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Story 1.
秋の少し陰った空の下、俺は昼休みの終わりそうな時間に、中庭へと呼び出された。
同じクラスの女子だ。こんな人気の少ない所に呼び出されるなんて、告白だろうか。少しの胸騒ぎを胸に、彼女と向き合う。
「|薫《かおる》くん。こんな所に呼び出してごめんなさい。あの……好きですっ。付き合ってくださいっ」
案の定、話の内容は告白で緊張した面持ちの彼女に、俺は誰に向けてかも分からない罪悪感を覚える。どこか息苦しく感じるこの空気感に、俺はゆっくり息を吐くことしかできなかった。
「ごめん。今は付き合うとか考えられない」
「そっか……。ごめんね、急にこんなこと言っちゃって」
断りの言葉を告げた後に少し薄情過ぎただろうかと、泣き出してしまいそうな様子で去っていく彼女に罪悪感を覚える。けれど仕方がない。
そんな彼女から目を逸らすように、ふと空を見上げる。目を細め見上げた空は、俺の心を代弁している様な空模様だ。悲しいような、苦しいような。どちらとも言えない空模様。
そんな秋の風にしばらく頭を冷やして、教室に帰る。
教室の昼休み終わりのざわざわとした雰囲気に、何処か安心しているそんな自分に、無性に腹が立った。
「あれ?薫、どこ行ってたんだよ?」
自分の席で一息付いていると、隣の席の|聖 夕《ひじり ゆう》が俺の顔を覗き込んできた。そんな彼に、俺は心臓が高く跳ねた。小さい頃からの付き合いで、コイツは俺にだけ距離感がバグっている。幼馴染の特権かもしれないと思うと同時に、これ以上の関係に発展しないと少し悲しくもなる。
「ん-、外?でも、お前人の事言えないだろ」
俺以上に学校中をウロチョロしている聖は、俺がいなくなると学校中を探して回る。だからこそ、見つからなかった時は俺の居場所を知りたがる。
「う、言い返す言葉が無い……。ん?よく見ればお前、顔色悪くね。」
そう聖は更に顔を近付けてくる。こうも顔を近づけられると、嫌でも意識してしまう。
「大丈夫だよ。ほら、授業はじまるぞ。」
「そうか……?無理すんなよ。」
そう言いつつ、俺は顔に集まる熱をごまかした。
そんな俺を見て、聖は心配そうに眉をひそめていた。こんなに近い距離にいても俺の想いは届かない。届けるべきではない。
俺は、同性愛者だ。男にしか恋愛感情も性的感情湧かない。
これは俺の価値観であり、後悔しようと過去の事を変えられないように、同性愛者だと言う事は変えられるものでは無い。そして、俺の初恋が叶うなんてことも無い……。幼馴染に恋をしたという事実は、俺にとって男に恋をしたことに直結する。
『好きです……』
ふとさっきの彼女の言葉が頭に浮かんだ。
当たって砕けてしまう恋が出来るのが酷く羨ましかった。あんなに、口にするのが難しい言葉は知らない。
「好きです、ね……」
「え?」
ぼそっと口に出してみた声は、隣の席に座る聖にも聞こえていたらしく、その言葉を聞き返してきた。俺は「なにも?」と笑って誤魔化して、始まった授業に耳を傾けたのだった。
そんな鬱々しい学校が終った帰り道。殆ど人の来ない、知ってる人は知っているという様な、穴場と言われる河原に寄っていた。そんな河原の大きな石に座る。
すると、秋の冷たい風に晒されていた石は、世間の目の様にひんやりと冷たかった。
世間は「周囲と違う」は凄く苦しい事だと教え込むように冷酷で、理解がない。それは大多数を守る為の考えで、少数はそれに合わせる事が得策なのだろう。そんな冷たい考えを、俺は心の中にため込んでいる。この思いが爆発した時、俺は何を感じる事が出来ているんだろう。
けれど同性愛者だとカミングアウトをするにも、結婚式の招待状のようにハマった定型文はなく、いっその事カミングアウトはしない方が正解の場合もあるだろう。
俺は味方が欲しくて、高校入学と同時に親に同性愛者である事をカミングアウトした。親くらいは、この気持ちを理解してくれると思っていた。いや、理解はしてくれた。けれど、納得は出来なかった様だった。俺の何気ない発言も「同性愛者だから」と囚われた偏見の考えに、段々と親の心は離れていった気がする。
親も親で、こんな息子にどう接したらいいのか分からないのだろう。
親に希望を抱くよりも、自分の中にあるこの苦しい想いを、どう消化すれば良いのか考えるべきだったのかもしれない。
そんな事を考えながら、俺は川の水に足元から浸かった。
秋の川の水はとても冷たかった。俺は裸足になり何も考えず深くなる川へ、少しずつ歩を進める。まだまだ秋は始まったばかりだというのに、川の水は冷え切っていた。それでも、一番深い所まで足を進める。
気付いた時には、腰まで浸かっていてた。何やっているんだろうな。こんな、思いつきでとった行動なんて、後から後悔して自分を責めるだけなのに。
俺は、少し投げやりになり、視界を照らしている木と木の間から覗く夕陽を見つめる。
そして、俺は水に思い切り寝転んだ。じわりじわりと水によって制服が濡れていく。そんな感覚に、いっその事このまま泡になって消えてしまいたいと思った。
すると突然、バシャンッと大きな水の音と共に誰かが、俺の手を引き上げた。思わず水中で立ち上がり、その人物を視界に入れる。
俺の手を引いた相手は、聖だった。
「何やってんだよ……!?」
少し怒っているのか聖は俺の肩を掴んで、語気強く揺さぶる。どうして、俺の居るところを探し当てまで、こんなにも俺の傍に居ようとするんだろう。俺は、少し胸を締め付けられる感覚を無かった事にするように、聖の手を解いた。
「何って……寒中水泳?」
俺は聖には見せたくない感情を隠しすように、聖の心配を踏みにじる適当な返しをしてしまう。俺の返しに不快感を覚えたのか、聖が少し不機嫌になったのを感じる。
「お前、バカか……?」
そう少し呆れた様に聖は、俺の手を引いて川から連れ出した。攻めて制服くらいは脱げ、と聖はどこか的外れな事も冗談めかしながら言った。
少し、戸惑う俺を横目に聖は河原の石に腰掛け、先程の俺と同じように空を見上げた。
「まさか、こんな秋の寒い日に川に飛び込むとは。」
太陽の様にニカッと笑う聖に、また心臓が煩く高鳴った。
「……青春してんな。俺ら」
俺が絞り出した言葉は、何処か空回った様に感じた。
「全く、意外だよな。お前があんな事するの」
河原から二人、体操服に着替えて帰路につく。その途中に、聖は思い出した様に言った。
「そうか?俺は結構あんなんだよ。いつも無い脳みそ使って、適当に生きてる」
「ふーん。悩みとかあるなら、聞くぞ?」
何を思ってそんな話になったのか知らないが、聖は少し苦笑いしながらそう言った。
「悩み、ね」
「ん?」
どんなに悩んで苦しんでいても、コイツにだけは相談なんて出来ない。
悩みなんて他人からしたら殆どが、くだらないものが多い。だけど、そのくだらない悩み程、自分にとっては触れられたくない話題で一番辛いことだったりする。
「悩みなんてないよ。ただ、今回は魔が差しただけ」
ふーん、と些か信じられない様子の聖を置いて「行くぞ」と言い彼の先を早足で進んでいく。
本当の事が言えないのは、水の中で呼吸ができない感覚と似ている。息が出来ない。
だけど、同性愛者である事をカミングアウトしたらしたで、周りからの些細な言葉が全て自分を否定している様な感覚になるのだろう。
本当にこんな自分が大嫌いだ。
居るはずの無い神に都合の良い時だけ頼るような、狡猾な自分。
俺は、マンションの屋上から夜景を眺めながら、共用のベンチに座った。
「俺は、自分の事で精一杯だから。他人の不幸なんて些細な事にしか思えないよ」
心の中にある傷がじくじくと痛む。
「……どんだけ繕っても痛いものは痛い」
やるせない想いを、吐き出すように呟く。
普通とはなんなのだろうと考えても、分かっているのは"大勢の人が生きやすい考え"だという事だけだ。
憂鬱な日々から一転、春に差し掛かる冬の季節。
今日、は卒業式だ。
こんな俺でも、周りから見れば普通の男子高校生だったのだろうか。そんな些細な疑問と共に、俺は終りの近づく卒業式をやり過ごす。
青春が終わるのはあっという間だった。
俺は聖が女子に、中庭へ呼び出されているのを窓から眺めた。少し前に俺が経験した事が、聖
にも起こっている。俺は妙に達観したような不思議な感覚になった。
暫く2人の様子を見ていると楽しそうに。それも、とても嬉しそうに笑っていた。その2人の纏う雰囲気で俺は察した。
おめでとう
呟いた言葉は、喉につっかえて音を成さなかった。
どれくらい経ったのだろうか。
皆、名残惜しくも最後の下校をしていった。最後に取り残された俺と聖の荷物達は、その持ち主を待っている。
俺はふと思い立って、聖の席に突っ伏した。恋しいとも、切ないとも感情が湧かない。ただ終わってしまう儚さに、笑いがこみ上げる。
「本当に…………大嫌いだ。最後くらい探しに来いよ……………」
そう呟くと同時に、ガラガラと勢いよく教室の扉が空いた。
「薫っ……!お前、留学するってマジか!?」
慌てて入ってきたのは今、最も会いたくて、会いたくなかった聖だった。
それに唯一、聖には報告しなかった留学の事を知っている状態で。
「……ああ。そうだけど?」
「まっじか。俺、大学一緒だと思ってたから、先生に違うって言われて驚いたんだけど!」
幸い、俺が聖の席に座っていることは咎められなかったが、代わりに聖が俺の席に座った。
そして、勢い任せに俺の留学について喋る聖に、俺は馬鹿馬鹿しくなった。
「それは残念。俺の方が少し頭が良かったみたいだな……?」
これが、聖と交わす最後の軽口になるだろう。そう思うと、どこか自然体になれる。
「うわ~。腹立つ~。でもまぁ、連絡は取り合うだろうしこれが最後ってわけじゃないんだ。向こう行っても、元気で過ごせよ?」
屈託のない笑顔でそう告げてく聖に俺は、誤魔化す事しか出来なかった。
留学を決めた時から、聖とは卒業までの関係だと考えていた。もう、連絡も取り合わない。そう決めていたからこそ、余計に喉に何かがつっかえる感覚に息が出来なくなった。
「なぁ。俺、昔からお前に思ってる事あるんだよ」
この時の俺は多分、どうかしていたんだろう。いつもは、絶対に言わない事が口から零れてしまう。
「え、なに悪口?」
この時は呑気な事を抜かしている聖さえ、愛おしく感じた。でも何処か切なくもあって、辛くて。胸が痛くて、緊張していて。震えていた。
「んな分けあるか…………俺さ。お前の事、好きだなって……」
言ってしまって、俺はハッとした。でももう、全てが遅かった。じりじりと背中を伝う汗に、俺は鳥肌が立っていた。
「お、そうかそうか……!!改めて伝えてくる程、俺の事好きだったのかぁ。」
そう言っている聖は、いつものノリと同じように冗談めかしながら笑っていた。本当にいつもと変わらない、太陽の様な笑顔で。だから、もう怖くは無かった。震えも止まって、鼻につんと涙の匂いがしたのも、上手く誤魔化す事が出来たと思う。
「……そうだな。俺の"幼馴染"が、お前で良かったわ。」
本当の気持ちは伝わらない。
そう分かってしまった。だけどそれでいい。
普通の関係で終われる。
伝えてはいけなかった。
ただそれだけのこと。
それだけの恋。
――――俺のたった1つの初恋。
俺は涙が頬に伝ってくるのを拭って最後に、「じゃあな」と言って教室をそそくさと帰っていく。
そんな背中にかけられた言葉は「またな」だった。
――――飛行機が飛び立つ時刻の機内。
俺は未だ伝わる事の無かった恋に、身を投じていた。失恋とはこういう事なのだろうか……。頭がボーっとしてパンクした後のタイヤのように、心に力が入らない。
けれど飛行機が飛び立つと共に、俺は自分の想いを切り替えるように閉じ込めた。
俺は普通じゃない。
これから大人になるに連れて、へばりついた偏見と戦っていく。
普通が「大衆を守る為の考え」なら今までの俺は、恐らくその考えからあぶれてしまわない様に、大衆に沿って生きていくだろう。
けれど1つの恋をとしても、まだ俺には普通が分からない。そして、同じように”異常”も分からない。
そんなの分かるはずもない。分かりたくもない。
だって分かってしまえば、俺は俺でなくなってしまう気がするから。
俺は機内の窓から見える地元の街見下ろし、ずっと付き添ってきた恋 に別れを告げた。
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