94 / 268

今欲しいもの

「あっ…、」 先陣きって最後の借り物のお題が入っているボックスに駆け寄ると、手を突っ込んで引いた一枚にポカンとした。 借り物って、物でなくてもいいのか?僕の基準だとカメラを借りてこいだとか、特定のカラーの帽子だとか、なんかそんな具体的なイメージだった。 果たして深い意味があるのだろうか、それともイベント感を出すため?むんむんと僕を悩ませるお題を素直に受け取ったとして、それはそれではずかしい気もする。そんな感じでぐだぐだと考えていると、最下位だったはずの野田がボックスにたどりついたところだった。 「うううう、もう!!最初っからこれ仕組まれてるだろ!ざけんなっつの!!」 僕はここで負けたらこんな格好した意味が無いと言うこともあり、お題の紙を握り締めたままパタパタと走って観覧席へ向かう。ざわつく来場者の間をすり抜けて、向かう先は決まっている。おい誰だ尻触ったやつ!!後で覚えておけよ! 「ひぃいっ…俊くんきてぇええ!!」 こんなかき分けないと俊くんの元に行けないとかおかしいだろう!僕はなんとか人混みを抜けると、慌てて走ってきた俊くんの胸に飛び込んだ。とにかく人混みはセクハラがすごくなるというのは学んだ。みんな欲に忠実すぎだろ!!ちんこついてんだから僕で妥協すんなよなと背後を振り返って威嚇すると、全員が全員見事に目をそらすじゃん。仲良しかよ。 「おまえ、なんつーかっこしてんだ…」 「安田の呪いだね!!それより僕と一緒にきて!」 「ん、借り物か。わかった。」 「おわ、っ…ありがと…」 俊くんが羽織っていたシャツを心許ない僕の下半身に巻きつけてくれる。よほど見られたくなかったのかなと思いつつ、そのまま俊くんの手を握ってグラウンドにもどった。仁も下山先輩と田所先輩も目的のもの探しに奔走しているようで、野田がウエディングドレス姿でおじいさんを連れてきている以外はまだなようだった。 「では野田先輩、お題は?」 「茶色のベストを着ている人!!」 「残念、これは茶色じゃなくて黄土色だねぇ。」 「判断基準ハードすぎる!!」 結局野田は駄目だったらしい。連れてこられてたおじいさんは参加できたのが楽しかったのか、ご機嫌で野田と別れていた。 「次…、片平先輩!」 「ハイハイお待たせ!!」 「おい、これ大丈夫か。」 「えーと、お題は…」 何だか俊くんの目の前で話すのも気恥ずかしかったので、そそくさと係の子の前に行って紙を広げて見せた。ビシリと親指で俊くんをアピールすると、若干頬を染めながらオッケーをしてくれた。 「片平先輩、大胆っすね…」 「いや、だって他に思いつかなかっ」 「おら、ゴールすんだろ行くぞ。」 「あれ!?やっぱなんかキレてるよねぇ!?ねぇなんで!?」 話の途中で何故かキレた俊くんに抱え上げられてそのままゴールに向かう。なぜ俵担ぎ!?パンツ見えちゃうから!!と借りたシャツを片手で押さえながら見上げると、今度こそ野田がオッケーを出されてこっちに走ってくるところだった。その横には茶色のベストを着た外国人のおじさんがにこにこしながら着いてきていた。 「おわ、僕一位!!!おし!!」 「はいはいよかったな、で?なんのお題だったんだ。」 「うん?今欲しいもの。」 「今ほしいもの…なるほどねぇ?」 先程の不機嫌な顔とは裏腹に、僕の腰に腕を回した俊くんが一気にご機嫌になる。やめろよぉ!絶対そんな反応になると思ったけどさぁ!うぅ、雄臭い顔今日もかっこいいです本当にありがとうございます。 ぐいぐいと照れ隠しで尻で俊くんを押し返すと、大胆だな?とか更にからかってくる。ちっげーし! 「おいこらバカップル!いちゃついてないでさっさと一位のとこに移動しろ。」 「益子!と、ぼくのぱんつ!!着替えていい?」 「まだだめー、面白いからみんなの撮影終わるまでその恰好な。ほれ俊くんこれやるよ。」 「おー、あずかっておく。」 「おいこら僕のぱんつ!!!」 ぺいっと益子が渡したボクサーを俊くんが回収する。なんでだよ!!このこっ恥ずかしいぱんつでいろってか!!むっとして見つめ返すと、にこりとキレながら微笑まれた。 「危機感ねーからお仕置きな。」 「ひぇっ」 「これは汚したとき用の替えとして俺が持っとく。」 「ぴえん。」 益子が諦めろと肩をすくませているのがむかついたのでとりあえず殴っておく。汚されるようなことが無いようにお願いしたいが、不機嫌な俊くんなのでやらないという選択肢はなさそうである。ふっつうに予告されるとちょびっとだけ期待しちゃうじゃん。 「…お前その格好で照れるなよ。」 「うう…、」 「先が思いやられんなぁ俊くん。」 「はぁ…。」 俊くんの背に頭をくっつけて顔を隠しつつ、益子がニヤニヤしながら見てくる視線から逃げる。しかたないだろこちとら思春期ぞ!?えっちなことに敏感なお年頃である。 そんなことしてるうちに、3位になった田所先輩が顔を赤くしながらこっちにきた。隣に小柄な男子生徒を連れていて、漏れ出た話を聞く限りではお題は好きな人だったらしい。 まさかのカップル誕生の瞬間だ。先輩もバニーガールでよく挑んだなと感心した。格好はあれだけども男らしい行動が彼の心に響いたのだろう。初々しくお互い握りあった手に照れる様子が誠に青春である。 何となくそれを見ていると、俊くんが手を握ってきてくれた。ちらりと見上げると、これがしたかったんだろと言わんばかりだ。口元が緩む。思わず腕に抱き着くようにして指を絡めると、空いた手でわしわしと頭を撫でられた。 結局一位は僕、2位が野田で、3位が田所先輩。4位の仁と下山先輩が同着だったのでじゃんけんという微妙な形で勝敗を決めることになったが、色んな意味で会場が盛り上がったこの競技で、体育祭は締めくくられた。最後は大笑いしておしまいという秋の一大イベントはこうして幕を下ろした。 僕のクラスは3位だったけど、なんだか前回よりも楽しめた体育祭だったし、結局ボクサーは帰ってこなかった。 なんでだよ!!

ともだちにシェアしよう!