?」 一度ぎゅーっと抱きしめる。強張った体からは慣れた制服の香りがする。 「おれ、やまぎの匂い好きだな」 「…俺も、佐野って香水つけてるだろ」 やさしい花みたいな香りがする、と言われてちょっとだけ舞い上がる。気づいてたんだ。 「じゃあ、シよっか?」 ───── 静かな空間にかすかな吐息と衣擦れの音が響く。 「……挿れるね」 あぐらをかいた山口の上で、佐野はゆっくりと腰を落としていく。 「っ!…ぅ、ん…… ぅ…」 つぷ、と、先端が柔らかい所に触れ、ゆっくりと内側を押し広げる。初めての感覚に佐野は少しだけ戸惑う。大丈夫だ。きっとできる。指が3本入るまでしっかりワセリンでほぐした。ネットで調べた通りに準備はした。 つう、と汗が頬をつたって下に落ちる。 「ね、やまぎ…きもち、い?」 「…うん、さの、ヤバい…これだけでイキそう」 「あはっソーローくん?…いいよ?イッて」 「まだがんばってみる…」 佐野はふふ、と笑った。 「ね…ナカ、動くのっ、わかる?」 「はぁっ、は、わかる…気持ちいい」 「おれも、気持ちいいよ…」 ぴた、と身体と身体の縁が当たる。全部入った。よかった。佐野は、はぁ、はぁと肩で息をした。 苦しくて涙が出そうだった。 「やまぎ、やまぎ、ハグして」 「ん」 大好きな香りに包まれる。少しだけ安心する。 「おれのナカが落ち着くまで待ってね…そしたらいっぱいきもちーこと、しようね」 そのままキスをした。触れている身体も、熱も気持ちいいのに、挿れているところが苦しくて、痛くて仕方なかった。 「…佐野?大丈夫か?」 「あ、ごめ、もうちょっとだけ、まって」 なかなか動かない佐野を不思議に思ったのか、山口が心配そうに声をかける。 「いいよ、佐野が苦しいなら…」 「だめ、すぐだから、すぐ良くなるから」 だから、もう少しこのまま… 「佐野…嘘はだめだ」 山口は佐野の腰に手を当てると、そっと身体を持ち上げた。ずるりと後孔から陰茎が抜けていくのがわかる。嫌だ。諦めたくない。こんな筈じゃなかった。もっと繋がっていたかった。 「ね、やだぁ」 「さの…」 山口はさらりと前髪を掬うと額にキスを落とした。 「わり、佐野に任せすぎた。俺も頑張る、ごめん」 「やまぎは…何もしなくて良いんだって」 「そんな事ない。おれに出来ることがあるなら、する」 「ほんとに、いーから」 「佐野、」 黒い瞳に見つめられて、心臓がどきりとする。本当、認めたくない。でも、もっと触れたい。 「…おれも、きもちよくして…」 「…いいよ」 微笑まれて、そのまま後ろに押し倒された。 ちゅ、ちゅ、とキスの音が降る。擽ったくて身を捩ると、逃げないで、と手を絡め取られた。 「佐野はどこが気持ちいい?」 「どことか、…そんなのわかんない」 「そっか」 「で、でも、こうしてくっついてるのは気持ちいい、かも…」 そう言って山口の肩に手をかける。ぎゅ、と抱きしめるようにすると体が近づく。 「じゃあ、いっぱい触る」 耳元で優しく囁かれて、胸がどきりとする。 固い手のひらがゆっくりと体の表面を滑っていく。輪郭を触って、内側をくすぐって、体の窪みを明らかにしていく。 手のひらがあたたかくて気持ち良い。 「はッ…ぅん、ひゃ…ぅ!」 指先が胸元に触れて、びくりとして声が裏返った。 「ここも触っていいの?」 「あ、なんか、ネットとかだと、気持ちいいって…。舐めたり、とか…」 「わかった」 そういうと山口は頭を胸に近づけてそっと舌を伸ばしてきた。ぬる、と湿った感触がして、ビリビリと痺れるような感覚が体の奥にはしる。 「あ…っ、あ、…ぅんッ…!」 じわ、と快感が下腹部に溜まっていく。 「やまぎ…ッ!なんか、ヘン、かも…っ!」 「やめる?」 そう言うと山口は胸から顔を離した。 「へっ…!?な、なんでっ…っ!」 急に刺激を止められたので、チリチリと焦らされるような快感が胸に残る。体の奥がむずむずして、性器の先はすっかり濡れていた。 「いじわる…」 「あ、ごめん」 「いーよ…」 「……あのさ、…ナカも触って良い?」 どきっとした。後ろがきゅんと疼く。 「な、なんで」 「佐野、さっきは触らせてくれなかったし」 「だって解すのは…っ!自分でやりたいから…」 「見せつけられてめちゃくちゃ勃った」 欲に濡れた瞳と目が合う。 「お願い」 ちゅ、と胸にキスをされる。 「だめ?」 「だめじゃ、ない…」 「ありがと」 そろりと山口が脚の間に身体を割り込ませる。自然と脚を大きく開く体勢になり、恥ずかしいところを意識してしまう。 「…?どうした?」 「なんか、恥ずくて」 「ああ…。我慢して」 すり、と内腿がさすられる。そのままするりと手が下に降りて、後孔に触れた。 「ひッ…!」 普段触られない場所への刺激で腰が跳ね上がった。 「ごめん、ゆっくり触る」 「あ、おれも、ごめん。なんか触られるの、びっくりして…」 ぴた、と中指が割れ目に添わされる。山口の手が触れているんだと思うと、それだけでどきどきした。 すり、すり、と撫でられてゾクゾクする。 「ねえ、やまぎ、本気?」 「うん。いけそう?」 「わ、わかんない」 「じゃあゆっくり…」 「え、うそ、ぁっ…!」 ぬる、と指が中に入ってきた。思わずキュッと締め付ける。 「さの、力抜いて」 「ごめ…」 ぐ、ぐ、とゆっくり指が奥まで入っていく。 「なんかふわふわしてる」 指の腹で確かめるように内側を押される。 「まって、まって…ソコ、なんかやばいっ…」 「ソコって、ココ?」 弱いところを、指で優しくとん、とん、とさすられた。 「ひゃぁっ…んぅっ!…ッ!?…ひっ!」 「ここがいいの?」 「まって、やぁ、やまぎ…っ!んぅ…っ!」 とん、とん、 緩やかなリズムで、弱い力で触られているのが、たまらなく気持ち良い。 「佐野、声、抑えて」 「はっ…!ぅん……あぁっ!」 とん、とん、 「さの」 「やっ…だっ、ぁめッ…やまぎ、こぇ、なんかッ…ぁ…!」 山口の優しい低音の声が腹の底に響く。静かに、しなくては。いくら誰も来ないとはいっても、万が一の可能性はある。でも、ビリビリとした快感が溜まって下半身が熱い。気持ち良い。もうだめかもしれない。あとちょっと、あとちょっとで、全てひっくり返りそうな感覚。 とん、とん 「…ッ!は、…んーッ!ーーッ!」 耐える、耐えれる、まだ大丈夫。あとちょっと。 とん、とん、 「佐野、いいよ」 「あ゛ッ、…あ゛ぁあッ!!ーーーーっ!!」 声を聞いた瞬間、決壊したみたいに快感が溢れた。頭がチカチカする。びくびくと体が痙攣した。イってしまった。 「は、はぁ、はぁ…」 頭がぽーっとする。疲れた。体がだるい。あー。やまぎ、指拭いてる、あは、顔かっこいいな、好き。 「大丈夫?」 「すき…」 「へ」 思った言葉がそのまま口に出る。でも良いか。やまぎだし。 「すきって言ったの」 「あ、そう、………おれも」 嬉しい。嘘だって良い。今はただその優しさに包まれたい。 「ふふふ。ぎゅーってしよ?」 腕を伸ばすと、当然のように身体を寄せてくれる。幸せだ。ごり、と固いものが太ももに当たった。 「やまぎ、勃ってる」 「…そりゃあ」 「ねーもっかいする?」 山口が慌てたように顔を赤らめる。かわいい。 「おれは、大丈夫、自分でやっても良いし…」 「さびしいこと言わないで。一緒にシよ?」 今だったら、この可愛い男のためだったら、なんでもできる気がした。 ───── 「あ゛っ!…ぁんっ!ん、あっ、あ、…!」 「は、ッ、はぁっ、…はぁっ…!」 ぺち、ぺち、と肌のぶつかる音がする。内側のすごいところを性器が擦っていく。後ろからなら少しは楽だとネットに書いてあったけれど、やっぱり少し苦しい。でも、上擦った声が止められない。体が震える。 四つん這いだった姿勢はとっくに崩れ果てて、腰を高く上げたまま、上半身は床に伏せっていた。 「…っ!ふ…、……ぅんっ…!ぁ…!」 手の甲を口に当てて声を殺す。 「佐野?大丈夫?」 こくこく、と頷いて続きを促す。 「っやばい…きもちい、」 焦ったような小さな声が後ろから聞こえた。嬉しい。心が満たされる感覚がした。 とん、とん、とん、とリズミカルに揺さぶられていたかと思うと、ぴたりと止まって、ずるる、とゆっくり抜き挿しされる。ぶる、と体が震えた。ゆっくりとしたストロークに期待して、腰が勝手に揺れてしまう。 「は…っ、ふッ……、ぅ…!」 「さの、顔、見たい…」 「あ゛ッ…!」 ばちゅ、と、奥まで突かれた。思わず高い声が出る。 「佐野…」 「ぁ…わ、かった、から…!」 腰に添えられた手をトントン叩いた。ようやく気づいたかのように山口が体を離す。 べしゃ、と腰が落ちる。つめたい。床に手をついて何とか体を仰向けにした。 「は、はぁ、ほら、きて…?」 手を伸ばせば、すぐに熱い体が覆い被さってくる。首元に顔を埋めると、しっとりと濡れていて、ぶわ、と濃く汗の香りがした。背中を撫でると、シャツにもじっとり汗をかいている。 しばらく堪能したあと、催促するように内腿で脚をさする。 「やまぎ」 「ん」 ぬぷ、と先端が入ってきた。思わず目の前の肩に縋り付く。 「ごめん、苦しい?」 「苦しいけど、きもちぃ、…ね、キス、しよ」 口を開けると、柔らかな吐息が当たって、舌が触れてくる。舌を絡め合って、高め合う。その間にゆっくりと性器が奥へ入ってきた。苦しい、くるしい、でも、すき。 「は、最後まで、入った…さの…」 暖かい手のひらが優しく頭を撫でる。快感で頭が馬鹿になりそうだった。もっと、もっとと頭を擦り寄せる。 「はは、かわいい」 くすりと笑って額にキスをされる。 「ちょっとだけ、動いていい?」 「ん…」 何でも許してあげたかった。少し苦しいのが、なんだか妙に気持ちいいくらいだった。 奥まで挿入したまま、山口が体全体をゆさゆさと揺する。それだけで腹の中がぎゅぅと締まって中にあるものを意識してしまう。細かな振動に快感が呼び起こされた。 「ぁ…、あ…、…ッん、…!」 「大丈夫?」 「ん、ぅ、きもち、ぃい」 「よかった」 全体を揺する動きから、少しずつ深いストロークへと変わって行く。 ぱちゅ、ぱちゅ、と音が鳴る。 「っ…!俺は、これ、気持ちいい、けど」 「ぁ…!う、!…ふっ!」 「佐野は、ちょっと、苦しいか」 ずるる、と抜かれて、とん、と浅いところを刺激される。 「ぁ゛ッ…!?」 「ここ、さっき触ってた、とこ…わかる?」 とん、とん、と良いところを刺激される。 「ここは、気持ちいい?」 とん、とん、 「あっ、ひゃっ、んっ…、あっ…!」 とん、とん、 「ひ、…そこっ…とんとん、され、ぅと、きもひぃ…!」 とん、とん、 「あっ、あっ、やまぎ、らめ、これ、ぁめ…」 きゅうっと中が締まる。目の前の顔が苦しそうに眉根を寄せた。心なしかスピードが早くなる。 とんとんっ、とんとんとんっ 「ぁ…!あッ…!なか、きゅうって、なる…ッ」 「俺も、そろそろ、ヤバそう…っ」 苦しそうな顔が堪らなく愛おしい。 「ね…っ、ねぇ…!やまぎ、やまぎっ!すき…ッ」 だから、すきって、いってよぉ 「俺も…すき」 びくっびくっと体が痙攣する。快感が体中に広がっていく。全身が敏感になってピリピリする。びゅる、と腹の中で熱い飛沫を感じた。その振動さえも快感の一部となる。 「は、はぁ、は…」 くたっと全身の力が抜けた。 佐野はそのまま意識を手放した。 ───── 目が覚めると、ツンと薬品の香りがした。白い棚と、カラフルなポスターが壁に並ぶ。…保健室だ…? 「え、全部夢…?」 起き上がった瞬間、あらだのあちこちが軋む。夢じゃない。確かにさっきまで…。 じゃあ一体、なぜこんなところに…?まさか…。さあっと血の気が引いていく。 「あら、起きた?大丈夫?山口くんが運んできてくれたのよ?」 あのバカ!!!信じられない!起きないからってセックスしたあとに保健室に連れていく奴があるか!バレたらどうするんだ! 「あは、寝不足だったみたい」 「もう、遊んでばっかりいちゃダメよ?」 おっとりとした雰囲気の養護教諭は軽く諭しただけで何も言ってこない。 誤魔化せたか?気づかれた?気づいたとしても聞いてくんな…! 「あの、山口は…?」 「ああ、かなり心配してたけど、元気そうだったから返しちゃった。ちゃんと起きたよって伝えてあげてね」 そういえば、なんか様子が変だったわねと訝しむ一言が付け足されて肝が冷える。 「おれ…おれ、今日は帰るね、さよなら」 ベットから降りようとして、気づく。いつもよりベルトが緩い。学ランの下でわかりにくいけれどシャツもしまわれていない。本当に、山口がここまで連れてきたんだ。きっと今頃慌てている。どんな顔して授業を受けているのだろう。 保健室を出てトイレで身支度を整えた。ひどい有り様だ。強めに香水を振り直す。ポケットにボトルを入れようとして、何か紙が入っているのに気づいた。 『ごめん、もうしない』 山口の字でそう書いてあった。少し考えて、鞄からペンを取り出す。 『またしよーね♡』 裏にそう書いてプシュ、と香水を吹き付ける。 下駄箱でこれを見つけた時、いったいどんな顔をするのだろう。 想像すると愉快で、足取りは軽かった。

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