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第3話
今日で楓と浪のところへ行くのは八日目になる。
正直、楓のお腹の傷は日に日に悪化している。
浪が言うには傷口にばい菌が入り込んで酷くなっているそうだけど、僕には良くわからない。 お熱がもうずっと高くて昨日は一日横になっていたし、ご飯も食べられなかった。
カカに相談しながら薬草を調合したりしているけど、中々症状は良くならない。
だから今日は少しでも食べられるように楓にはトロトロのお粥を作ってきたんだ。
小屋について、戸を開けようとした時、浪の怒鳴り声が聞こえた。慌ててガタつく戸を開けると、二人共ハッとして口をつぐむ。不穏な雰囲気に戸惑って、言葉が出ない。
最初に口を開いたのは今日も横になっていて苦しそうな楓だった。
「浪を森の入り口まで連れていって貰えないだろうか?」
「、え?」
「楓ッ、俺はお前と帰る。一人じゃ帰らねぇ!」
「雪は今日も可愛いなァ。たまには子狸姿も見たいものだ。なぁ、雪。きっと浪は俺が死んだら後を追ってきてしまう。だから今のうちに森から出したい。」
「だから、楓は死なねぇし俺も死なねぇよ!傷が治ったら国に戻るぞ!一緒に!」
「はいはい。一応だ、一応。だから先に戻って欲しい。なに、治ったら直ぐに追いかけるさ。な?雪。無理そうか?怒られてしまうかな?」
「・・、・じゃ、うの?」
「ん?」
「っかえで、しんじゃうの?」
「あー・・・死んでしまうかもなァ。元々雪がいなければ直ぐに失くなってた命だ。浪だけでも助けたい。ほら、可愛い雪。此方へ来て撫でさせてくれ。そんなに泣いたら目が溶けてしまう。」
そろそろと近づくと、可愛いなァといつものように笑ってガクリと力が抜ける。
「楓!」
「・・・大丈夫だ。久々に長々喋って疲れたのか、気を失ってる。」
浪、大丈夫ならなんでそんなに泣くの?
駄目だ。楓を死なせたくない。泣いてたらだめ。震える足を叩いて震えを止めた。
浪に持っていた籠を押し付けて、一目散に村へと戻る。
「氷雨姉!氷雨ねえ!ひさめねえー!!!」
思い切りはしって家の中にいた氷雨姉に勢い余って思い切り抱きついた。
「雪ちゃん!どうしたの?そんなに走って大声出して・・・泣いてるの?・・・誰よ泣かしたのは。」
「ッ、氷雨姉!た、助けて!お願い!」
僕は氷雨姉を引っ張って狸に変化して小屋までぐんぐん走る。
「はぁ、いきなり何よ、どうしたの雪ちゃん。」
沢山走って肺が痛い。呼吸が浅くなるけど今は楓だ。
氷雨姉を楓のところまで引っ張って見せる。
「あ~これはやばいわね。」
「氷雨姉、楓、しんじゃう!お願い、助けて!」
「何こいつ。雪ちゃんのなに?泣くほど嫌なの?」
「嫌だよ!死んじゃいや!楓が大切なの。生きてて欲しいの。氷雨姉お願い・・・助けて下さい。」
「嫌よ。」
「う、うぇぇぇ!」
「泣いたって無理。嫌。」
「う、あ、雪、どした?何で泣いている?」
「か、かえで。死んじゃいや、僕も一緒にいる。」
いやいやと、子供のように首を振って寝ている楓の懐に入る。
「はっ、どう、した。駄々っ子か?何したって可愛い、な?」
「あー、もうっ、いちゃつかないでよ!雪っ、本当に良いのね?」
「氷雨姉ッ!うん。良いの。楓なら良いよ。」
氷雨姉が両手を合わせて呪文を唱えると綺麗な光の粒がひかりながら僕の中に入ってくる。
「ゆき、何を?」
楓が驚いているけど、それには微笑みだけで返事しておく。
僕に入った光の粒はキラキラと少しだけ大きな粒となって楓に入っていく。
スーッと身体から力が抜けた。楓もかな?眠そう。
ふわりと柔らかい布がかかった。僕が二人に持ってきた肌掛け。
「雪、今はゆっくりお休み。起きたらお説教よ。」
氷雨姉にお礼を言えたかわからないままストンと眠りに落ちた。
目が覚めると大きな胸に抱き込まれていて、ほっぺたを武骨な指がスリスリしていた。
「っ楓!痛くない?」
「あぁ。今日の朝までは意識を保って話すので精一杯だったが、今は全く痛くないんだ。雪、ありがとう。助かった。」
「ふふ。楓元気なの嬉しい~!あ、でも助けてくれたのは氷雨姉だから、後で一緒にお礼言おうね。」
ぎゅうぎゅう抱きついて首をこしょこしょ。おでこに沢山口付けを貰っていたらガラリと戸が開いて、氷雨姉と浪が入ってくる。
「いちゃついてんじゃないわよ!イラつくわね!」
わあ、浪めちゃくちゃ疲れた顔してる・・・僕どれくらい寝てたのかな?
「こいつは本当に雪の姉か・・・?すっげえ嫌みな性格だな。」
「あ?うるさいわよ。雪ちゃん、こっち。」
「待ってくれ。」
楓が起き上がって正座して頭を下げる。
「氷雨さん、何とお礼を言ったらいいか。本当に感謝しかありません。」
フンと鼻をならしてそっぽを向く仕草は氷雨姉の照れている時。
「氷雨姉、本当にありがとう。楓が元気になってくれたの、とっても嬉しい。」
「雪ちゃんがあんなに必死だったの初めてだったもの。あんた死にかけてたんだから、もう少し寝なさい。雪ちゃん、少し話がしたい。外行くわよ。」
「はい。」
楓に肌掛けをかけ直して、氷雨姉と小屋をでる。
「あのね、雪ちゃん。もう少し自分の事も考えて。あなた、生まれつき命が細いのよ。わかるでしょう?本当にギリギリよ。あいつが助かって雪ちゃんが死んじゃったかもしれない。それを、私にさせようとしたのよ!?」
ポタポタと大粒の涙を流す氷雨姉。
「本当にごめんなさい。わがまま聞いてくれてありがとう。」
「雪ちゃんが二十歳になったら無理矢理私の命わけようとしてたのに。一度他者との繋がりが出来たら雪ちゃんの身体はもう他の人を受け付けないわ。」
「そんなのいらないよ。氷雨ちゃんの命削りたくない。」
「ねぇ、あの楓ってのも同じ事を思う時が来る。とても傷付くわ」
「うん。氷雨姉、どれくらいだろう?」
「ほとんど使ったわよ。五年くらいしか残ってない。」
「楓は?」
「あいつは元々生命力が強いだろうから一度命が繋がれば長生きじゃないの?知らないわ。」
「えへ。氷雨姉ありがとう。楓が長生きなら、良いの。」
氷雨姉にぎゅっと抱きつくと頭を撫でてくれる。口は悪いけど、優しい手つきは昔から変わらない。
「はぁぁ、ねぇ、もう治したから明日にはこの森からでていってもらう。基本的に人間は排除しようと動く森だもの。ここにいるだけで身体に悪いわ。」
「、はい。」
また、はぁぁってため息をはきながら抱き締められた。
「浪にも、とりあえず私が治したって言ってあるわ。疑ってたけど、必要なら雪ちゃんから話しなさい。明日でさよならするつもりなら言わない方が良い。」
「氷雨姉、だいすき!」
あ、またため息だ。
小屋に戻ると朽ちた山小屋を氷雨姉は一瞬で綺麗な小屋に変えた。
氷雨姉の術はいつみても本当に凄い。
きゃっきゃしている僕をみて、呆れながら驚いている二人に近づいて口を開く。
「明日、麓まで案内する。貴方たちは幻獣の森に居すぎた。もう森に入ってもここには戻って来れないと思ってちょうだい。」
「・・・わかった。本当に、感謝する。今は何も持っていないが礼がしたい。森の麓に置いておけば良いか?」
「そうねぇ、お礼ならこいつで良いわ。明日の朝まで私の仕事を手伝いなさい。」
氷雨姉の答えに浪が何とも言えない顔をするけど、小声で何か囁かれて神妙に頷いた。
「じゃあ雪ちゃんは病み上がりのこいつの面倒をみていてちょうだい。カカたちには上手く言っておくから。」
吃驚するもパチリとするウィンクはカカにそっくりで思わず笑みが漏れる。
「ありがとう。」
「雪ちゃんのありがとうとごめんなさいは聞きあきたわよ。」
するりとほっぺたを撫でられて、楓と二人で頭を下げて見送った。
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