『人を好きになるとはどういうことなんだろうか。 ジャンルが恋愛の棚にある一冊の本を手に取るがすぐに戻してしまった。今自分達が住む世界と違う場所の話など参考にはならないからだ… だが、この胸の高鳴りの原因が何か知りたい』 「睦月、遅刻するぞ」 「うわっ！？勝手に入ってくるなや！俺のオカンか！」 「クラスメートで兄弟だ。もう朝食出来てるから」 布団の中でこっそり読んでいた恋愛小説を落とすところだったが、なんとかキャッチし如月を追い出すことに成功した。 桐島如月。 母親と如月の父親が再婚したことで、クラスメートだったアイツとひとつ屋根の下兄弟として暮らしている。 この睦月、如月という単純な名前も同じ占い師に付けてもらったらしく、そういう共通点の積み重ねで意気投合し再婚したらしい。 一応誕生日が早いオレが兄となれたことは良かったが、しっかり者の如月の方が兄らしいと言われてしまう始末だった。 「俺、日直だから先行く。戸締り頼むぞ」 「おう」 今迄父親のご飯も作っていたようで朝から和食が出てくることに驚いた。いつもパンなので不思議な感覚だが、ムカつくほど美味しいので黙って食べている。 「あ、今日はキヨと待ち合わせだった」 むっちゃん、まだ家？ そんなメールが幼馴染の拓也から来て、急いで制服に着替えるようなズボラなオレが、如月のことを意識するようになるなんて、この時は思いもしなかった。 ★★★★★ 「桐島くん、辞書忘れちゃって貸してほしいんだけど」 「いいよ。昼休憩に返してくれたらいいから」 「桐島、俺の部活にも入れよ」 「ごめん。美術部が忙しいんだ」 如月の周りは賑やかで、男しかいないのに浮ついている奴が多い。男子校へ通うことに反対したが、心配だからと如月と一緒に試験を受けるようオカンに決められ通っているが、むさ苦しくて如月の取り巻きを追い払う。 「どうした睦月？」 「どうした睦月？じゃねえよ。ほんと中学生の時から鈍感だな」 「何が？」 「ぼけっとしとったら食べられんで」 何を言ってるか分からないという如月に耳打ちしてやると顔に赤みがさし背中を叩かれてしまう。 （うぶだな〜こいつ） 「いてーっ！？」 「変なこと言うからだ、馬鹿」 「けっ、中学の時みたいに会長とベッタリしてたら噂になんぞって忠告、って痛い、痛い！」 絶対背中に手形が残っている。如月は同級生には見せないような怒った顔で何度も叩くから、コイツは結構荒いんだぞ、ただの優等生じゃないぞと皆に言いたくなる。だが、周りはまた睦月がちょっかいかけてるとしか見てくれない。理解してくれるのは拓也だけだ。 「拓也、お前だけだ。俺の魅力分かってんのは」 「むっちゃんのこと好きな人は必ずいるし、駄目なら僕が貰ってあげる。まずは本気の恋見つけるところだけど」 「旦那さん、貰ってくれる？ってなんで俺が嫁やねん！それに本気の恋って、お前は愛の伝道師か！」 「ふふ」 「良かったね、ウケたよ」 笑っている如月に何笑ってんのやとツッコミを入れるが、ちょうど担任が来て騒がしいぞと注意されてしまった。 如月だけズルいねん。 それに本気の恋ってなんなんや。 ★★★★★ 「ふわぁ〜」 「また居眠りしてただろ」 「まあな。借りた小説読んでて」 「髪、濡れてる。風邪引くから」 早く読みたくて入浴後、適当にしていたら如月が入ってきた。 何の用かと顔をあげると、タオルを取り上げられてしまい椅子に座るよう指を指される。面倒だと言うとオカンに言いつけられてしまうので仕方なく座ったら雑に髪をゴシゴシされる。オカンから見に行ってほしいとでも言われたのだろうが、如月自身面倒見がいいから言う通りにすることが多い。 「熱くないか？」 「ん〜ちょうどいいわ、店員さん」 「誰が店員だ。高一なんだから自分で出来るようにしないと」 「如月の方が上手いんやからええやん。今度代わりに乾かすから〜」 瞼が落ちそう。まだ小説の続きを読みたいが睡魔が襲ってくる。 髪を撫でる手つきが気持ちよくて、あっという間に乾かしタイムが終わってしまった。 「ほら、出来たぞ」 「ん、ありがと」 「腹出して寝るなよ」 「んん〜分かって、うわっ」 「えっ、あっ⁈」 さすがに意識がはっきりしたが、今の状況はいけない。アカン、これはアカン。 「うっ、むつ、き」 「わわわっ！すまん！すぐどくからっ」 如月を押し倒している状況に軽くパニックになってしまう。 『きゃっ、滝川くん』 『わりぃ、大丈夫か？佐伯、どうしてここに』 『大丈夫。あと、それはこっちの台詞だよ。いつも一人で無茶して…（この体勢ドキドキしちゃうから話は脱出してからしたいけど、どうしよう）』 読んでいた少女漫画、滝川と佐伯と同じ体勢だと思い出してしまう。長いまつ毛、少し湿った髪、綺麗な唇、虚な瞳！ （なんでコイツ、こんなに顔整ってんねん！！） 「大丈夫か？」 「あ、うん。そうやな、うん」 「たんこぶ出来てる。氷持ってくるから寝るなよ」 「…おう、頼むわ」 ヒロインの佐伯ちゃんはあの場面でドキドキしていたが、もしかしたら今心臓がドクドクしているのも同じなのかもしれない。 恋を自覚する前に振られる男、山本睦月。 義弟に感じるドキドキに戸惑うしかなかった。