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「葵は自由が欲しくないのかな」
「考えたこともないんじゃねーの」
「そうかな?」
家の中に閉じ込められていた頃ならまだしも、今は制限はあれど外の世界に出て父親以外の人間と交流もしている。葵の中に自我が芽生えてもおかしくない。だからこそ、父親もそれを危惧して過剰に縛り付けようとしているのだと思う。
「今度さ、葵連れ出してみる?放課後までに戻れば問題ない気がする」
今のところ、葵に授業をサボらせても、保健室に連れて行っても、咎められることはない。だからきっと校外に連れ出すことも可能かもしれない。
食堂でさえあれだけ興味深そうにしていたのだから、普通の高校生が遊ぶような場所、例えばゲームセンターやファストフードに連れて行ったら面白い反応が見られそうだ。
でも美智の提案に彰吾は渋い顔をした。
「期待もたすようなことすんな。そっちのほうが残酷な気ぃするわ」
「そう?こんな世界もあるんだなっていう社会勉強だよ」
「知らなければ、求めないで済むだろ」
葵の境遇に同情しないと言えば嘘になるが、連れ出したいと思ったのは単に美智が楽しみたいと考えたからだ。でもどうやら彰吾は随分葵を哀れに思ってしまったらしい。本人に自覚があるかはともかくとして。
「じゃあ明日はどうする?彰吾はもういらない?」
「は?なんでそうなんの?」
「そこは別なんだ」
葵への憐憫と、欲望は切り分けられるらしい。美智が人のことを言えるわけもないが、彰吾もまた、どこか壊れた人間性をしているとは思う。
葵は結局トレイの上の食事に半分ほど手を付けたところで箸を止めてしまった。せっかく奢ったのに、なんてことは思わないが、食の細さは気になる。華奢な体躯を維持することも、父親からの指示なのだろうか。
「美味しかった?」
「はい。……あの、ごちそうさま、でした。ありがとうございました」
頷きと共にもたらされたお礼の言葉。ぺこりと頭を下げられれば悪い気はしない。もっと甘やかしてもいいとさえ思う。
葵を抱きたい、泣かせたいと願いながら、そんなことを考えるのは矛盾しているかもしれないが、美智もそしておそらく彰吾も両方の感情を心に同居させている。
「明日はまた遊ぼうね」
美智の誘いに、葵は躊躇いなく頷きを返してきた。その瞳は透き通った色をしているけれど、それゆえに葵が何を思っているのかは全く分からない。
でも“約束”と称して小指を絡めれば、表情が和らいだ。優しく触れてやれば、葵は抵抗どころか自ら受け入れる傾向にある。それが父親の影響であることは分かっているが、もっと懐かせてみたくなる。
葵を懐柔した先に待つものが何か。彰吾の言う通り、それは葵にとって残酷なことになるかもしれない。それでも美智は構わなかった。
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