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灰色の空
「うげっ」
「またこれは手の混んだ嫌がらせを…」
高杉くんとの関わりを持ち始めて一週間。僕は何故か嫌がらせを受ける羽目になっていた。
「また偽造ラブレターか。まさか校内掲示板に貼るとは…」
「僕こんなに綺麗な字じゃないんだけどなあ。」
ピッ、と校内新聞や卒業生紹介、イベント情報などのチラシに紛れて貼り付けられていた便箋を剥がし取る。
内容は、僕が誰かに当てたと思われるラブレターだ。明らかに字体は女の子のような丸文字で、本人の僕より文字が読みやすくて逆におもしろい。
通算4枚目の偽造ラブレターは、僕を晒し上げる罪状のようだった。
写真部の益子にも真相について聞いてくる新聞部や、他クラスの奴が面白がって絡んできたりと少しずつ被害がきている。
益子は気にしてないと言うけど、僕はなんだか後味が悪い。
つもり始めた苛立をぶつけるかのように、偽造されたそれをビリビリに破いてゴミ箱に捨てた。
「きいち、なんか最近ぴりぴりしてるね?」
「…そうかなぁ、そんな顔してた?」
「してるしてる。せっかくきれいな顔してんだから、笑っておかないと。」
「あはは…」
高杉くんは心配そうな顔で僕の前の席に座る。益子はタイミング悪く席を立っていた。
僕はなんだか顔を見られたくなくて、眠いふりをして机に伏せた。高杉が悪い訳じゃないんだけど、なんだか今は気持ちが荒れてていつもどおり振る舞うことができなさそうだからだ。
「っ、…」
「きいちって肌白いよな。」
高杉くんの冷たい指先が、シャツの襟から侵入して項をするりと撫でてくる。ぞわりと鳥肌が立つような嫌悪感が体の内側から襲う。オメガからしたら項を無遠慮に触る行為はひどく厭われる。だけど僕は自衛も兼ねて、オメガだということは言っていない。
身長も普通のオメガに比べると高い方なので、今まではバレずに過ごすことができていた。だけど、ここのところの嫌がらせを受けた僕は、周りの目に敏感になっていた。
「た、たかすぎくん…それやだ…」
擽ったいのと、ざらついたもので体を舐められるかのような嫌悪感が僕の身をすくませる。高杉くんはおもしろそうにくすくす笑うと、ごめんごめん、と軽い口調で流す。項から他人の体温が取り払われるとやっと呼吸ができた。
「きいちは項が弱いの?」
「…くすぐったいのは嫌だ。」
「ふぅん?覚えとく。」
何かを見透かすように目を細められる。苦笑いで受け流したけど、何が苦痛かってクラスの一部から面白いものを見るような視線が刺さることだ。
彼はモテる。そんな人気の高杉くんが気にかける僕に対する値踏みのような視線は、隠そうともしない。
こんな目線や憶測を話す小さな囁きを一週間、それも徐々に露骨になって来ると居心地が悪くて仕方がない。
何も悪い子としてるつもり無いのに、なんかな…
「おーい、あ。高杉もいるじゃん!」
「げっ、きたな邪魔者。」
ガラリと扉を開けて戻ってきた益子に、こんなに安心する日が来るとは思わなかった。よく考えたら、頻繁につるむのは益子と吉崎くらいだ。この二人が離れたら、苦手な高杉くんしか残らない。こんな考えはしたくないけど、今は高杉くんと二人でいるのは嫌だった。
「あれ?なんできいち死にそうなの。」
「ん?体調悪いのか?」
「や、うん…まぁ…」
ストレスが顔色に出てたらしい。益子は何かを察したように、ちらりと高杉くんをみた。
「どーする?具合悪いなら保健室つれてくけど。」
「うーん…どうしよっかな。」
「俺が連れてく?ちょっと心配だし。」
「だ、だいじょうぶでーす!頭悪いから授業ついてけないのこまるし」
益子の提案に乗りたかったが、高杉くんからの申し出を断ってまで益子にお願いするのは違和感しか残らない。気が滅入ってるくらいで体も特に問題もないのでありがたく辞退した。
それに、たまたま高杉くんが仲間入りした時期と被ってただけで、原因は彼ではないかもしれないのだ。
気が滅入るとネガティブになるのは仕方がないが、なんでも彼のせいにするのもいけない。
益子の友達だし、距離が近いくらいでそれ以外は普通、だと思うし。
「ホントに具合悪くなったら言うよ…へへ、」
「ならいいけど、」
授業の予鈴が鳴る。休憩時間の空気が気だるさとともに切り替わる。普段なら嫌気しかない授業の合図も、今この時だけはありがたかった。
「すげぇ湿気た顔してんじゃん。うけんね。」
「そんなに…?」
疲れて帰ってきてのオカンの第一声である。息子に対する心配とか労りとか、そういうの飛び越えてウケんねという感想がさすがだ。
「そういや今日は吉信早く帰ってくるってよ。」
「えっ、珍しくない?夜中?」
「晩御飯までは間に合うってよ。」
「じゃあもうすぐじゃん!具合でも悪いの?」
しーらね。と旦那なはずなのに全く無関心でちょっと面白い。僕もこんなふうになるのだろうか。俊くんは吉信よりも出来る男たと思うから心配ないだろうけど。
「あー、雨降ってきそう。きいち傘持って駅まで迎えに行ってやれ。」
「今帰ってきたばっかなのに!」
「親孝行しろバカ息子。」
「鬼嫁ぇー!!」
仕方なく、本当に仕方なく私服に着替えてオトンを迎えに行く。さっきまで晴れ間が見えてたのに、今はどんよりと曇ってい、すぐにでも泣き出しそうな空模様だ。
傘を2本片手に歩いて迎えに行く。入れ違ってもめんどくさいので、いまどこ。と連絡すると、もう駅につくときた。まじで今日は帰ってくるのが早い。
迎えに行くからまってて!と返信をすると、了承を意味するのか、り。だけ帰ってきた。
うちの両親はまじで一文字だけで返す。マジはちなみに、ま。である。
「あー、もう!」
ぽちりとアスファルトのろ面に水玉ができた。せめて駅につくまでは我慢してほしかったけど、もうすぐそこだ。
僕は一つ気合を入れると、駆け足で駅へ走った。
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