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番外編 3

  「それでは、こちらお預かりしますね。」 「あぁ。よろしく頼む。」  期日通りに仕上げた作品はデータを送れば済むのに態々取りに来ると言うアナログな人間である担当にため息が洩れる。しかしそれだけが目的ではないだろう。 「…ところで…奥様はどちらに?」 「人の嫁を見に来るな。」  わなわなと震える担当。こいつはアナログで熱血な男であった。 「だって!だって!!絵本作家の雪先生ですよ?きちんとご挨拶して、顔を覚えて貰って、あわよくばうちの出版社から本を出してもらいたい…!そして先生が翻訳すればスムーズに仕事が進むし、海外にもスムーズに売り込めるし…!まさに一石二鳥!そして僕のボーナスアップも見込めるし、まさに一石三鳥…!!」 「欲望駄々もれかよ…」  雪成と出逢うために幼い頃から将来を考えていた。なまじ頭は良い方であったから弁護士や医師も考えた。が、雪に出会えたら家で出来る仕事が良い。忙し過ぎては一緒にいる時間が減ってしまう。それでいてある程度の収入は欲しい。家は裕福な家庭であった。愛など一ミリもないが金だけはかけて貰えた。幼少期から語学と武道を詰め込み、今では六か国語ほどを話せるそこそこ売れている翻訳家だ。今はとりあえず働いてある程度のところで土地でも転がして雪と二人で穏やかに過ごしたい。  雪成は母親と二人暮らしであったそうだが、母が病に倒れそのまま亡くなり十八まで地方の養護施設で育ったそうだ。  そこから二年間、地元で金を貯めてこちらへ出てきてくれたと言っていた。  養護施設ではずっと絵を描いていた、そのうち物語を自分で考えて絵につけるようになったのだが、院長先生がそれを見つけて本にして世に出してくれたとはにかんでいたから辛いことはあっただろうが、悪い施設ではなかったのだろう。  雪成の絵本は水彩で柔らかくて優しい色合い。  動物モチーフが多く、優しい言葉選びが子どもだけではなく親たちにも受けて今では人気絵本作家である。 「いるんでしょう?ここに雪先生!会わせてくださいよ~!!サイン欲しいです~!嫁も子どももファンなんですよ!」  雪が執筆していることを考えて声音を限りなく小さくして俺に掴みかかる担当者は本当に欲望駄々もれだ。結局サインか、と玄関まで纏わりつかれたまま歩みを進める。  家から無理やり押しやって、まぁ、長い付き合いだしな、と情報だけ与えてやることにした。 「雪は今、長編絵本を執筆中。俺も翻訳して海外向けにも出すつもり。出版社は俺が決めることじゃないから雪に任せる。以上。」 「せんせえ~~~!そのはなし、くわ、し」  バタンと扉を閉めてほっと一息。  直近での仕事は片付けた。雪成の世話を思い切りやけるな、と足取り軽く珈琲豆を選ぶことにする。  がちゃりと重い音をたてるドアを開けて、そのドアに押されながら出てくる雪成に思わず笑みが溢れる。  お互いに防音室に入るのは邪魔されずに集中したいときだから今日は中々顔を見れなかったのだ。 「雪成、お疲れ。少し休まないか?」 「ありがとう~。大分進んだから休憩する!」  自分のブラックコーヒーと雪成のほぼコーヒー牛乳を揃いのマグカップに入れて、お茶請けには雪成の為に取り寄せたチョコレートを。 「楓夜は今日お休み?」 「いや、さっき町田が取りに来たとこ。二、三日は急ぎのものもないしオフにするから家のことは忘れて篭っていいからな?」 「わ!ありがとう。出来上がったら一番に読んでね?それと、町田さん来てたんだ~。ご挨拶したかったな。」 「あぁ、そう思っていたんだが、向こうから雪成に会いたいと言われるとなァ。」  雪成は俺のところに来る町田の仕事ぶりをかっていて、今取り掛かっている絵本は町田に頼みたいと言っていた。直接お願いしたいとも言っていた。だが、町田の方から会いたいと言われて…ただの独占欲だ。 「ハァ。」 「楓夜疲れてる?大丈夫?」  心配そうに眉を下げる雪成は本当に… 「可愛いなァ。」 「本当にどうしたの?」 「いや、雪成が膝に乗ってキスしてくれたら大丈夫。」  なにそれ、とくすくす笑いながらソファーに隣り合って座っていた俺の膝に素直に乗ってくれる雪成。 「本当に可愛い過ぎて心配だ。」 「目、閉じて。」  閉じてと言いながら自分の手で俺の視界を遮りながら唇が一度触れあって離れた。 「もっかい。」 「もー、しょうがないなぁ。」  チュッ、ちゅ、とキスの音まで可愛い雪成。  左手を雪成の後頭部へ、右手を腰に添えて、思い切り舌を差し入れた。 「ん、んんッ、あ、んむっ」  互いの舌を絡ませて、食んで。  唇を離せば潤んだ瞳と甘い吐息。  見えない糸で引かれ合うようにまた、唇を合わせた。  出来上がった絵本の原本を渡され、黙々と読む。  子ども向けというより大人向けなページ数のそれは読み聞かせには向かないだろう。  しかし絵の色彩の美しさに心を奪われる。  内容は一匹の狸の一生で。  狼に恋をしてしまった狸の頑張りと結ばれてからの幸せな日々の話。  狸のゆきと狼のかえで  自分とは見た目も能力も何もかもが違うのに恋に落ちた二人の未来は優しくて暖かい。  今、恋をしているものたちの背中を少しだけ押してくれるような可愛い絵本。 「可愛い子狸だなァ。」 「だーかーらー!成人してるの!」

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