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3.名前の無い関係に10

◇  中華料理で満腹になり、車に乗り込んだ直後だ。またしても冬季くんから唐突な疑問を投げかけられた。  俺たちは周囲の人からどういう関係性に見えているんだろう、という話だ。 「さぁ……俺たちですら説明できませんので何とも」 「まぁね」  しれっと返したが、まさに俺も同じようなことを考えていたのでわずかに浮き足立つ。  この関係性に名前を付けても良いという、冬季くんからの伏線なのではないかとポジティブに受け取りかけたが、『待てよ』と頭の中で俺を止める声が聞こえた。  俺たちは、出会ってまだ一週間。  サポートとは名ばかりで、俺は身元も確かでない冬季くんに寝床と食料と金銭的援助をしている、ただの物好きな怪しい人物ではないか。しかも結婚の予定すら無い三十路の独身男が、そんなことをしているのである。  冷静に考えると、第三者が聞けば俺も冬季くんも大丈夫なのかと心配されかねない間柄だ。  加えて〝友人として位置付けていること〟を明かした後に、若い冬季くんから「友人? 僕たち十も離れてるんだよ? それはちょっと馴れ馴れしいかもね?」などと可愛く毒吐かれ、微笑まれでもしたら……しばらく塞ぎ込む自信がある。  ……余計なことは言わないに限るな。  これ以上話を掘り下げるのはやめておこうと、俺は口を噤む。  いつまでも駐車場に停めてはいられないので、行き先は決まっていないが車を出した。  今度こそ、冬季くんの行きたいところへ行こう。あてもなく車を走らせるのは効率が悪い。  時間というものは大切で有限なのだから。 「あの……りっくんってさ、その……付き合ってる人にウザイとか言われてたんだ?」 「えっ!?」 「昨日言ってたじゃん。女の人からよく言われてたって」 「あぁ……その話ですか……」  今日の冬季くんは突然の質問が直球すぎる。さらには決まって、俺が口を開こうとしたタイミングだ。  けれど冬季くんの方から切り出してくれたのはありがたい。昨夜は、いかに古傷を抉らず冬季くんの心へ踏み込むか、その方法ばかり考えていてなかなか寝付けなかった。 「言いたくないなら言わなくていいよ?」 「いえ、大丈夫です。ウザイ……そこまでハッキリと言われたことはありませんけど、〝しつこい〟、〝怖い〟とはよく」 「怖いっ? なんで怖がられてんの?」 「分かりません。好きだと言うからお付き合いしたのに、俺はいつもフラれていました」 「そうなんだ。ていうかりっくん、女の人には上から目線だったりする?」 「えぇっ? そ、そんなことは……。なぜそう思ったんですか?」  俺が女性に対して上から目線だなんて、もちろん意図していないしそんなこと考えてもみなかった。  もしかして、〝一緒に直そう〟と言った冬季くんには俺の欠点が見抜かれているのか。  あまりに興味深い話題で気が散り、俺はどこか車を停められそうな場所を探した。 「告白されたから仕方なく付き合ってやったんだぜ、それなのにフりやがって、……に聞こえた」 「あぁ、いや……そんなつもりは……」 「僕には全然そんな態度しないし、むしろ優しすぎるくらいだから意外だった」 「…………」  過去に良い思い出が無く、誤解を招くような言い回しだったのは否めない。  しかしこれは……アル中疑惑同様この場できちんと弁明しておかないと、俺のイメージが〝上から目線のイヤなヤツ〟になる。  そんなの最悪だ。格好悪いどころか、そんなヤツ男として終わっている。 「冬季くんは俺に何も要求しないじゃないですか。家がどうとか、俺が長男かどうかとか、年収とか、その……色々聞いてこないですし……」  俺が優しいかどうかはさておき、少なくとも冬季くんは無欲で、俺に気を遣ってくれて、無闇やたらと詮索もしてこない。  絶対的に言えることは、とにかく冬季くんへは初っ端から放っておけないという思いでいっぱいなだけ。  視線を逸らした俺の隣で、「あ、なるほどっ」と冬季くんが手を打った。 「りっくんは詮索されるのが嫌な人なのに、相手がしつこかったんだね?」 「……かもしれません」 「じゃあ自分にも色々教えてよってことで、りっくんも相手にしつこく聞いちゃった……と」 「……かもしれません」  冬季くんのこれは、俺が苦手とする聞き込み調査だ。それなのに俺は不快に感じることなく、過去を思い返してまで彼のひらめきに協力しようとしている。 「それでウザイって言われるの? 向こうが好きだって言ってきたのに? りっくんは誰が見てもハイスペ男子なんだから、付き合えただけでも嬉しいもんじゃん、ね?」 「ハイスペ男子って何ですか?」 「ハイスペック男子。何でも揃ってるりっくんみたいな人のこと」 「いえ、俺はそんな……」 「謙遜すると嫌味になっちゃうくらいハイスペ男子だよ、りっくんは」 「うーん……」  そんな事ない。俺に何でも揃っていたら、それこそ結婚でもして幸せな家庭を築いていてもいい年齢だ。  言い寄ってくる女性が多いことと、人生の幸福度は必ずしも比例しない。  俺の自己分析は、〝欠陥だらけ〟だ。 「思い返せば、お相手の顔色も見ずに根掘り葉掘り聞いちゃってたんで、さぞかし鬱陶しかったんだと思います」 「そりゃ聞くでしょ。相手のことよく知りたいもんね?」 「はい、……。せっかく縁あってお付き合いしたのに、俺のことより実家に興味津々なのが見え見えで嫌でした」 「お金持ちだからかな」 「……おそらく」  決して、彼女たちを否定しているわけではない。扱いに困る、どう接するのが正解か分からない、女性はとにかく気難しいという結論に至っただけで、それは俺にも多分に原因はあったのではないかと今なら気付く。  冬季くんに情けないところは見せたくないけれど、多くを語らずしてこれだけ理解してくれるのは、やはり彼も俺と同じ性分だからなのだろうか。  ジッと俺を見ている冬季くんに視線を戻すと、「じゃあ……」と言い渋るトーンで核心に迫られる。 「りっくんから好きになった人っているの?」 「いえ、いません」 「即答はヒドいんじゃない? こんなの聞かせらんないよ」 「誰にですか?」 「ううん、こっちの話」 「…………?」  詰めると、冬季くんはプイとそっぽを向いてしまった。  よく分からないが、なぜか俺は非難されていた。  交際経験がありながら人を好きになったことがないというのは、確かに道理が通らないかもしれない。  とはいえ冬季くんから非難されるならともかく、どうも第三者を哀れんでいるように聞こえてならない。  俺はこんな話、冬季くんとしかしないよ。  わずかでも踏み込む許可を出され対価を貰った分、俺にも少しだけ詮索の機会を与えてもいい。  そう思えたのは君だけだ。冬季くん。

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