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「お喋りで騒がしいより、お行儀よくていいでしょう?」
「くだらない。何のために帰国させたと思っているんだ」
「何のため、でしたっけ?」
わざとらしく首を傾げてみせれば、ドンとテーブルを拳で叩く大きな音が室内に響く。続いて、それに驚いた葵がナイフを床に落とし派手な金属音まで立つ始末。
近くに控えていたギャルソンがすぐに新しいナイフと交換してやったが、すっかり怯えた葵はもう食事を続けられる様子ではない。膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめ、怒った柾を視界にいれないよう俯いてしまっている。
「葵はあなたの短気には慣れていないんですから。もう少し落ち着いていただけますか」
慰めるように葵の髪を撫でてやれば、柾からの怒気がますます強くなる。それでいい。まだ始まって間もないこの食事会が中断されたとて、馨は何も困らない。
だが予想に反し、柾は一旦グラスに口を付けるとワインと共に無理やり怒りを飲み込んだらしい。彼には彼で、どうしても葵と話しておきたいことがあるのだろう。
これ以上、柾を煽ると危ないことぐらいは分かる。馨は仕方なく助け舟を出してやった。
「葵、お爺様がお話したいんだって。出来る?」
柔らかな頬に触れて問い掛けると、葵は恐る恐るといった様子で頷きを返してきた。
「ですって。どうぞ」
今度は邪魔をしないというポーズで柾にバトンを渡してやれば、やはり彼は不服そうではあったが、咳払いを一つすると改めて葵に向き合った。
「それで学校生活は?昨日から試験だろう?結果には期待できそうか?」
本人にその気はないのだろうが、まるで尋問のような質問が延々と繰り広げられる。葵は時折“はい”と小さく答えたり、頷きで返事をしたりするが、会話としてはちっとも成立していない。食事に手を付けながら、馨はくだらない時間にこっそりと溜め息を零した。
柾も葵の反応を見て、段々無駄だと勘づき始めたのだろう。質問の色を変えてきた。
「委員会や部活は?何か入ったのか?」
「……いえ」
「試験が終わってからでいい。何か見繕って入りなさい」
しばらく傍観者でいようと思ったが、これは聞き捨てならない。馨が手を止めれば、柾もこちらを見据えてきた。
「他人と交流するいい練習になるだろう。もう十六になるんだ。年齢的には外に連れて出てもおかしくはない。いつまでもこのままでは困る」
柾が“外”と表現したのは、藤沢家と付き合いのある家々や、取引先との社交の場。帰国して以来、馨も度々顔を出しているが、そこにゆくゆくは葵も同席させるつもりなのだろう。藤沢家の跡取りとして。
「この子には無理ですよ。分かるでしょう?」
「ならどうするつもりだ?まぁ、お前はまだ若い。再婚でもして他に子供を作るというならそれも一つの手だが」
「再婚?馬鹿馬鹿しい」
柾からの代替案を、馨は鼻で笑った。確かにこの十年、柾からだけでなく多方面から縁談の話は持ち掛けられたし、女性から直接アプローチを受けたこともある。でもそのどれにも乗る気はなかった。
自分には葵がいる。そう示すように葵の髪を撫でれば、また柾の機嫌が悪くなったのが分かった。
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