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第1話
石造の大きな城。
その1番奥にある、玉座に魔王は座っていた。
どっかり構えているわけではなく、だらっと椅子の背に体を預けて、脱力しながら。
きっちり磨かれ鏡のようになっている真正面の扉には彼の姿が写っていて、魔王は「我ながら美形だわ」とぼんやり思う。
冷たく見えるほど整った碧眼黒髪のその姿から考えられるイメージとはかけ離れたぼけーっとした表情を浮かべて、大きくあくびをした。
あくびをした瞬間、扉が大きな音を立てて開かれ、銀髪の青年が、小走りに入ってきて、嬉しそうに告げる。
「魔王様、そろそろ討伐隊がやって参ります」
「えー、めんど」
魔王はそういうが、青年は興奮したように、続けた。
「何をおっしゃいますか!久々に魔王様のお力を発揮できるのですよ!!一同皆楽しみにしております!!」
うえー、と魔王はいうが、「ほら、魔王様!」と促されて、仕方ないなぁととぐっと伸びをした。
「他の子たちもそうだけど、アルジェント。君の笑顔がみられるのなら」
絶世の美青年でもある魔王からの甘い言葉と微笑みに、青年、アルジェントははあ、とため息をつきながら嗜めるように言う。
「私は魔王様の寵愛をいただけるような存在ではないと何度もお伝えしております」
「それを決めるのは僕だと思うんだけどなぁ」
「そんなことより、さあ、来ましたよ!!」
「はいはい」
魔王、シュバルツははあ、とため息をつきながら、それでも討伐隊が来るまでには魔王らしい覇気を身に纏って、偉そうに玉座に座ってみせる。
やってきた討伐隊ーと、アルジェント達は呼んでいるが、いわゆる勇者一行のことーは、「見つけたぞ魔王!」とそれぞれの武器を構えた。
世界の敵などと呼ばれているが、元来怠け者なシュバルツは世界に対して特に何もしてない。物語でよくあるように村焼いたり、世界征服をしようと思ったこともないし、強いて言えばどうしてツレない相手を頑張って口説こうとしている、くらいの活動しかしていない。
だが、積極的に何かしなくても「魔王」は存在するだけで魔物の活動が活発になる存在なので、魔物の被害で苦しむことが多い人間達にとっては、諸悪の根源といっても間違いではないとシュバルツは思っている。
なので、この討伐隊の行動は彼らにとっては妥当な行動であるという認識だ。だからといって大人しく殺される気はない。
魔王はこの城の「魔力」から生まれる存在なので、シュバルツが死んでもすぐに別の魔王が生まれる。
次の魔王が積極的な魔王な可能性もあるし、人間がどうなるかというのは割とどうでもいいけれど、この城に生きる魔物が次の魔王のせいで死ぬ可能性が上がると言うのは、よろしくない。
面倒くさいので積極的に殺しはしないが、討伐隊の皆々様にはさっさと城から出て行ってもらうというのがシュバルツの方針だ。
そして、それだけの力がシュバルツにはある。
パワーイズジャスティス!なノリの魔物達には、シュバルツの力はほぼ信仰に近い羨望を集めていて、アルジェントも信仰を持っている1人であり、だからこそシュバルツの囁く「愛」を頑なに受け取ろうとしてくれない、とは魔物たちの間ではささやかれている。
「お前のせいで、どれだけの人が死んだと思っている!!」
中央で大剣を構える青年が叫んだ。おそらく彼が勇者だろう。
「それがどうした」
シュバルツが低く返すと、勇者はその威圧に息を呑む。
シュバルツの斜め後ろでも息を呑む気配がした。
アルジェントだ。震える彼をみて、シュバルツは内心ため息をついた。
(あー、これ絶対「魔王様、かっこいい…っ」とかなってるんだろうなぁ)
この部屋にいる配下はみんな、同じような反応をしている。
信仰といったが、人間たちが舞台役者にキャーキャーいっているのと似ているような気もする。なんにせよ。
(そう言う反応してくれるくらいなら、僕の愛を受け止めてくれてもいいのになぁ)
そんなことを考えていたら、勇者が斬りかかってきた。
後ろの方で補助魔法を唱えている魔法使いと多分聖女。
勇者の反対から同じく斬りかかろうとしている大斧戦士。
シュバルツはそれらに向けて「吹き飛べ」と小さく唱えた。
次の瞬間、彼らの体は頑丈な石壁に叩きつけられる。
魔王様格好いい!!という思念があちらこちらから向けられて、シュバルツはなんだかなぁと思いつつ、討伐隊に意識を向け直す。
死なない程度に加減したので、討伐隊の面々は床に崩れつつも、ちゃんと息をしていて、ふう、と内心ため息をついた。あとはいつものように転移魔法で王都に送り届ければ今日の任務完了である。
「お?」
倒れていたはずの勇者が立ち上がっている。
此度の勇者、なかなかやるようだ。
だが、これ以上付き合うのは正直面倒くさい、とため息をつき、
「お前達程度では、私は倒せぬ」
魔王らしくそんなことを言って、何か言い返そうとしている勇者もろとも、全員を無理矢理転移魔法で飛ばした。
「もっと見たかったのに…」
ぼそり、と呟かれるアルジェントの言葉に、苦笑いしつつも、こんなことすら可愛く見えるんだから末期だよねぇとシュバルツは内心またため息をついた。
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