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伸ばした手の先
俊くんから、今日の放課後は寄らなくてはいけない所があるとかで一緒に帰れないという旨の連絡が来ていた。
終礼前にそのメッセを確認した僕は、なんだか寂しい気持ちになってしまい項垂れた。机の冷たさが気持ちい、俊くんの撫でてくれる大きな手を思い出して余計に落ち込んだ。
「なんかすげぇしょぼくれてんな?」
「ううう、俊くんと一緒にかえりたかったよおお…
」
「今日は益子で我慢しようかきいちくん。」
事情を察した益子が慰めるように肩を揉む。やめろぉ、お前の手はお呼びではないのだ…、唸り声をあげてぶすくれる僕がよほど面白いのか、パシャリと写メを撮ってきた。
「お前の画像を俊くんに送ってみた。」
「おい!送るならもっとかっこいく撮ってくんない!?」
ほらよ、と益子がスマホを見せてくる。そこには机に頬を貼り付けて表情を歪ませた僕の情けない顔が見事に写されていた。撮影の腕をこんなとこでも見せつけなくてもよくない!?
「なんか楽しそうなことしてんね?」
「お、きたなイケメン。お前も今日暇なら一緒に帰らねえ?」
「きいちが一緒なら俺も帰る。」
「きいちだいすきだな!?お前モテモテなのうける。」
高杉くんは冗談交じりにそんなことをいう。これが人気者たる所以なのかはわからんけども、僕にその耐性は無いのだ。というかもしかしてこれは3人で帰る流れか?何やら益子が浮かれ気味である。企んでても抑えが聞かずにバレるタイプが益子だ。
「お前らに見てもらいたいものがあるのよねん。俺が撮った写真飾ってある写真館なんだけどさ、一緒にいかね?」
「えっ、美人なお姉さんのとこ?いくいく。」
僕も一応男の子なので、綺麗なお姉さんは大好きである。主に目の保養だけどな!!高杉くんも興味深そうにしているので、一緒に行く流れは確定だなこれ。
「お姉さん?忽那さんはお兄さんだぞ。」
益子の訂正に僕と高杉くんは同時に驚愕の声を上げた。
「まさか益子の言う近所のエッチなお兄さんが忽那さんだったとは。」
「しかもエッチなお兄さんと言うよりも綺麗なお兄さんだったな。」
「お前ら忽那さんに俺がエッチなお兄さんとか言ってましたとか言うなよ!?」
ていうか僕は吉崎が好きだと思っていたので以外だった。益子は信用ならんという顔で僕らを見てくるが、初対面の綺麗なお兄さんに貴方が噂のエッチなお兄さんですか?などとアウトローな事を言うはずがない。
というか普通の人は皆そうだよね?え?益子なら言うのかな。あいつ常識たまにないしな。ありえる。
結局三人でじゃりじゃりとアスファルトを踏みつぶしながら目的地に向かう。学校の友達を連れてくることは事前に言っているようで、発言に対する信頼はないものの、紹介するのを楽しみにしているようだ。
「てか年上だよな?もう告ってんのか?」
恋愛に関しては様々な経験をお持ちと噂の高杉くんが切り込んでいく。高杉くんもイケメンフィルターかかっているが、結構聞きづらいことをずばりと踏み込んでいくよな。
聞かれた益子は照れくさそうにしながら指を3本立てた。
「30回はアピってるぜ。」
「嘘だろ普通3回っていう流れだろ。」
益子の度胸というか、鉄のハートというのかはわならないが、忽那さんビック☆ラブである事はよーくわかりました。もう落ち着いて見せてるけどオーラが忙しない。
そんなこんなで他愛もないことを話しながら、途中で益子が忽那さんに差し入れするケーキも購入したりなんかして目的地まで目前、というタイミングだった。
ふわりと春に咲く花のような爽やかな香りがした気がした。近くに花屋もなんにもないのに、益子の購入したケーキもチョコレートなのでこんな香りはしない。
僕が変だな、と香りの出どころを探ろうとしたときだった。
「…葵。」
「え、だれ?」
ぼそり、と無意識に溢れる様に益子が呟く。先程までの浮かれたテンションとは全く違う、聞き慣れない低めの声だった。
「この、匂い。」
「あ、ちょっと!!」
高杉くんが口元を抑えると同時に、隣を歩いていた益子にケーキを押し付けられた。当の本人はこっちのことなんて見向きもしないまま、物凄い勢いで写真館へと走っていく。
なんだか全く分けのわからない状態だけど、置いてけぼりも嫌なので、慌てて益子の後を追った。
近づくに連れて濃くなっていく香りは、一部の人間の足を立ち止まらせるレベルだった。益子がドアを覗き込むようにして張り付く男たちを引き剥がすようにして道を作る。ようやくこの異様な状態の答えが僕の頭によぎった。
これは、オメガの発情期の匂いだ。
「うそ、ちょっとまずい!!」
僕は同じオメガだからなんともないが、益子はドアの前で牽制するように近寄ろうとする男たちと対峙していた。体格のいい男の人達は、番のいないアルファか。目視で三人、ヒートに当てられてる様子が見て取れた。
だとしたら益子一人で牽制するのもやばい。当てられたアルファの理性のタガは簡単に外れやすい。
「高杉くん警察官呼んで!!できればベータの人!!」
「わ、わかった!!きいちはどうすんだ!」
「どうにかする!!」
高杉くんを慌てて交番の方に向かうように言うと、走って益子の方に向かう。益子は室内に入りたそうだけど、今は無理そうだ。
「益子!!」
「あんたらまさか無理やりオメガをどうこうしようってんじゃねぇだろうな?」
「高校生じゃあ役不足だろう?救急車が来るまで俺らが助けてやるつもりだ。ガキは引っ込んでな。」
「あ?テメェこそ役不足だ。さっさと帰れ。」
僕の声は見事に届かない。完全にキレちゃってる。僕はタッパがあるからオメガだとはバレないだろうけど、発情期はかなり辛い。益子の喧嘩も止めたいけど、ここは頑張ってもらうしかない。
僕は写真館の裏側に向かって走ると、トイレであろう小窓を見つけた。この高さなら登れそうである。
一方的に知ってるだけの忽那さんだが、今からする器物破損だけは赦してくれるようにお祈りして、そこらへんにあった石の尖ったほうをガラス面に向け、大きく振りかぶった。
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