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3.名前の無い関係に2
僕を拾ってくれた人は、何日かの間はとても良くしてくれる。
食べたいものはないか、欲しいものはないか、とっても親身に優しい口調で僕を構おうとする。下心があるから当然なんだろうけど、過去をいくら遡ったってそんな風に扱われた経験が無い僕はいつもそれに騙された。
一定の期間が過ぎたら、その頃がウソみたいに僕への扱いがぞんざいになる。話しかけても適当にあしらわれて、帰ってこない日が増えるんだ。
お金はくれる。一ヶ月のうち、相手の機嫌がいい日に千円とか二千円。それで僕は食いつないだ。
パパとママが居た頃に、少ないお金で飢えをしのぐ術が身に付いてたから不満は無かった。ちなみに自販機のおつりの所や、そばの溝は穴場だ。たまに小銭が転がっているから。
僕は、待ちぼうけと空腹は耐えられる。冷たくされたあと簡単に裏切られるのが、我慢ならないだけだ。
「──冬季くん、明日お休みなので一緒にお買い物に行きませんか?」
「……買い物? 何を買うの?」
リビングのソファで並んでお弁当を食べていると、りっくんからそんな提案をされた。
僕が首を傾げると、りっくんはニコッと笑ってキッチンに立つ。ビールや酎ハイがぎっしり入ってる冷蔵庫から、僕のためにと買い込んだお茶を二本持って戻ってきた。
りっくんはこの二日、予告した時間通りに帰ってくる。昨日も今日も、お昼と夜にこうして一緒に出来合いの弁当を食べた。
料理が出来ないから、りっくんの食事はいつもコンビニか外食なんだそう。
そのわりには、この家にはアルコールが大量に常備されている。寝室にもビールと酎ハイがケースごと置いてあった。
初日にそれを見つけた僕は、一見爽やかそうに見えてりっくんてば実はアル中なんじゃないかと疑ったくらいだ。
「冬季くんの身の回りのものを色々と」
「不自由ないよ?」
「まずは洋服かな。俺の服はサイズが合わないですし」
腰掛けるりっくんから、チラッと横目で見られた。
一着しか服がなかった僕は、りっくんの部屋着を借りている。袖を捲ってちょうどいい薄い水色のカッターシャツだけの格好で、俗に言う彼シャツ状態だ。
ズボンも貸してくれようとしたんだけど、りっくんのじゃ腰回りがブカブカで僕が履いても意味が無かったから、りっくん曰く「目のやり場に困りますね」のシャツだけになった。
僕が自立できるまでサポートすると張り切ってたりっくんは、今のところまだ、お弁当を買っておいただけで異常なほど喜んでいた初日の印象と変わらない。
人を疑うことを知らなそうなお兄さんだな、ってのは常に思ってるけど。
「君たちくらいの年代の子は、どんな所で洋服を買うんだろう? 冬季くんはあの独特な服をどこで手に入れたんですか? 俺をそこに連れて行ってくれませんか?」
「いいけど……りっくんは普段どこで買ってるの?」
「俺は自分で買ったことがないので分からないんです」
「えっ? 何それ、どういうこと?」
いかにもな発言に、お茶を吹き出しそうになった。
見た目はかなり若いけど、りっくんは二十九歳になったって……言ってたよね?
その歳になるまで自分で服を買ったことがないってこと? そんなことがあり得るの? じゃあ今僕とりっくんが着てるのは誰が調達したの?
ギョッとした僕は、「うーん……」と呻くりっくんの日本人離れした彫りの深い綺麗な横顔を凝視した。
まさかとは思うけど、りっくんって……。
「なんと言えばいいのかな。今持っている服は全部実家のクローゼットから持ってきたもので……」
「りっくんってお金持ちなの?」
思わず口を挟んでしまった。
言動がずっとおかしいんだもん。気になっちゃうよ。
服のことだけじゃない。車だって、無知な僕でも知ってる高級車メーカーだ。少ない生活用品や電化製品あれこれも、僕がこれまで居たどの家にも無いものばかり。
部屋着として借りたカッターシャツも、聞いたことのあるブランドの物で気後れしたっけ。
あくまでも部屋着だから気にしないでって言いくるめられたものの、袖を通してみて感動した。〝何これ、めちゃくちゃ着心地いい……〟って。
さすが大人の男。上質なものを好む高級志向なんだ──という予想は、惜しかったけどちょっと外れてるみたい。そもそも〝実家〟がそうなら、生活のレベルを落とせないだけだ。
「もし俺がお金持ちだったら、騙す標的になりますか?」
「……かもね」
「じゃあ貧乏育ちだってことにしておいてください」
「あはは……っ、分かった」
やっぱりか。りっくんはクスクス笑って、肯定はしなかったけど否定もしなかった。
じゃあ誰が服を調達してるのか、その疑問もりっくんの返しで分かっちゃったよ。
つまり実家に、身の回りのお世話をする人がいるってことでしょ。
一瞬、彼女が用意してるのかと思って謎にヒヤッとしたけど、りっくんは〝実家のクローゼットから持ってきた〟って言ったもんな。
りっくんは高給取りの高級志向な人なんじゃなく、お金持ちの家で生まれたから余裕があるんだ。
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