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3章【先ずは優しさで包んでくれ】 1

 それから約、二週間が経とうとしていた。  あの日──先輩が俺の部屋に泊まった、その翌日。俺と先輩は特に会話をすることもなく、問題も起こさずに解散した。  なにを言えばいいのか俺には分からなかったし、先輩だってなにも言ってこなかったのだ。  だから、俺たちの関係はアレで終わり。時々仕事の話をするだけの、ただ隣同士に座る仕事仲間。これにて、妙に盛り上がり始めていたボーイズとかラブとかと言った展開は見事に回避したのだ。  ……そうなってくれる、はずだった。 「子日君、お昼休みから戻ってきたんだね」  今は、昼休み明け。自分のデスクに戻ってきた俺に、先輩は声をかけてきた。  ……そう。あまりにも普通に、先輩は話しかけてくる。 「はい。ただいま戻りました」  必要最低限の返事だけをして、俺は自分の席に座った。そんな俺を見て、先輩が笑う。  ……そう。笑ったのだ。 「──どうせなら、僕と一緒にお昼寝してくれても良かったのになぁ……っ。体の内側から、僕の熱で温めるサービス付きだよ?」  普通に話しかけてくるだけならまだしも、先輩は……先輩はッ!  ──チクショウッ! なにも変わっちゃいないんだよッ!  確かに、周りの人からしたら俺と先輩のこのやり取りがなくなったら『ヤッたのか?』とか『なにかあったのか?』と勘繰るだろうということは、容易に想像できる。それほどまでに俺たちのこんなやり取りは恒例化してしまったのだ。……悲しいことにな!  だけど、だからって……ッ!  ──あんなことがあって、俺はどんな気持ちでこの言葉を聞けばいいのでしょうかねぇッ!  先輩は、俺を好きじゃない。でも俺が先輩を好きじゃないから、先輩は俺を抱きたいらしい。  だけどそれは決して恋愛感情に発展することのない行為で、先輩からしたら『安心できる相手を抱きたい』だけ。  これでも俺は、あれから毎日毎日……先輩のことを、先輩の言動に対しての対処法を考えていた。  だがどんなに考えても、なにも思い付かなかったのだ。それが、平凡な人間の発想力の限界なのだろうな、と。そう、ただただズンと悲しくなるほどだ。  どうしてセクハラ行為について熟考した結果、人としての在り方を考えさせられるのか。誰か、この思考に有意義な結果をくれ。  先輩が抱く俺への気持ちは、よく分かった。先輩からの発言はまったくもって、好意じゃない。  そして、先輩は俺を含めて誰も好きにならないらしい。そんなことは、分かっている。  ……ん? ならばなぜ、俺がこんなにも腹を立てているかって?  言っておくが、好きにならないとハッキリ言われて拗ねている。……なんて甘い展開を期待しているのならば、早々に諦めてくれ。  ──なぜなら、俺が腹を立てている理由は【先輩の言動】にあるのだから。  すると、笑顔だった先輩のもとに一人の女性が近付いてきた。 「すみません。牛丸さん、ですよね?」 「そうだけど、君は?」 「企画課の者です。先ほど内線で指摘のあった通り、私の作った資料に間違いがありまして──」 「そっかぁ! じゃあ、お詫びに僕に抱かれない?」 「……えっ?」  ……見たか? この、流れるようにアウトラインを嬉々として踏みつけまくっている、堂々としたセクハラを。  ──見境が! なさすぎるだろう!  先輩は初対面の職員全員を口説くらしく、それは男だろうが女だろうが例外じゃない。俺は先輩の気持ちを知ってからずっと先輩の口説きテクを見てきたが、本当に見境なしなのだ。  それはこういった若い女性職員だけではなく、ひいては食堂に入った新人のおばちゃんにまで。  俺や幸三のように若い男性後輩職員だけではなく、清掃のアルバイトをしているおじいちゃんにまで、先輩の魔の手は伸びるのだ。  先輩の舌を切り落とすのと、男の象徴を切り落とすの。果たして、どちらの方が優先度的に高いのだろうか。  誰か、俺にこっそり教えてくれ。答えが【両方】なのだとしたら、いっそのこと俺の通り名が【ネノビ・ザ・リッパー】になっても構わない!

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