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続 2章【先ずは想いに上限を設けてくれ】 1

 先輩こと牛丸章二さんと付き合い始めて、もうすぐ二ヶ月。  兎田主任による媚薬事件を除けば、まぁ、そこそこ。平々凡々で特に大きな問題もなく、実に穏やかな日常が続いていた。  季節はすっかり秋となり、日によっては肌寒さを感じたり、感じなかったり。先輩と出会った春からもう、季節はここまで変化していたのかとか。……まぁ、そんな感慨もあったり、なかったり。  そうした季節の変わり目で、体調を崩す者がいるのも道理だろう。現に、同じ課で体調を崩した者もいる。……ん? 俺? 元気ですが、なにか。  とどのつまり強引にまとめると、季節が変われば人間、誰しもちょっとした変化があると言いたいわけであって。 「──おはよう、子日君っ! って、あれっ? 鼻の頭が赤くなっているよ? そんなに寒いなら、僕が温めてあげるよ? 勿論、人肌で……ねっ!」  全くもって変化が起きないこの馬鹿は、顔のわりに【風情】というものを一切大事にしていないのだなという。……俺が長々と語っていたのは、隣に座る恋人兼先輩兼後輩の愚痴でした、というオチだ。  なんやかんやと、俺相手に【恋人】という関係性にゴールインした先輩は、春だろうが秋だろうがなにも変わらない。寒かろうが暑かろうが、今日も今日とて俺を口説く。……もとい、セクハラをぶっかましてくるのだった。  俺は自分のデスクに近寄り、椅子を引く。背もたれに触れた俺の手にすかさず手を重ねてきた先輩は、相変わらず清々しいほどに最低で、腹が立ってくるな。ここ、職場だぞ?  ……まぁ今さら、先輩が俺にセクハラと口説きを繰り広げたところで、周りの職員は『平和だなぁ』と笑うだけだが。 「かわいそうに、手までこんなに冷えて……っ。……おいで、子日君。僕が温めてあげるよ」 「ゾッとする」 「せめて先に『おはようございます、先輩』っていう微笑みをちょうだいよ!」 「サンタさんに縋るには少々気が早いですよ、先輩」  どうして俺は、この人のことが凄く好きなのだろう。自分で自分の趣味を疑うぞ、まったく。  触れた手を振り払いつつ、俺は先輩に朝の挨拶を送ることとした。 「今日は『芋でも焼こうかな』と思っていたのですが、生憎と火にくべるものがなくて困っていたんですよ。ですが、恥ずかしながら出勤して気付きました。『そう言えば、いつも隣にあったよな』と。そんな【灯台下暗し】という気持ちの朝です、おはようございます」 「前置きが長くないかなっ? しかも、なんだか不穏だよ、子日君っ!」 「ところで木の枝──じゃなくて、先輩」 「そんな間違い方あるかなっ!」  慰めを求めるかのようにハグをかましてきそうになった先輩からなんとか身を引きつつ、俺はようやく椅子に座った。……そうすると、隣の先輩がピィと泣き始めたではないか。これでは、火にくべると焼き鳥になってしまうぞ。  ……芋と焼き鳥、か。なかなか、ふむ。……ウマそうだな。 「あれっ? 今日はなんだかご機嫌だね?」 「焼き芋と焼き鳥のことを考えていると、立っていたはずの腹がただただ空いてきますね」 「お芋と焼き鳥かぁ。食欲の秋だねぇ」  食料──もとい、先輩もほっこりとした様子で笑っている。どうやら、こんな人にも【季節感】という感慨はあったらしい。  俺はパソコンの電源を付けつつ、呟いた。 「──今日も平和だなぁ」 「──隣に座る男を火にくべようとしていたくせに、なんでその言葉が出てくるのかなっ!」  今日の昼は食堂で秋っぽいものを食べよう。  隣でピィピィと喚く先輩を無視して、俺は早くも昼休憩に想いを馳せるのであった。

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