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実らないものじゃなくてこじらせるもの

「中田君、好きです! どうか私と付き合ってください!」  予想はできていた。  放課後の教室。手紙なんかで呼び出されたらこんな展開になることぐらい。  今度こそため息をついてもいいだろうか。いや、さすがにそれは失礼だろうってことぐらい、人を好きになるって感情がよくわからない俺でもわかる。  でも告白とやらをされるのは、高校に入ってからもう四回目だ。  最初は同じクラス、二回目は先輩から、三回目も同じクラス、そして今回である四回目は隣のクラスだ。いいかげん俺がうんざりしていてもしかたないだろうと思うのだ。 「ごめん」  それに、なんで俺が謝らなきゃいけないんだろうな? 「中田君てさ……私のことほとんど知らないと思うんだ」  ほとんどどころか隣のクラスってことしか知らない。 「だから、お試しで付き合ってみるとか、それじゃだめ?」  これも何度も言われる。つか、なんでそっちもこっちのことはほとんど知らないはずなのに付き合ってみたいと思うんだ? 顔か? がたいか? まぁ、多分好まれるような顔をしているんだろうが……自分ではよくわからないものだ。  どう考えてもこの顔が原因っぽいが、こっちが整形するとかは違うしな。それに、この顔を見ると赤面してくれる奴もいるし。 「ごめん」 「そっか……」  これでいつもなら引き下がってくれるはずなのだが、今回はそうはいかなかった。 「私、諦めないから!」 「は?」  いや、諦めてほしい。悪いけど俺は好きにならないし。  なぜなら。  ガラッ  鍵をかけていなかったせいか、教室の扉が開く音がした。 「あっ、ごめん! 取り込み中だった?」 「いや、今済んだところだ。どうしたんだ?」  先に帰ったはずの幼なじみの顔がのぞき、俺と隣のクラスの子を見て、しまったという表情になった。だが俺にとってはちょうどよかった。 「いや、その……明日の宿題を忘れてしまって……」  そう言って幼なじみは頭を掻いた。隣のクラスの子はあからさまに膨れている。俺以外ならきっとかわいく見えるのだと思う。だから俺なんかとっとと諦めた方がいい。 「ごめんね。俺、コイツが好きなんだ」  幼なじみに近づいて、その腕を取った。彼は不思議そうな顔をする。 「えっ?」 「ええっ?」 「ゲイじゃなくて、コイツだけが好きなんだ。だから諦めてくれるかな?」 「そんな……」  隣のクラスの子はキッと俺を睨むと、反対側の扉から出て行った。 「……どーゆーこと?」 「まんまだけど?」  彼が困ったように首を傾げた。そんな表情も好きだと思う。 「今の子、かわいかったじゃん……」 「うん、多分客観的に見てかわいい」 「だったら……」  かわいいからってそういう意味で好きになれるかどうかは別だろう。それを言ったら今まで俺に告白してきた子たちはみんなかわいかった。俺じゃなければ即お付き合いが始まるだろうってぐらいに、仕草とかもかわいかったと思う。  でも残念ながら俺は彼女たちではだめなのだ。 「俺は、お前がいい」 「俺の意見は?」  幼なじみが呆れたように聞く。  意見なんて必要あるんだろうか。ただ俺が彼を好きなだけなのに? 「俺はただお前が好きなだけなんだが」 「へー。じゃあ俺と付き合いたいとかそういうのはないんだ?」  そう改めて聞く幼なじみの顔は赤い。そう、コイツは俺の顔に弱いみたいで、至近距離だと絶対こうして赤くなるのだ。俺の顔が好きなのか、それともただ意識してしまうだけなのかはわからないけどその反応は随分と好ましい。 「樹(いつき)と付き合えるなら嬉しいけど、俺多分、付き合い始めたらいろんなことすると思うよ」 「い、いろんなこと?」  幼なじみ―樹の顔が更に赤くなった。いったいどんな想像をしたんだろうな? 「そう……」  そっと抱き寄せて、耳元で囁いた。 「キスとか、身体舐めるとか、チンポ触るとか、アナルいじって開発して抱くとか」 「なっ、なっ、なっ……」  樹が固まったまま何か言おうとする。 「樹が、もっとしてっておねだりするぐらい開発したい」 「バッ、バカ言ってんなっ!」  樹は無理矢理俺を引き剥がすと、そのままバタバタと走って逃げて行った。足音が遠ざかって、なんとなく階段を下りたかなという頃にLINEを入れた。 「宿題は?」  少しして返信があった。 「数学の! 取ってこい!」  どこまで行ってしまったのか。また取りに来る気はないらしい。 「やっぱおもしれーやつ」  俺はははっと笑った。  なんで俺が幼なじみの樹を好きなのかというと、それは小学生の頃に遡る。  俺は小さい頃から美少年と言われたりして、女の子から勝手に付き合っている対象にされたりしたものだったけど初恋は遅かった。  そう、忘れもしない俺の初恋は、学校のプールでのことだった。当時スイミングスクールに通っていた樹は、やたら飛びこみのフォームがキレイだった。その日は夏特有のとてもいい天気で、プールの水面がキラキラと眩しかった。  その水面へ、樹が飛びこんだのを見てとてもキレイだと思った。  飛び散った水がキラキラして、少し先で浮かび上がった樹の笑顔が眩しくて、俺はそれまでただの幼なじみだった樹に恋をしてしまった。  初恋なんてそんなもんだと、今となっては思う。  ちょっとしたきっかけだったり、元々好ましいと思っていた部分がでてきたり、それが俺にとっての初恋だった。  でも初恋というのは実らないと聞いたことがあった。  せっかく恋と自覚できたのに、実らせないのはもったいない。きっと俺はこの恋を逃したら一生誰のことも好きにならないんじゃないかと思った。  それから俺はできるだけ樹の側にいるようにした。媚びるつもりもひいきするつもりもないが、樹にとって俺が側にいることが心地良いと思えるよういろいろ画策した。金の貸し借りはしないけど、いないと困る程度には側にいたつもりだ。  だが俺の顔がいろいろと邪魔をしてくれた。中学に入ってからはやたらと告白されるようになり、さすがに困ってしまった。でも中学生ぐらいだと、まだ男子の中に紛れていれば恋愛沙汰には興味ないのかなぐらいには思ってもらえる。  だからまだそういうことには興味が持てないというスタンスで乗り切った。その間に樹との距離もつめ、いつのまにか至近距離にいても樹が違和感を持たない程度まで接近した。  そうしたら樹が俺の顔を見る度に頬を染めるようになったからしめたと思った。  高校も自然と同じところへ通うという話になり、クラスも同じになったのだが。 「ま、でもいい機会だったかもな」  別にさっきの子が俺がゲイだと吹聴してもかまわない。しばらくはからかわれるだろうが、俺が本当に樹のことだけしか見ていないとみなが気づけばきっと応援してくれるはずだ。女子はどうだか知らないが、男子はむしろそっちの方が喜ぶに違いない。  樹のロッカーから数学の宿題を取り出し、教室を後にした。  樹は校門の辺りで所在なさげに待っていた。 「樹、ほら宿題」 「あんがと」  樹に宿題を渡して、連れ立って駅へ向かう。しばらく無言だったが、耐えきれなくなったのか樹が口を開いた。 「なぁ」 「何?」 「……俺のこと好きって、いつから?」  ちら、と見れば樹の耳が赤くなっていてこれは脈ありかなと嬉しくなった。 「小学生の頃から」 「えっ? 嘘だろっ!?」 「嘘をつく理由がない」 「全然気づかなかったんだけど!」  そりゃあ小学生が肌に触れたいとか言い出したらやヴぁいだろう。 「じゃあこれから知ってくれればいい」 「ええー……」  樹はため息をついた。 「小学生の頃からとか、どんだけこじらせてんだよ」 「まぁ、初恋だし?」 「は?」  イマイチ樹はわからないという顔をしていたが、俺にとって初恋は実らないものじゃなくてこじらせるものなのだ。 「……よくわかんねーからマックおごれ」 「いいよ」  食べれば俺との関係にも前向きになれるかもしれないしね。  こじらせすぎてかなり気は長くなっているけど、できれば大学生ぐらいには恋人同士になれているといいなと俺は思ったのだった。 おしまい。

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