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このときめきの名前は
「はぁ…っ…すんません…こいつ、俺の弟で…」
「おにいちゃぁあ!!!」
「おわ、っ…とと、」
なんと王子様フェイスヤンキーと名高い横溝くんの弟さんだったとは!チョコバナナを持った手で大好きなお兄ちゃんのところに行こうと暴れたせいで、抱いていた忽那さんがふらついた。すかさず益子が腰を抱いて支えると、横溝くんに飛びついたゆきおくんが、それはもう清々しいまでにギャン泣きである。
「ったく、もおお…おまえほんと、心配させんなよ…」
「うぎゃぁぁあ!!お、お、おにいちゃ、うえええん!!」
「ほんと、すんませんでした…って、片平?」
「こんばんは!ちなみにずっと抱っこしてたのは忽那さんね。」
「ゆきおくんいいこにしてたよ、すごく可愛かった。」
ゆきおくんを片腕で抱き上げ、好きなようにさせている横溝くんが呆気にとられた顔をする。わかる、忽那さん美人よな。益子が隣で腰を抱いているのを見て、噂の番か…と納得した横溝くんは、一緒に居合せた学と末永を見て、またしても目を丸くした。
「あ?お前ら初詣行くほど仲良かったっけ?」
「ああ、先月から付き合っている。」
「あ、あそう、…水くせえ、言えよ…」
学が照れたように無言になるのを末永くんが愛おしそうに見ると、ごちそうさんとばかりに笑顔を引きつらせて僕の方に振り向いた。わかる、ギャップがな、すごいよなぁ。
「まあ、弟が世話になった。俺も家族で来ててさ、お前らも楽しめよ。じゃあな。」
「俺おっきくなったらお兄ちゃんたちと結婚するぅ!まっててぇ!」
横溝くんに促されて振り向きながら満面の笑みで手を降ってくれるゆきおくんに僕と忽那さんが悶絶する。ゆきおくんがお兄ちゃんみたいにプレイボーイに育つ未来がみえるぞ…!!自分の顔がいいことを絶対理解しているっ!!二人でにこにこしながら手を振りかえして見送ると、益子も俊くんも面白くなさそうな顔をしていた。
「ケッ。」
「俊くん!?!?」
いまだかつて聞いたことのないような露骨な拗ね方に衝撃を受けて振り向くと、何事もなかったかのような顔をして甘酒を飲んでいた。僕の気の所為じゃなければ、いまケッで言ってなかっただろうか?思わずマジマジと見つめると、ニッコリと笑ってごまかされた。
「さて、問題も解決したことだし仕切り直しと行こうか。」
末永くんが場の空気を切り替えるように手を叩く。そうだ、初詣に来ていたんだった。結局忽那さんが自分用に買ったチョコバナナはゆきおくんにあげてしまっていたので、僕の分として買ってくれたそれを忽那さんに渡した。学はスマホで連絡を取る時に末永くんに渡したら食べられてしまったようで、ぷんぷんして新しいものを買えと言っている。策略家だ…末永くんがにこにこしながらいくらでも買ってやるといちゃついている。最初からそのつもりだったに違いない。
そんなこんなで道中食べ歩きも兼ねて早速の本題である。
「そういや、神様にお願いするときに住所とかもいうんだと。」
ぞろぞろと人の流れにまじりながら6人で歩く。俊くんが思い出したかのように言ったのはお参りの心得だ。なんでも、住所氏名年齢の後にお願いをしないと、神様が誰の願いだったかわからなくなっちゃうそうだ。
「ほへぇ…、ならちゃんとやらないとなぁ。忘れないようにしなきゃ。」
「きいちくんは叶えたいお願いあるんだ?」
忽那さんがにこにこしながら聞いてくる。ただこれって口にしたら叶わないんだったかとギリギリで思い直したので秘密にしたが、興味深そうな顔で俊くんが見つめてきたのが気恥ずかしい。
「んふふ、まあ、叶ってるみたいなもんなんだけど…なーいしょ!」
繋いだ手を揺らしながら、ゆらゆらと揺れるように参道を歩く。賑賑しい喧騒は年末らしさを称え、香る屋台グルメの美味しそうな香りや子供のはしゃぐ声、酔った若者たちのごきげんな歌声まで聞こえてきて、まさに年の瀬。冷たい空気を震わせて白い吐息を漏らしながら、みんなで新年を迎えるひと時を楽しむ。
この人混みのどこかで、横溝くんたちも新年を迎えるときを今か今かと待ちわびているのだろう。少し寒くて鼻も耳も赤くなっているはずなのに、なんだかこんなかけがえのないひと時がぽかぽかと腹の中からあたためてくれる。
繋いでいた手はいつの間にか流されないようにと腰に周り、ちらりと盗み見た俊くんも、僕とお揃いで鼻と耳を赤らめて同じ時間を楽しんでいる。
益子も忽那さんも、末永くんも学も、それぞれのお願いを胸秘めてなんだか楽しそうだ。
「ふふ、また来年もみんなで行きたいね。」
「受験で死んでんだろうし、気分転換とか言ってなんだかんだ集まるだろ。」
「おい俊くんが嫌なこと言ったぞ!」
「やめろよまじで!俺ら受験のこと考えないようにしてたのに!!」
「現実を見ろ。事実だろうが。」
学と僕と益子は、来る受験というイベントを思い出させた俊くんにブーイングをする。いいよな俊くんは頭いいから!!とまあ、僕も同じ大学に行くのだし頑張らなきゃいけないのだけど。
「神頼み…なんだか増えちゃいそうだなぁ…」
「勉強なら教えてやっから、一緒にがんばんぞ。」
「俊くん…」
「ただしわからないとこ放置してたらお仕置きな?」
「俊くん!?」
僕らのやり取りを見て忽那さんが楽しそうに笑う。益子もやり取りを冷やかしてきたけど、悠也は受験しなくてもお勉強がんばるんだよ?と言われて引きつり笑いをしていた。忽那さんも大学は行かなかったみたいだけど実はめちゃくちゃ頭がいいらしい。益子が勉強見てもらったときにはプレイじゃなく、マジモンの家庭教師へと変貌したらしいしね。
「あ。ほら見えてきたぜ。」
学が末永くんの横でぴょんと跳ねて境内を見つめた。お参りということもあり、近づくごとに少しずつ、シュッとした気持ちになってくる。みんながみんな、それぞれの気持ちを心に秘めてのお参りだ。神様は大忙しだけど、この日だけは許してほしい。
冷たい風がふわりと喧騒を和らげる。ちょうど一周した時計の針は新年を告げて、年に一度の鐘の音があたりに鳴り響く。
「明けたな。」
「あけおめ!」
「ふふ、あけましておめでとうございます。」
「みんなことよろ!」
「おめでとう。」
「明けたといえ!あけおめ!」
あたりからは疎らに拍手やら口笛やらおおきな声で新年を迎える賛辞を叫ぶ人、若干治安の悪い野太い雄叫びも聞こえるけど、これも含めてご愛嬌。新年のご挨拶はそれぞれ様々だった。
人混みの中、おしくらまんじゅう状態でなんとか拝殿の前に行くと小銭を投げ入れる。拝殿の前にはプールのような大きさの賽銭場があり、思わず面白すぎて笑ってしまう。
こんなにたくさん入るお賽銭箱を用意したのだ、神様まじでたのんます。
周りの様子を見様見真似でお辞儀をしてから、言われた通りに身分を明かすとお祈りをした。
家族の健康、そしてずっと俊くんが幸せでありますようにと。
ちょっとだけ真面目に、両手を合わせてお祈りをしながら、胸のときめきは神様への期待ということにしたい。隣りにいるのに、番のことを考えるだけでどきどきするなんて、なんだかとっても僕って病気だ。ラブが溢れて仕方ないって具合が気恥ずかしくて、バレたくなくて口をもにもにうごかした。
人の流れに逆らわず進んで境内を後にする。わしゃわしゃと俊くんが頭を撫でてきて、思わずその手を追いかけるように握りしめると、俊くんのコートのポケットのなかにつっこんだ。
益子は忽那さんと手を繋ぎ、末永くんは学に腕を引っ張られている。それぞれのカップルが楽しそうに、満足そうに今この瞬間を共有している。
外は寒いのに、みんな頬を赤らめながら寄り添っている。
いいなぁ、とおもった。俊くんの腕に抱きつきながら、この時間が無性に愛おしくて、幸せだ。
みんながみんな、番のことを思ってる。こういうときの胸の満ち足りた感情を言葉にする語彙は無いけれど、僕は今、たしかに幸せだ。
「俊くん、幸せにするね。」
「ん?ふ…男前なこって。」
俊くんにしか聞こえない距離で呟くと、少しだけかがんだ俊くんが瞼に口づけをくれた。みんなが見てないその一瞬を、掠め取るように。
「お家帰ったら、抱いてほしい、かも。」
「………、姫始めってやつだな。」
「えぇ?どこで覚えてくんのそんな言葉…」
「思春期だもんで。」
いたずらっぽく笑うと、少しだけあどけなさが残るのだ。
僕の大切な番の俊くんが、僕のことで一喜一憂するように、今年も目一杯振り回してやるのだ。僕のことしか考えられないくらい、たーくさんね!
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