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賄賂はチョコレート

「うぐぅううううう!!」 「いってーーーーー!!!!」 「だから言ったじゃん!!!」 いきなり唸りだした由香ちゃんは、俊君を一瞥したのちにその頭上を通り過ぎながら僕に向かって大きく手をフルスイングしてきた。 もちろん由香ちゃんの渾身の引っ掻き攻撃はなぜか途中で拳に変わり、僕の顔面にクリーンヒットした挙句、2発目を俊君が止めてくれなければ確実に痣になっていただろうと思わせるくらい見事な拳だった。 「由香ちゃん引っ掻かないって言ったじゃん!!」 「俊君としか約束してない!」 「僕関係ないじゃんかー!」 「二人の約束にきいち君は入ってないもん!!」 「なるほど。」 たしかに。 引っ掻かない約束は2人だけの約束、と言っていたのを思い出し、これが恩をあだで返されるということか…空気読んだのにな、と腑に落ちない思いもしたが、フルスイングの軌道は俊君も捕えられていたはずなのに、あの一瞬で約束を思い出し、攻撃対象を僕のみに絞った。由香ちゃんこええ。暴君エクストリームより怖い。主に物理で。 「お、おれきいち保健室つれてく。」 「俊君、もういいよかえろうよ…」 「由香悪くないからね!!きいち君が悪いんだからね!!」 「ぇぇ・・・・」 まさか小学校でここまで見事な理不尽を経験することになるとは思わず、俊君に付き添われて連れて行かれた保健室では、赤く腫れた頬を処置されながら事情を説明した。 保険の先生は、それは大変な目にあったわね?と言ってくれるわけでもなく、困ったような顔で僕の手を握りしめて言った。 「きいち君、怪我をさせた女の子の心が一番痛いの。これは女の子の心をかばった男の勲章だと思わなくちゃ!」 などとのたまわれ、呆然とした僕の隣では俊君が一言ポツリと「何を…言ってるんだ…」とかいうもんだから、完全にあの場の空気は異世界に通じていたと思う。 灯台下暗しだ。異世界へ続くゲートが常に僕の目の前に開かれていたとは… そして、子供ながらにそう思ったのが実は的を射ていて、僕はこの小学校在学中に数々の事件に巻き込まれていく。大人になって振り返ってみると、まるで冗談のように魔物めいた人たちで構成された特殊な場所だった。             「宿題忘れた人は、一列に並べー!」 きた。 僕は怯えていた。国語の音読の宿題自体は忘れずにしてきたのだが、音読カードに親からのサインをもらうのを完全に忘れていた。 国語の六村先生の前に、男女含めて5名の生徒が一列に並ぶ。みんな特に反省の表情は浮かべていない。そりゃそうだ。六村先生のお仕置きなんて軽いもんだと思っているからだろう。 「俊君、」 「きいちやばい、今回もあれだ」 「えぇ…また?」 宿題を忘れた生徒は、教卓にふんぞり返って座っている先生からあることをされる。家族間では当たり前のことだ。だから僕自身も最初は少し嫌だったけど、これくらいで済むのならと受け入れていた。 それをお仕置きとして強要される異常さに気づいたのは、転校生で親友の俊君だった。 「またお前たち忘れたのか!ほんとに仕方のないやつらだな。」 そういって、本当にしぶしぶ、仕方なく。といった雰囲気でキスをする。そして決まってチョコを握らせてこう続けるのだ。 「先生もお母さん方にお前が不真面目に宿題を忘れたことを秘密にしてやるから、お前もこのことは黙っておくんだぞ?いいな?」 僕達の初キスは安いチョコレートと引き換えに奪われていた。 「きいちは変だと思わないの?」 「なにが?」 小さい手のひらの上で、ころりとした小粒のチョコレートがキラキラした包装紙に包まれていた。 「六村先生のお仕置きだよ、親に言うなってやつ。」 「うーん、チョコ嬉しいけど、ちゅうはいやだよね。」 「ちゅうを家族以外とするのは、へんだよ。」 「でも宿題忘れてこなければ平気だよ。」 「そうだけど…」 俊君は何とも言えない顔をして、せっかくもらったチョコレートを食べずにポケットにしまった。 なんか変だけど、それが何で変に思うのかを明確に言い表せるほど長く生きてないし、ましてやニュースなんて見ない。 だから腑に落ちない何かを感じながらも、それについて誰に伝えていいかもわからない僕たちは、六村先生の国語の授業がなんとなく怖かった。 先生の存在やちゅーの罰ではなく、なんとなく他の授業とは違うクラスの一体感みたいなものが、少しだけいつものと違ったからだ。

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