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2.出会った二人は6
◇ ◇ ◇
「この部屋を自由に使ってください」
「いやでも……」
スペアキーを渡そうとするも、恐縮しているのか冬季くんはなかなか受け取ってくれない。
と言いつつ、ここへ連れて来るまで俺もかなり悩んだ。「助けたい」と言ったものの、それをどう実行すべきか考えていたが答えは出ず、結局自宅に連れてきた。
間一髪のところで俺を助けてくれた冬季くんは、家に帰れない事情があるという。それは追々話してもらうとして、寝床くらいは提供しようという結論に至った。
ホテルを借りるという手もあったが、何せ冬季くんは身分証はおろか財布すら持っていなかった。それに、今の冬季くんを質素で無機質なホテルに独りで泊まらせておくと、よくない考えをぶり返さないとも限らない。
俺が助けたいと申し出るに至った決定打は、「死にたい気持ちが〝もう少しやってみるか〜〟に変わってくれたら」という何気ない言葉。
俺も冬季くんも、我にかえると自らの行動を恐ろしく感じた。つまり二人とも、衝動的に死のうとしたということ。
それなのに彼は、俺を助けた。オバケだと錯覚していたのに、「死んじゃダメだ」と言った。自分もそのつもりだったはずなのに。
恩返ししたいと思うものだろう。
何よりも大切な命を救われたのだから。
それに加え、髪色や服装が派手で今時の若者特有の怖そうな見た目に反し、茶目っ気たっぷりな笑顔を見せてくれたのも大きい。一文無しなんだ、と困ったように笑われると、いったい何があってこんなにも純粋な子が「死ね」と言われてしまうことになったのか、経緯が猛烈に気になった。
そして最後に、冬季くんは俺に悲痛な面持ちで「助けてほしい」と言った。俺より十も若い青年は、左手首に無数の自傷行為と〝根性焼き〟の痕まであった。その時点で相当な訳アリな子であると判断し、俺にできることがあれば力になりたいと思ったのだ。
恩返しとは名ばかりかもしれない。
とにかく俺は、冬季くんのことを放ってはおけなかった。
「……ねぇ、やっぱり悪いよ。ここってりっくんの家なんでしょ? 見ず知らずの人間をホイホイ家に上げるのはよくないよ?」
「名乗り合ったじゃないですか。もう見ず知らずではありません」
「それはそうだけど……」
躊躇う気持ちは分かる。
俺だって、どんな状況下であっても突然知らない人間の家に連れ帰られれば、恐縮するというより不気味に思う。
名前は名乗ったが、俺は職業を明かせなかった。身分がきちんとしていることを示してあければ、冬季くんももう少し遠慮を消せるのだろうが……。
「その程度」に繋がる事情を話さなくてはいけないとなると、あまり気は進まなかった。
「……はい、これを」
受け取る気配のない冬季くんの手に、やや強引にスペアキーを握らせる。
もうすぐ六時だ。カーテンの隙間から、少しずつ明るい朝陽が射し込んでいる。
「あの……すみません。もっとお話していたいんですが、俺これから仕事があるので出なくてはいけないんです」
冬季くんを置いて行くのは心配だが、俺も運転で疲れた目を休める必要がある。
早めに医院を開けて、診療開始時間まで院長室で仮眠を取ることにした。ここで一緒に眠るのは冬季くんが嫌がるだろうと思ってのささやかな気遣いなのだが、それではホテルに泊まらせていた場合となんら変わらない状況だということに、言いながら気が付いた。
どうやら睡眠不足で頭が回っていないらしい。
「えっ? 今日って日曜だよね?」
同じ空間に居てあげたい気持ちは山々であると伝えると、冬季くんは目をまん丸にして見上げてきた。
「はい。一人にしておくのは心配なので、お昼に一度帰ってきますが」
「ん……? な、なんで昼に帰ってこれるの? ……マジでりっくん、なんの仕事してるの? ってこれは聞いちゃいけなかったか。ごめん」
あぁ、そうか。日曜は大体みんなお休みなのか。だから俺も、仕事や学校で平日の来院が難しい患者のために日曜診療をやってるんだった。
個人医院の特徴として昼休みが長いということも、俺の素性を知らない冬季くんにしてみれば不思議なようだ。
律儀に謝る冬季くんに、俺は「大丈夫ですよ」と答え、寝室に案内した。
「ここがベッドルームです。ともかく今日は疲れたでしょうから、ゆっくり休んでください。お風呂に入るもよし、冷蔵庫から好きなものをつまむもよし、昼に一度戻りますが、現金を置いておきますので近所のコンビニで買い物するもよし、……あとは……」
「りっくん」
あと俺にできることと言ったら何があるかな、と指折り数えていたところに、冬季くんからストップがかかる。
少し高めの声で、躊躇いのない「りっくん」……。
生まれて初めて、他人に付けてもらったあだ名。
まだ少し照れくさい。
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