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実験

「なんでキラキラしないんだー!」 叫んで吐いた分の息を吸い込んで、そのままため息で吐く。 太陽でちょっとだけ温められた冬の空気がそれでも喉に冷たい。 駅までの住宅街の道路は少し狭くて、‥‥大声出したのマズかったかな。 「ゆーや、うるさい。近くの家から学校に苦情が来るよ。」 教科書の入ったリュックの肩を直して、俺のより少しだけ高い所にある利樹の顔をにらみ上げる。 くそ、やっぱりキラキラしてる。 「苦情で困るの校長先生だし。俺じゃないし。」 「お子さま。」 「ふん。」 「公園寄っていこ。自販機何がいい?」 「‥‥はちみつレモネード。」 「俺コーヒー。」 「うるせー!」 ブランコ、砂場、すべり台、今日は遊びに来てる子供が一人もいない。 晴れてるけど寒いもんな。 自販機は、川と公園を仕切る何本もの木の前にあるベンチの横。 公園の一番奥。 飲み物のトラックの人が砂利の上を嫌そうな顔で台車をゴロゴロしてるの見た事ある。 車が入れないように置いてある鉄パイプを四角に曲げたのを抜けて、利樹の後に続いて公園に入る。 利樹がゆっくり歩くから、俺も。 「キラキラするか見に行く実験、したんだろ?」 「したよ。二上先輩、上條先輩、市村先輩、A組の平尾に西脇先生、あと一年の上島と宮原。」 「鉄板の打線じゃん。C組の大石は?」 「実験した。キラキラしなかった。」 「誰もキラキラしなかったの?」 「しなかった‥‥。ほんとに、なんでなんだ‥‥あんなに毎日キラキラしてたのに‥‥」 「顔見ただけじゃ駄目とか? 部活やってるところとか、委員会やってるところとか。」 「前は廊下ですれ違っただけでもキラキラしてたんだ。キラキラしててさ、見てるだけでドキドキしてさ‥‥」 「今日も先輩キラキラしてたーって言ってる時のゆーや、本当に幸せそうだもんな。」 「幸せだった‥‥いまや過去形だ‥‥」 「けど、男の顔見てドキドキするんだ?」 「ドキドキっていうか、こう、触っちゃいけないものが目の前に現れたみたいな。」 「触りたい訳じゃないんだ?」 「キラキラしてることが大事なんだよ! 見た時に先輩たちがキラキラしてるとさ、何かスゲー嬉しくて、お参りしてるみたいな気分になる。」 「まだみんな生きてるよ。」 「神社の神様は生きてるんじゃねーの?」 「あれ生きてるっていうのかなあ‥‥」 「生きてるでいいの。挨拶して返事とかされるとさあ、SSR頂きました!ってなる‥‥ああ‥‥俺のオアシスだったのに‥‥」 到着した自販機はミルクティーが品切れになっていた。 つめたいの青い表示のもあるけど、そんなのより甘くてあったかいの増やしてくれ。ゆず茶とか飲みたい。 「財布しまえよ、俺が出す。」 「え、なんで? 俺が話聞いてもらうんだから俺が」 「落ち込んでるゆーや慰めるんだから俺が出すよ。」 「‥‥ありがと。」 はちみつレモネードのペットボトルを受け取って利樹を見ていると。 「え、ブラック!?」 「これくらい飲むよ。」 「苦くない?」 「べつに、平気だけど。」 おとなじゃんって言いかけて、熱い缶を指先まで引っ張ったダウンの袖の上から持つ利樹を見てほっとする。 俺を置いてあんまり先に行かないでくれ。 リュックを置いた利樹がベンチに座って、俺もリュックを置いて隣に座る。 ケツの下、冷たい。 「ゆーや、ケツの下冷たくない? 俺のマフラー敷く?」 「いい、利樹だって冷たいじゃん。その内あったまる。」 「そ。」 利樹がコーヒーのキャップを開けた。 俺もはちみつレモネードのキャップを開けて一口飲む。あったかい。 「美味い? 一口いい?」 「どうぞ。」 「‥‥、けっこう酸っぱい。俺のも飲む?」 「苦いのやだ。」 利樹は声を出さないで笑っている。 「利樹、おとな臭い。」 「そう?」 「俺よりちゃんとしてるもん。ノートしっかりとってるし、授業もしっかり聞いてるし。‥‥あ、数学の小テストの範囲、助かった。ありがと。」 「べつに。」 「そういや本間にも教えてただろ。」 「あれは聞かれたからだよ。」 「みんなに親切だこと。博愛主義的な?」 「なにそれ。」 「みんなの人気者目指してる的な?」 「そんなことないよ。ゆーやは特別。」 「え、俺のこと大事?」 「ああ、だいじだいじ。」 「よかった。」 「ゆーやがぼーっとしてる分俺がしっかりしてるから。まかせろよ。」 「けどそんなの利樹がいなきゃ俺なんにも出来なくなっちゃうじゃん‥‥」 「ずっとゆーやの側に居るからなんにも出来なくてもいいよ。」 「俺もお前に頼りになるとか言われたい。」 「お前は一生俺を頼りに生きるの。」 「えーやだー。」 「ゆーやは不思議だよな。ぼーっとしてるくせにそこそこ成績良くてさ、なんだかんだで先輩たちから声がかかってさ。」 「みんなそんなもんじゃない?」 「ゆーやが俺の知らないところに行きそうな気に、時々なるよ。」 「そんなとこ行ったら俺、絶対迷子だ。」 「そしたら絶対俺が見つけるよ。」 「たのむわー。」 利樹が笑う。 キラキラしてる。 誰もキラキラしなくなった世界で、利樹だけがキラキラしてる。 ‥‥利樹だけがキラキラしてるんだ。 「先輩たちがキラキラしなくなったの、いつぐらいから?」 「先々週。」 「随分はっきりしてるんだな。」 「古典の授業中寝てた俺にお前がノート貸してくれた日だ。」 「あれは、先生がテストに出すって断言してたから。」 「それ隣の矢田に聞いてさ、ああ終わった‥‥ってなってたところにお前のノートだった。」 「ありがたかっただろ?」 「‥‥」 「?」 「‥‥そん時さ、お前がすっげーキラキラしたんだ。」 「俺?」 「うわー利樹がキラキラすんの初めてだー、って、思って‥‥」 「うん。」 「そこから誰もキラキラしなくなった。」 「マジで。」 「うん。」 ‥‥なんとなく沈黙。 はちみつレモネード飲む。 利樹は熱くなくなったのか缶を素手に持ち直してからコーヒー飲んでる。 沈黙きつい。なんか喋ろう。 「‥‥あのさ、それからさ、利樹だけずっとキラキラしてる。」 「え、」 「何でかわかんないけど。」 「俺?」 「うん。」 「俺‥‥、俺、ゆーやにとってずっとキラキラしてんの?」 「ずっとしてる。」 「俺、キラキラしてるんだ‥‥ゆーやに‥‥悠哉にとって‥‥」 利樹がコーヒーを口まで持っていって、飲まずに缶を下ろす。 地面を見て、空を見て、空の右のほうを見て、左のほうを見て。 それから真正面を向いて、黙った。 なんかちょっとこわい顔してる‥‥んで、キラキラしてる。 こわい顔でもキラキラすんだな。 最初ん時のキラキラもすごかった。 最初の‥‥ そうだよ、あの時からだ! 「あの時からだよ! お前のせいじゃん! お前のせいで俺のオアシス無くなったんじゃん!」 「え何? ‥‥え、俺?」 「お前がキラキラした時から先輩たちがキラキラしなくなったんじゃん! お前のせいじゃん!」 はちみつレモネードをベンチに叩きつけ、勢いで立ち上がって利樹に体ごと向かう。 「お前がキラキラしなきゃずーっと先輩たちはキラキラしてたんだ! なんでお前がキラキラすんだ!」 「ちょ、落ち着けって、」 「俺のオアシス返せ! キラキラの毎日返せ!」 「ゆ」 「それなのに、当のお前は何? 誰彼かまわず親切にして、そのたび俺はなんかつまんなくなって!」 「誰彼してない、」 「なんか知んないけど俺お前のほうばっか見てて、お前が誰としゃべるのか気になって!」 「‥‥」 「お前が他のやつら相手にしてんの見るとイライラすんの! わけわかんねー!」 「ゆうや」 「くっそ、わけわかんねー‥‥」 力、抜けた‥‥ 地面にしゃがみこんで頭を抱える。 くそ、ほんとわけわかんねー‥‥ ‥‥視界がふっと暗くなる。 顔を上げると、しゃがんだ利樹が俺のこと見てた。 「悠哉さ、実験、してみない?」 「実験?」 「悠哉がどんな俺見てもキラキラすんのか。」 「‥‥」 「あと、俺が見て悠哉はキラキラすんのか。」 「‥‥どんな実験。」 「デート。」 「‥‥え、海見ながら手え繋いでソフトクリーム食べるとか?」 「どんなデートだよどこ情報? だいたいうちの市に海なんて無いよ。」 「じゃあなんなんだ。」 利樹が膝だけのばして俺の顔をのぞき込む。 「今までどおりにさ、二人で出かけるんだよ。次の週末なにして遊びたい?」 「利樹と?」 「そう。」 「‥‥カラオケ行きたい。」 「うん。」 利樹が俺の腕を引っぱって、二人で一緒に立ち上がる。 「何度も実験してさ、その後で先を考えようよ。」 「‥‥ん。」 ‥‥なんとなく手持ちぶさたで、はちみつレモネードに手をのばす。 それを利樹が取りあげた。利樹のコーヒーはベンチにある。 利樹がはちみつレモネードを一口飲む。 「酸っぱい。」 利樹から取りかえして飲む。 「美味い。」 「悠哉は不思議だよ。」 コーヒーを持った利樹がリュックを背負うから、俺も。 空は青くて、利樹が隣にいてくれさえすれば何があっても大丈夫な気が、何となくそんな気がする。 デート、か。 したことない。 何着て行こう。 利樹に褒められたい。 「悠哉?」 先に歩きだした利樹がふり返る。 キラキラに向かって歩きだしたら、手の中のはちみつレモネードがふわんって揺れた。 了

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