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「そんな風に声が枯れちゃったら、バレちゃうもんね。沢山エッチなことして泣いちゃったって」 「行きましょう、早く」 美智は言葉でもまだ葵を苛める気らしい。耐えるように目を伏せてしまった葵を見ていることはできなくて、颯斗はもう一度葵を促した。だがベッド下に置かれた革靴を履かせたところで、葵は床に崩れ落ちてしまう。 「運んでやろうか?」 「結構です」 彰吾からの提案を即座に断ってはみたものの、鞄二つを肩に下げた状態で人を抱え上げるのは、いくら葵が華奢でも安定はしない。試験に備え、颯斗の鞄に大量の教科書とテキストが詰まっていることもバランスが取れない要因になっている。 「寄越せ」 見るに見かねたのか、彰吾が半ば無理やり葵の体を奪いあげてきた。颯斗より10センチは優に大きな彼は、スポーツでもしているのか、筋肉質でもある。葵一人運ぶことは苦でもないらしい。 「お見送りしてあげるね、葵」 美智も当然のように着いてくる気のようだ。もはや颯斗の存在など無いかのように先立って出て行ってしまう二人。それを追いかけねばならないことに全く納得がいかない。 ひらひらと手を振ってきた保健医に軽く会釈だけ済ませると、颯斗は葵の傍から離れぬよう歩調を早めた。 「こんなところ見られたらまずいんで」 校門の外では運転手が待機している。基本的にただ家と学校の行き来だけを担う人物ではあるものの、馨に妙なことを告げ口されても厄介だ。だから校門が見えてきたところで声をあげれば、ようやく二人の足が止まってくれた。 「葵、忘れるなよ。試験が終わったらまた……」 彰吾はその先を思い知らせるように、葵の唇を数度啄んでからその体を地面に下ろした。 「また遊ぼうね、葵。試験がんばって」 美智はやはり葵だけを見て、まるで親しげな間柄のように別れの挨拶を告げてきた。 この人たちは本当に何がしたいのか。気まぐれに無垢な生徒を狩り、乱暴に抱いては次の獲物を見つける。そうして遊んでいたはずの彼らが、今はただ葵だけに執着しているようだ。 “あまりにも具合が良かった” 一度目の呼び出し後、保健室で美智が葵との行為をそう表現したことを思い出す。それが執着の理由なのだろうか。 倒れ込むように後部座席に座った葵の横に並びながら、颯斗はつい想像してしまう。 いつも妖しげな笑みを浮かべる美しい馨に抱かれる葵の姿。そしてあの大人びた上級生二人に乱暴に犯される葵も。 葵はまだ悪い夢から覚めないような目をして、窓の外を眺めている。今まではただ幼いとしか思えなかったその横顔は、キスシーンを目の当たりにしたせいか、颯斗の目にはどこか艶めいて見えた。

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