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第80話

「今日に備えて家でリハーサルしまくった。嘘つき呼ばわりされるのは心外だっ!」  ひと声叫んでペットボトルを握りつぶした。  莉音はカラクリ人形のように、ぎくしゃくと座りなおした。リーフレットの残骸が散乱していて、拾い集めるにしたがって、ずれ気味だったピントが合ってきたような気がした。  告られたのは現実の出来事なのだ。  自分が想いを打ち明けたとき、秀帆もやはり柔らかいと思って触れたものが硬かったときのように困惑の色が濃かった。一転してきっぱりと引導を渡してくれた。  鋭利な刃物ですぱっと切った傷と、鋸でごりごりと肉を裂いた傷と、どちらがより治るのが早い? それと同じ理屈だ。では秀帆に倣って、友だち以上には思えない、と告げるのが賢明なのか。  だが判断に迷う。狡いのは承知の上で、三神と気まずくなって彼が離れていったら淋しい、と惜しむものがある。  だいたい藪から棒にイエスかノーかと迫られても、正解がひとつきりの計算問題と違って即答できっこない。考える時間を要求する権利がある、と思う。なので、すっくと立って三神を()め下ろした。ところが口ごもり、そこに木崎が電話をよこした。 「おまえら、どこで遊んでんの? そろそろ合流するべ」 「するする、なる早でする!」  スマートフォンにかじりつかんばかりのそれを聞いて、赤みが残る顔に苦笑が浮かんだ。三神は、ぶらぶらと下りの順路へ歩を進めた。 「返事は保留にしといてやるさ。回答期限はいちおう半月後な」  莉音はよろよろと後につづき、しかし三神が急に立ち止まったせいで、つんのめった。  後ろから抱きつく形になって、すかさず手が摑み取られた。そのままウエストへといざなわれて、ドキっとした。脈が速い、大型のスピーカーが内蔵されているくらい、どくどくと言っている。  ()()を含んで涼風(すずかぜ)が吹き渡り、にもかかわらず玉の汗が眼前のうなじを伝い落ちるあたり、三神のうちでは不安と期待が交錯していることを物語っていた。 「浅倉にとっちゃ『きっかけ、それ?』だ。一年の冬に購買部で小銭をばらまいちまって、おまえが拾うの手伝ってくれて、笑顔が可愛くてノックアウト。今年は同じクラスになって距離を詰める機会を窺ってるうちに秘密を嗅ぎつけて、で、悪用しちまった」  さやさやと葉ずれが歌うなか、懺悔する声音で言葉を継ぐ。 「教室でも体育館でも、こっそり、けど真剣に浅倉を見つめてた。おかげで片思いをこじらせてるのも、まともに告れば瞬殺されるのも丸わかりだった。だからって、あくどい真似に走るのはどうよって話だな、今さらだけど謝っとくわ」 「……バカじゃん、謝っても遅いし」  と、できるだけ冷たく返すと、反省度を表すように鼓動が速まった。記憶が甦る。校庭が小ぬか雨にしっとりと濡れていた放課後、三神からガラクタ置き場と化している資料室に呼び出された。グループ外のやつがなんの用だろう、と訝りながら足を運び、ドアを開けたとたんボックスティッシュが胸元めがけて飛んできて、ひと言。  ──俺のをしごくか、あんたにメロメロな後輩を知ってるって立花先輩に報告するか、二択な。

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