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あれは確かに初恋だった
天気予報では数日続くと言われていた寒波だったが、結局昨日一日のみ。
冬将軍も、お熱い二人に呆れたのか今日は寒凪。
宮本悠介 は、些か仰々しい門扉を前にハッと一つ息を吐き気合いを入れた。
*****
「宮本!?」
「マジで来た!!」
驚きすぎて目玉が溢れそうな同級生二人に、悠介は思わず吹き出しそうになる。
「本日はおめでとうございます」
「あっ、ほ、本日はお忙しい中、ご出席ありがとうございます」
驚いたままの懐かしい顔に一礼し、悠介はスーツの内ポケットからえんじ色の袱紗を取り出した。
「お祝いの気持ちです」
そう言って悠介がご祝儀を渡せば、目をぱちくりさせながらも、本田は感謝と預かりの言葉を述べて受け取った。
「では、こちらにご記帳を」
川原から芳名帳への記入を促された悠介は、横に立ててある書きにくそうな羽ペンを取り、やはり書きにくそうにペン先を走らせた。
「……ホントに悠介なんだな」
芳名帳に書かれる悠介の字を見ながら、川原がぼそりとつぶやく。
「俺のニセモノが来てどうすんだよ」
「確かにそうだけど……、名簿にあったオマエの名前見ても、高校卒業したあと一切連絡とれなかったから、マジで来るか半信半疑だったんだよ」
「大学入って直ぐにスマホ買い替えて……、あんときデータ移行が上手くいかなかったんだよな」
「ってかオマエ、俺と同じ大学って言ってたよな!?」
「俺もそのつもりだったんだけど、記念受験したとこに、まさかで受かったからそっち行ったんだよ」
記帳し終わった悠介は、羽ペンを元の位置に戻し顔を上げた。
「で、もうみんな、来てるよな?」
「ああ、こっち側は……宮本が最後だな」
「そこ入ったらラウンジだから。まだ理玖もいると思う」
本田が名簿を確認し、川原が受付横を指さした。
「絶対、理玖 驚くだろうな」
改めて悠介の顔を見た川原がそう言えば、隣りの本田も大きく頷く。
「“出席”で返信したんだから、驚かないだろ」
「いやいや、実物見るまで信じられねぇって、なぁ?」
「そうそう。俺なんか名簿でオマエの名前見つけたとき、理玖に何回も確認したわ。“マジで宮本来んのか?”って」
悠介の出席が如何に驚きの出来事か延々と話しそうな二人だったので、悠介は笑いながら、“それじゃ、理玖を驚かせに行ってくるわ”と言ってラウンジへと進んだ。
*****
冬の澄んだ光が一面を照らすラウンジ。
煌びやかな女性陣のドレスがより一層煌めき、さえずりの様な声がそこかしこで聞こえる。
また、いつもは顰めっ面であろう年配の男性陣も、にこやかに談笑。
慣れない雰囲気に気圧されながらも、悠介はラウンジをぐるりと見回し、すぐに苦笑した。
あの頃ように、すぐにアイツを見つけてしまう自分に。
その時だった。
真ん中にいる着飾った男の視線が、何の前触れもなく悠介を捉えた。
その見覚えのある双眼はゆっくりと丸を描き、セクシーだと思っていた口元もゆっくりと開かれる。
そんな男を見て、悠介の口が自然と動く。
「理玖」
悠介の心の隅にひっそりと居座っていた男。
「悠介!!」
少し掠れた癖のある声に、悠介の心臓が条件反射のようにとくりと音を立てる。
「ホントに来てくれたんだ!!」
話の輪の中からぬけ、悠介へ駆け寄ってきた男は、幼さが抜け、今日の主役に相応しい立派な青年になっていた。
「お前も川原みたいなこと言うなぁ。大体、“出席”で返信したろ?」
「分かってる、分かってる!けど、本物の悠介見るまで信じられなかったんだよ!!」
「ははっ、マジで川原と同じ」
「“ははっ”じゃねーよ!ホント……、いや、ホント、俺……」
言葉を詰まらせ、くしゃりと顔を崩した男を見て、悠介は変わってないなぁと思った。
素直と言うより単純で。
優しいと言うより八方美人で。
でも、何故だか憎めず、周りから愛されていて。
自分も彼を愛する一人だった。
周り以上に、彼を愛する一人だった。
悠介の顔に、自然と笑みが溢れる。
「オイオイ、式始まる前に泣いてどうする」
「だ、だって……」
「折角の良い顔が台無しだろ?」
「うぅぅ、オレ、き、決まってうだろぉ?」
「ああ、格好良いよ」
スンスンと鼻を啜りながら話す懐かしい男に、悠介の胸はとくりとくりと鳴り続ける。
その心音はどこか懐かしく、けれどどこか落ち着いていた。
当時あれだけ悠介の心を患わせていた男だったが、今日こうして会ってみれば、悠介の心は至って穏やかだった。
悠介は、改めて幸せな顔をくしゃくしゃにして泣いてる男を見る。
「理玖」
そして、納得した。
「結婚おめでとう」
自分の中に居座ってた男が、良き思い出に変わってくれたのだと。
*****
式はつつがなく進行し、溢れる祝福と歓喜で終了した。
新婦のベールを上げたとき、突然号泣しだした新郎には、新婦もゲストも大いに笑った。
「悠介!!」
ブーケトスを終え、ゲストが披露宴会場へ移動しはじめる中、参列のみだった悠介を、理玖が引き留めた。
「もう帰るんだろ?」
「ああ」
頷いた悠介を見て、理玖は隣りに寄り添う可愛らしい女性の背中にそっと手を添えた。
「悠介、改めて紹介するな。俺のお嫁さんのかずちゃん」
「初めまして、後藤和葉 です。今日は、お忙しい中お越しいただいて、ありがとうございます」
そう言って、和葉はにっこりと笑い頭を下げた。
「い、いえ。逆に、今日は素敵な式に呼んでいただいて、ありがとうございます。宮本悠介です」
わざわざ紹介されるとは思っていなかった悠介は、少し驚きつつ頭を下げた。
「悠介、今日は来てくれて、ありがとな」
理玖が照れ臭さそうに笑らったので、悠介も何だかこそばゆくて“ああ”と笑って頷いた。
旧友の和やかな会話が数分。
「お話中のところすみません。後藤様……」
スタッフの一人が、理玖と和葉を呼びにやって来た。
そろそろ別れの挨拶をしようと思っていた悠介は、ちょうど良かったと思い、理玖の肩にポンッと手を置いた。
「じゃあな、理玖。和葉さんと一緒に、幸せにな」
すぐに踵を返して立ち去ろうとした悠介に、理玖が“あっ!”と悠介を慌てて呼び止めようしたのだが。
「あの、宮本さん!」
それよりも先に、二人の会話に相槌だけだった和葉が、悠介を呼び止めた。
まさか和葉に呼び止められるとは思わず、悠介は内心驚きつつ足を止めた。
見れば、和葉が何か決意したかの様に口を開いた。
「また、理玖クンと会ってくれませんか?」
思わぬ言葉に、悠介よりも理玖が“えっ?”驚いて和葉を見た。
理玖と視線があった和葉は、チラリと笑った後、悠介に視線を戻し言葉を続けた。
「理玖クン、よく“ずっと連絡が取れない親友がいる”言ってました。きっと、宮本さんのことですよね?……理玖クン、いつも気にしてました、宮本さんのこと。“元気かなぁ”って。だから、宮本さんが今日の私達の式に来てくれて、理玖クン、本当に嬉しかったと思います。……どんな理由があって連絡が途絶えたのか、私には分かりませんが、また、理玖クンと会ってくれませんか?これからも、理玖クンと親友でいてくれませんか?」
和葉が言葉を終えた、そのタイミングで、ふわりと暖かい風が吹いた。
悠介は、優しい風だなぁと思った。
だからだろう。
「もちろんです」
悠介は強く頷いて言葉を返していた。
*****
式場を出た悠介は、トントントンとスマホをタップし、耳に当てた。
「もしもし、今大丈夫?」
『…………』
「ああ。今終わって、会場出たとこ」
『……』
「うん、良い式だったよ」
『……』
「ところでさ、紘太の今度の休みいつ?」
『…………?』
「いや、ちょっと紘太に会わせたい人がいるんだ」
『……?』
「そう。紘太のこと、ちゃんと紹介したくて」
『……』
「ああ。もちろん、俺の大切なパートナーとして」
あれは確かに初恋だった。
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