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第1話

あ、柿。栗も。どんぐりも。わぁ~! 季節は秋。僕は初めての一人での狩りに心が踊る。 今の時代、狸も狩りが出来なきゃ駄目だと弓矢を渡されたのは良いけれど練習を重ねても仲間たちのように綺麗な放物線は描けない。 吹き矢を渡されれば筒から矢を飛ばすことも出来ず。 こんなにダメダメで家からも村からも追い出されたら・・・と思ったのは一瞬で杞憂に変わった。 僕は産まれたときから小さくて、色も薄くて、今にも呼吸が止まりそうだったと聞いた。 成長速度もゆっくりで季節の変わり目には必ず風邪をひいて寝込むものだから村のみんなから大層過保護に育てられた自覚はあるのだ。 結局みんなに頭をぐちゃぐちゃに撫で回されながら渡されたのは小さな小刀と蔓を編んで作った籠で、秋の美味しい食べ物を採ってくることが一番最初のお仕事となった。 二人の兄と姉は今の僕の年の頃には立派な鶏や兎を狩ってきていたというのに、僕ときたら最近まで母親に家事を教わったり、籠を編んだり。僕の編む籠は模様や持ちが良いとそこそこ好評を貰っているが、それは時間をかけて材料を探したり編んだりしているからでそれで生計を立てられるかと問われれば答えは否。 (だから、目下の目標は、自立!) ふんっと鼻息荒く意気込んで、艶々と輝く栗を沢山採って栗おこわを作ってみんなに配ろうと足を踏み出した。 籠一杯に秋の味覚を詰めて、小さく「よいしょっ」と声をかけて持ち上げる。 随分、森の奥まで来てたんだな、集中しちゃって気づかなかった。 今は昼過ぎくらいだろうか。昼食も食べずに熱中し過ぎた。 そろそろ村へ向かわなければ日が暮れてしまう。帰路につこうとしたときに風に乗って嗅いだことのない匂いがした。 これは無視して帰ることが賢明だろう。家族が心配してしまう。 頭ではわかっているのに足はずんずんと森の奥へと進んで止まらない。 (ここ、かな?) 古びた山小屋を木の影から覗く。山小屋と言っても小屋と呼んでいいのかわからないくらい朽ちてしまっている。 そわそわ、そわそわ。絶対危ない。危険な匂いがする。 それなのに何故だか気になって、背中から得たいの知れないものがぞぞぞーって這い上がってくるみたいだ。 好奇心に負けた僕は腰に付けていたポーチから綺麗な赤色の葉っぱを出してそっと頭に乗せる。その辺の葉っぱでも良いのだけれど、綺麗な葉っぱの方が完成度が高いのだ。 両手を合わせてむむむーっと心の中で唱える。 (変化変化変化変化変化、変化させて、くだ、さいっ) ぽこんと間抜けな音がして地に足をつけたときには一匹の狸へと変化した。 僕たち狸の一族でも変化できるもの、できないものがいる。 僕は一応できるけど、葉っぱがないと無理。 母親は僕と一緒で葉っぱを使えば変化できるけど父親や兄姉はただなりたいものを思い浮かべるだけで変化できる。 くるりとその場で一回りしておかしなところがないかチェックする。おしりを振ってふかふかのしっぽも確認。 うん。ちょこっと色が薄いけど大丈夫。 それでは、突撃!とはいかないけどトトトトっと近づき、小屋の脇の穴からそっと体を滑り込ませた。 そして、その瞬間自分の好奇心を後悔することになるのだ。 「キィッッ」 小屋に入って顔を上げて直ぐに視界に入ってきたのは鬼でした。 ・・・あ、良く見ると角はないし肌も青とか赤じゃなくて浅黒い。でも髪は真っ赤だ。あれ?この特徴は・・・ に、ににににににににんげんだ! そして、ナイフを突きつけられている!こわい! 吃驚して鳴きながら後ろに跳ぶけど怖くて足がすくむ。 「良かった。捕まえて食いましょう。狸、悪いな。」 にんげん、こわい!人間は怖いよって聞いてたけど本当にこわい! 「お前は可愛い子狸に何を言う、怖がっているではないか。ほら、そこの怖い奴は放って此方へおいで。」 もうひとつの声にそちらを向くと・・・こっちの人も顔こわい! 髪が金色でツンツンしていて、鬼さんかと思った・・・ぷるぷると震えるしっぽを止められなくて、泣くのを堪える。 「あぁ。怖くはないぞ。そんなに震えて、可愛いなあ。」 「貴方はまたそんな事を!見た目に似合わず可愛いものが好きなのはわかりますが、今はそれどころじゃないでしょう!刺されたのですよ?血はとまりましたが、少しでも食べて血液を増やさないと。本当に死んでしまいます!幻獣の森で獲物を見つけられた事が奇跡なのに。」 食べられちゃう・・・と少しでも害の無さそうな金色の髪の人の側へそろりそろりと移動する。途端にふわりと持ち上げられて毛皮がぶわりと逆立つ。やだやだ!なにこの人! 「ははっ、小さいなァ。この森の案内人が怪しいのには気づいていたが盗賊とまとめて捕らえられる機会だと自分の力を過信し過ぎてしまった。すまない。お前だけでも逃げて欲しいが幻獣の森じゃなァ。木の実さえ見つけられん。詰んだな!」 しょりしょりと首のとこをかかれると力が抜けてしまう。あぅ。 気持ちいいー。 ショリショリ、カリカリ、なでなで 「詰んだじゃないですよ・・・あーもう、まじでお前無理。敬語使うのも疲れるわ。ハァ。」 「学友の時のようだな。ため息がわざとらしいぞ、(ロウ)。」 「(カエデ)は相変わらず頭がおかしいな。血を失い過ぎたんだ。早く治して出口を探したい。まずはこいつを食おう。」 うとうとと微睡んでいた体が物騒な言葉にビクリと波打つ。 そこをぽんぽんと軽く叩かれ、不思議と落ち着いてくる。 「ここは幻獣の森だぞ?この子狸だってこの森の住人だ。殺しでもしたら何があるかわからない。森の麓の案内人はともかく、盗賊や森深くまで俺らを運んだ男も生きて帰れるか。」 うぐっと黙り込んだ赤髪さんを横目に金髪さんは僕を優しく膝から降ろす。 「ほら、家族が待っているだろうからもうお帰り。」 お尻をポンっとされて大きくて怖い顔の金髪さんを見上げると僕を触れていた手は優しいのに眉間には皺が寄っていた。 目線を下げるとお腹にぐるりときつく巻かれた布は広範囲に血が滲んでいた。血は止まったと言っていたけどきっと完全には止まっていない。 金髪さんの手をぺろりと舐めて一度外へ出ると秋の実り沢山の籠と一緒に置いておいたお弁当を咥える。 くぅ、と小さくお腹が鳴ったけど、僕はお家に帰ればご飯が食べられる。 もう一度穴から入ると「食われに戻ってきたのか?」と真顔で聞いてくる赤髪さんにお弁当の包みを渡す。僕のことは食べないでね、と心の中で呟いて穴の外に置いておいた柿も咥えて金髪さんの膝に乗せた。 「子狸、貰っていいのか?」 問いかける金髪さんに「きゅっ」と小さく声をかけて、今度こそ小屋を出て、変化をといて急いで村へ戻った。 村に入ると皆から「お帰り!」「お疲れ様!」と声がかかる。 それに答えながら家に戻ると兄と父のお出迎え。 ぐりぐりむぎゅむぎゅされながら籠を見せるとにっこり笑顔。 「トト!(ヨウ)兄!栗がね、沢山取れたよ。おこわ作るね!」 たぶん、この二人にはさっきの出来事は言わない方が良い。 族長である父と次期族長の兄はきっと、余所者を許さない。 ここは幻獣の森。人間に利用されて迫害されたご先祖様たちが造り上げた獣人たちの領域だ。 此方からは関われるけど彼方からは関われない。一度入ったら出ることが出来ないなんて言われているけど、奥まで来なければ大丈夫。但し、奥まで入ってきた人間には厳しいのだ。 「遅いから心配したぞ、(ユキ)」 「ごめんなさい。つい楽しくなっちゃって、美味しそうなもの沢山あるんだもの。」 「雪は小さいのに昔から食うのが好きだもんなー!」 栗おこわを作るからとぐりぐり攻撃から何とか抜け出して家の中に入ると今度は母と姉からのなでなで攻撃だ。 「カカ、氷雨(ヒサメ)姉、只今戻りました。」 皆が栗の殻剥きを手伝ってくれているのに僕はあの小屋であった二人が大丈夫か気になってしまって家族に心配され、疲れちゃったと言い訳をしながら早めにお布団に入る。 金髪さんのこしょこしょ、気持ち良かったなぁなんて考えていたのに体が疲れていたのかすぐに眠りに着いた。

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