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伴侶君

 今夜はどれだけ部屋を暖めても床から冷気がしんしんと這い上る。今日も又、雪がちらつくかもしれない。  湯上り後の子供達と一緒にベッドに潜り込んでいると自分の方が先に眠ってしまいそうだ。 「あのお話して」 「ほら、あのお話。はんりょ君のお話」  娘と息子が口々にねだるのは、「伴侶君」と呼ばれる男の子が出てくるお話だ。我が家では入眠前にする定番の寝物語と言えた。 「昔々ね。伴侶君という男の子がいました」 「はんりょ君、三人姉弟のおうちにもらわれてきたのね」  娘がやや眠そうな声をあげながら、そう合いの手を入れてきた。何度も繰り返し聞いているうちに、お話を先回りする癖がついている。  楓の葉っぱみたいに小さな手が、先を強請るように僕の懐にしがみ付く。握ってやるともうだいぶぬくぬくしているので、これでは話が終わる前に眠ってしまうかもしれない。 「ルイザ、先に喋っちゃダメ。話を聞いて」  逆に息子の方は僕を中央に挟んだ寝台の反対側で瞳を爛々と輝かせ、とても今すぐには寝ませんという強い意志を見せつける。  頑固で一度決めたら梃でも動かないところなど、僕の小さな頃にそっくりだ。 「ある時からね。この世界に恐ろしい病が生まれて、それに罹ると子供は大人になるまで育たなくなったんだ。子供が大きくなってもよい伴侶に恵まれないかもしれないから、裕福な家庭ではね、子供のうちから将来我が子の伴侶になるべき相手を貰ってきて一緒に育てた。それが伴侶君。伴侶君は所謂デザインヒューマン……。といっても分からないか。人間とは少し違う、人間より丈夫に作られた特別な存在だったんだ」 「女の子は伴侶ちゃんっていったんだよね」 「そう。伴侶ちゃんの家もあったけど、男の子のほうが大きくならないで亡くなることが多かったから、伴侶君の方が人数は多かったらしいよ。その三人姉弟のうちのね、お父さんはごうつくばりで見栄っ張りな人で、ちょっと家が裕福になった時に周りに自慢したくてね。上の女の子二人のどっちかの伴侶にすればいいって小さな男の子を伴侶君として家にいれたんだ。その家にはその後三番目に男の子も生まれていたけど、育たないかもしれないしって、そんなことも考えていたらしい」  表情豊かな娘は嫌そうに、色の薄い細い眉をしかめて顔をくしゃっとさせる。 「ひどいお父さんだね。うちのパパは優しいのに」 「まあ、でも実際男の子は育ちにくかったからね。男の子は大人になるまで育ったら育ったで、結婚相手は引く手あまただ。持参金も沢山貰えるっていやらしく考えたのだろうね」 「じさんきん?」 「結婚する時に貰えるお金のこと……。まあその辺りは置いとくとして。三姉弟のお姉ちゃん二人はね、自分より年下でちっぽけな伴侶君が気に入らなくてね『隣のうちの伴侶君はジェーンより年上ですごくハンサムでキラキラの金髪。なのにうちの伴侶君はぺたんこの黒髪で、ちびでやせっぽっちでとっても弱そう。こんな子と将来結婚するなんていや。それに私が自分の伴侶を自分で見つけられないって思っているの? 馬鹿にしないで』っていってね。伴侶君のことも小馬鹿にしたり意地悪したり、辛く当たったんだ」 「伴侶君、可哀想そうだね。僕は父さんみたいな黒髪、好き」 「そうだね。僕も黒髪が大好きだよ。それに伴侶君はね、澄み渡った湖水のような緑色のとても穏やかで美しい瞳と親切で優しい心も持っていた。彼はとても頑張り屋さんで、小さな身体で家のお手伝いも、最後に生まれた弟の面倒もよく見たよ。弟は彼にとても可愛がられて、伴侶君のことが大好きだったんだ。伴侶君も冷たく当たる派手好きなお姉さん達や、金儲けにしか興味がないお父さんより、再婚して弟だけを産んだ倹しいお母さんと一番下の弟と一緒にいるのが大好きで、三人は家の中で寄り添って暮らしていたよ。いつ弟が他の大勢の子供たちみたいに病気で死ぬかもわからなかったけれど、絶対に弟を大人にするまで守り抜こうって、伴侶君はいつだって弟を大切にしてきた。身体を冷やさないようにいつでもくっついて、暑い時は日陰を探して休ませた。今日みたいに寒い晩は二人で抱きしめ合って眠ったよ。本当に仲良しだったんだ」 「仲良しが一番だよね」 「そうだね。仲良しが一番。こうやってお布団でぬくぬく寄り添えるのが、僕も一番幸せ」 そう言って両側の二人を抱き寄せると二人は僕の胸にすり寄って嬉しそうに足を絡めてきた。 「ところがね。伴侶君は大きくなるにつれて、とってもハンサムで賢い若者に成長したんだ。そうしたらお姉さんは手のひらを返したように、彼にべたべたし始めた。妹はとっくに婚約していたのに自分は望んだ相手と結婚できなかったからプライドが傷ついたんだろうね。でも昔、自分に嫌がらせをしてきたような相手を好きになれると思う?」 「僕、いじめっ子は嫌い」  今度は息子の方が勝ち気な眉毛を吊り上げた。 「そう。それにね伴侶君には好きな子がいたんだ」 「わたし知ってる! 大好きな弟!」 「そう。いつも傍で笑っていてくれた、大切な弟が一番好きだったんだ。二人は年が近かったから学校でもずっと一緒。友達が次々に病気で命を落としていく中でも、励ましあって生きてきたよ。初めて愛した人で、沢山の愛を返してくれた人。伴侶君は自分の伴侶は弟しか考えられなかったんだ。だからお姉さんとの結婚は断った」 「意地悪なお姉さんは怒った?」 「そうお姉さんは怒ったんだ。美しい自分に見向きもしない伴侶君にね。でも伴侶君はね、誰かの伴侶にならなければいけないっていう決まりがあったんだよ」 「大好きな弟の伴侶でいいのに」 「それはね……。駄目だって言われてたんだ。誰かと結婚して子供を残さなかったら伴侶君としての役目を果たせないから処分されるって」 「ひどいよ……」 「ひどいよね。意地悪なお姉さんは『だから私と結婚しなさい』っていったんだよ。そこまでいったら結婚するって思ったんだろうね」 「でも断ったんだよね」  僕はこくりと頷いて腕枕をしていた懐の辺りに顔をくっつけた娘を見ると、柔らかな寝息をくうくうと立てていた。  今日はこのお話はしまいにしようかとちらりと息子に目配せしたが、彼は首を振って続きをねだる。 「そう。……伴侶君はその求愛を断った。世界では元々生きてきた病気に弱いタイプの人間を優先して生かしたい人と、新しい遺伝子が組み込まれた人間と交わってでも人口を増やしていった方がいいと言う人の中で意見が割れていた時代だった。その頃の伴侶君は人間というより、意地悪な父親の持ち物で、ペンやノートと同じ。品物のような扱いでね。二人が暮らしていた州では伴侶君は同性との結婚は認められていなかったんだ。それに持ち主のいうことを聞かない伴侶君は反抗的だとみなされてたら処分されてしまう」 「処分って、殺されるってこと」 「そうなんだ。殺されたり、実験に使われたり」 「恐ろしいね」 「……怖ろしいよ。そんな時代があったんだよ。弟はお姉さんに考え直してほしいって言ったんだけど、お姉さんは自分の思うとおりにならない伴侶君と弟に嫉妬して、処分対象にしてほしいってお父さんに頼むし、お父さんはお姉さんの言いなりだし。それで、弟と伴侶君の二人はお母さんの弟を頼って別の州に逃げて、伴侶君に人権を与えてくれる団体を訪ねることにしたんだよ」 「人権……?」 「伴侶君はモノじゃなくてヒトだって認めてもらうってこと。処分されないようにね。姉さんと結婚するって嘘をついて、結婚式が準備される中、二人は秘密の逃走計画を準備した。見栄っ張りのお父さんが沢山の人を招いて、豪華な結婚式を挙げることになった。でもね。結婚式の会場に着く前に、弟と二人で手に手を取って逃げ出したんだ」 「よかったね! 逃げられた。でも、さ……」 「……もうすぐ州の境って時に二人は捕まってしまって、伴侶君は収容所に送られてしまったんだ。弟はもうダメだって思ったけど、けして諦めなかった。必死に伴侶君の延命を訴えたんだよ。彼はなにも何も悪いことはしていませんって。彼が僕を愛したことが罪ならば、僕も一緒に切り刻んでくださいって」  感情が高ぶって思わず涙が零れそうになった。それを息子に見られまいと袖口で目元を覆った時に、タイミングを見計らったように寝室の扉がぎいっと開いた。 「ルイザ? ミーシャ?」 「パパ!」  廊下から這い上る夜気をものともせずに、息子はベッドから飛び降りると、赤いスリッパを蹴とばしながら雪にぐっしょりと濡れた彼のコートの腰元に飛びついていく。彼はきびきびとした動作で息子を抱え上げて、元気よくぐるぐると振り回す。 「レイパパ、手が冷たいよ」 「ははは。今日はかなり冷えるからなあ。俺もコートごと、ばりばりと凍ってしまうかと思った」 「お帰りなさい」 「ただいま。ルイザはもう夢の国のお姫様になったのかな?」 「そうだよ」 「じゃあミーシャもそろそろ寝ないとね」 「えー。つまんないよ。パパと沢山お話したかったのに」 「パパたちはこれから大人の時間だ。さあ。もう寝なさい」 「分かったよ。続きはまた明日話してよ!」 「分かった。明日の晩ね?おやすみミーシャ」  彼に布団に戻された息子のぷっくりと柔らかな薔薇色の頬に口づけをし、縋るように胸元を探る娘の額にもキスをして、僕はぬくぬくと温かな寝床から床に足を下ろした。  まるで氷のように冷たい木の床に足から震えが駆け上る。足先で急いでスリッパを探ると母が悪くなった目に負担をかけぬよう、昼間を選んで少しずつ編んでくれた波のような模様の青いショールを肩にかけた。そのショールごと、大きな掌が摩りながら包んでくれる。 「今日は本当に冷える」  黒髪の先から雫がぽたりと垂れ僕の頬に落ちたから、彼が申し訳なさそうな顔をして手で拭ってくれる。その手も氷のように冷たくて鳥肌が立ち、無意識に身震いしてしまう。 「ごめん……。冷たかったな。お前が風邪でも引いたら大変だ」  本当に心配げなすまなそうな顔をして男らしい眉を顰めるから、僕は逆に彼の凍えた両手を取ると、はあっと熱い息を吹きかけた。 「そんな顔しないで。そりゃ少し年は取ったけど、ちょっとやそっとじゃ寝込んだりしないよ?」 「……そうだが」 「そうなの」  そのまま手を繋いで廊下を歩き、寝ている高齢の母を起こさぬように、一歩一歩できるだけ静かにきしきしと軋む階段の床板を踏みしめた。 「何の話をしてたんだい?」 「あれ。いつものあのお話」 「どこまで進んだ?」 「……一番辛いところだよ」  僕が寒さの為だけではなくぐずっと鼻水を啜ると、彼は美しい翡翠色の瞳で覗き込みながら涙を拭うように優しく冷たい口づけをくれた。 「あの話をすると泣いてばかりだな」 「だってさ! レイは意識がなかったかもしれないけど、僕はずっと、ずっと! 君のこと! 取り戻そうと!」  思い出すだけで胸が苦しい。  引き裂かれ、氷漬けにされた。僕らの愛の記憶。  雪の女王に捕まった幼馴染の少年を探し続けた少女は、こんな気持ちだったのではないかと何度もそう思った。  コートを脱いだレイと身体の隙間がなくなるほどぎゅっと抱きしめ合って、僕らは毎晩、その存在を確かめるように何度も何度も口づけを交し合う。  確かに暖かな身体が傍にあると感じられるまで、何度も何度も。 「おかえりなさい」 「ただいま」  僕のレイ。僕だけの伴侶。  僕への愛を貫くために姉との結婚を拒んだ彼は、僕以外誰の伴侶になることも拒否し、収容所に入れられていた。その優秀な遺伝子を積んだ精子の提供させられ、そののちは臓器移植用の検体として生きながら氷結の眠りにつかされたのだ。  母が叔父や人権団体の力を借りて父と離婚調停を起こし、財産を全て放棄する代わりにレイの所有権を得たこと、同時に世界中でデザインヒューマンの人権を認める運動が起こったこと。レイが男性である僕を愛したことで処分の対象になることが間違っていると僕が全世界に向けて叫び続けたこと。  そのすべてが実を結び、ようやくレイが戻ってきたころには彼は僕より年下の青年になっていた。 「お前が諦めないで、沢山戦いながら待っていてくれたから。辛い日々の続きは『二人はいつまでも幸せに暮らした』になったんだ」 「……そうだよ。二人はずっとずっと幸せに暮らしたんだ」  今はもう、伴侶君も伴侶ちゃんもこの世にはいない。  いるのはみな、神が等しく愛した子ばかりだ。                                          終

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