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side颯斗

藤沢家に付き従う秋吉家に生まれた颯斗は、世間一般では育ちのいいお坊ちゃんの部類に入る。文武両道は当たり前で、礼儀作法もきっちりと叩き込まれてきた。 でも所詮は藤沢家の使用人ではあるし、贅沢な暮らしをしているわけではない。颯斗自身は、ごく普通の高校生だという自覚もある。 だから未だに毎朝黒塗りの高級車に迎えに来られる生活には慣れない。帰りもそうだ。葵を見送った時点で颯斗まで車から降ろされるわけではなく、きちんと家まで送り届けてもらえる。 送迎の車があるのだから、颯斗は校門で葵と合流すれば十分ではないかといつも思う。運転手だって、同じ使用人である颯斗を送るなんて面倒で仕方ないはずだ。 淡々と与えられた業務をこなすプロ意識の高い運転手は、颯斗と二人きりになっても態度を変えることはしない。颯斗だけが気まずい思いを抱えているだけだとは思うが、何度繰り返しても慣れずにいた。 今日も居心地の悪い沈黙の中辿り着いた屋敷の前で、颯斗は一旦車を降りるが、そこに葵の姿はなかった。代わりに立っていたのは馨の秘書、ニコラス。 「今日は欠席ですか?」 「そうなるかもしれない。馨様次第だ」 黒縁の眼鏡の奥に輝くブルーの瞳が、エントランスの扉へと向けられた。 「今日は試験の順位が発表される日なんだろう?葵様から直接聞きたいと会長が仰ってな。それでああなった」 会長というのは藤沢家のトップであり、葵の祖父、柾を指していることは分かる。彼が葵の成績を気にしているのもおかしな話ではないだろう。でも、それがどうして今の状態に繋がるのか、颯斗には理解出来なかった。 あの扉の向こうで、きっと馨が葵に何かをしているのだろう。ニコラスが憐憫の情が入り混じる複雑な顔をするほどの何か。 「あと十分待っても出て来なければ、私から一度声は掛ける。それでダメなら今日は一人で登校しろ。いいな?」 「……はい、分かりました」 藤沢家に深入りするつもりのない颯斗は、自分の立ち位置について考えたことはなかった。でもニコラスの颯斗への態度は、単に年下に対するものというよりは、後輩、もしくは部下相手のようだ。 ここ数年馨の秘書をしているという彼とは当然、この春からの付き合いだ。優秀であることは分かるが、それでも上司面をされるのはあまり良い気分ではない。そもそも、颯斗は“使用人”として扱われることにも抵抗がある。

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