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1.「死ね」と言われて5
華奢な僕では、到底受け止めきれなかった。
オバケは思いがけず長身で、おまけにガタイが良くて、何より触れた感触がしっかりと手のひらに残るほどリアルだった。
「オバケさん、死んじゃダメだよ……」
「…………」
尻もちをついた僕の腹に乗ったオバケが、相反したセリフにじわりと顔を上げる。僕も反射的に、その顔を見上げた。
「え……」
人間っぽいオバケは、僕が腕を引っ張った時に声を上げた。だから一応、話は出来るんじゃないかと思ったんだ。
でも、僕を捉えたオバケの顔面を見た瞬間ハッと息を呑んでしまった。
冴えない雰囲気、地味で質素な服装、生気のない瞳。これだけならテンプレ通りのオバケだ。
ところが、……。
「あの……俺、オバケではないんですが」
男なら誰しもが憧れそうな、羨ましいほどのバリトンボイスでそう言われた。
「ていうか、ビックリしました。俺以外にも人が居たなんて……」
「…………」
「あなたはここで何をしているんですか? 見たところお若そうですが」
こんな時間に、と言いながら腕時計を見たオバケは、たった今死にそうだったくせに飄々としていた。
いや、まず訂正。
この人はオバケじゃない。人間だ。
意思もあるし、脅かすどころか窘めるような視線を向けてくるなんて、生身の人間じゃなきゃあり得ない。
「…………」
……勘違い、してたのか。
相手が冷静極まりない分、一人でパニックを起こして勘違いしていた僕は、一気に自分で自分が恥ずかしくなった。
「どうして助けたりしたんですか」
「…………」
立ち上がった男は、羞恥に耐えかねて言葉を失くした僕にスッと左手を差し伸べた。冷えきった僕の手のひらとは違い、取ったその手はとっても温かかった。
あ……人間だ。人のぬくもりだ。
無意識に感触を確かめながら、ゆっくり立ち上がる。見上げると、月明かりで男の顔が顕になった。
するとまた、ハッとさせられた。
さっき僕が息を呑んだのは、逆光で神々しく見えたこの男がとんでもなく美形だったからだ。
「……俺の声、聞こえてるかな?」
「…………」
「俺のこと、まだオバケだと思ってます?」
「……い、いえ……」
「あぁ、良かった。話せるんですね」
「…………」
男がフッと表情を和らげる。
こんな時間に、こんな場所に、僕みたいな不審人物が突然現れたら警戒するものだと思うんだけど。
「あ、……」
しかも男は、見ず知らずの僕に自分が羽織っていた上着を肩にかけてくれた。
知らず震えていた僕を見て、偉そうな説法を説くこともなく、当たり前のように気遣ってくれたさり気ない親切を受けてなぜかすごく戸惑った。
丁寧な言葉遣いと柔らかな口調、おまけに体温を確かめさせるようにギュッと握られた手のひら、心まで温めてくれる上着……それらは、僕にはまるで馴染みのない優しさだったから。
〝ありがとう〟
そう言いたくても、何だか色々申し訳なくて、緊張して、声が掠れてしまった。
人肌で温もったその上着が、優しい気持ちが、真っ二つに壊れた心に染み渡った。
──オバケだなんてバカみたいな勘違いしてごめんなさい。驚かせてごめんなさい。助けたりして、……ごめんなさい。
やけっぱちでここへ辿り着いた中途半端な僕より、きっとずっと大きな覚悟を決めて来たはずの男は、僕のお節介に水を差されたんだ。
自ら命を絶ちたいと思うのは簡単だけれど、勇気があれば出来るとかそんな次元の話でもなくて、実行に移すのは容易じゃない。
我慢出来ない何かが積み重なると、それがどんどん大きくなっていって、心のキャパをオーバーするんだ。
引き金は些細なことかもしれない。でも積もり積もったものがあるから、逃げたくなる。現実を見ていたくなくなる。
僕は意気地ナシだけど、その気持ちは痛いほどよく分かる。
衝動的にしろ、計画的にしろ、この人は間違いなく死ぬ気だった。
冷たい水に身を投げて、すべてを終わらせようとした。
僕と同じ日、同じ時に。
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