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パパママじゃん
放課後、検診のために新庄先生の病院に訪れた。
診察室の前で頑なにそこで待っててね!と念押しされ、動かないように貴重品をポケットに突っ込まれた俺はしぶしぶ待合室のベンチできいちが戻るのを待つことにした。
何だか心底嫌だけど我慢するといった堪えるような表情で気合いを入れてから入っていったが、そんなに痛いのだろうか。
「…ん?」
診察室の奥からワー‥だか細い声が聞こえた気がしたが、なんだろうか。またきいちがはしゃいでるだけならいいが。
待合室ではスマホも開くのもはばかられる。やることがなくて暇なのだ。今度から本の一つでも持ってこようか。そんなことを思っていたときだった。
くいっ、と裾を引かれるような感じがして振り向くと、検診だろうか、男の子らしい車の柄のベビー服を着た赤ちゃんが俺のカーディガンの裾を握りしめていた。
「……。」
「え、あ。すんません…。こら、掴むなって…」
「…検診ですか?」
「えっ、はい。3ヶ月検診なんすよ。その制服ってもしかして…」
一瞬ハッとした顔をしたあと、慌てて息子の手を離させるが、赤ちゃんは手を離しても何故かこちらを指差してご機嫌だった。
母親のオメガの方は制服に見覚えがあるらしく、じっと見つめられる。そういえば着替えてくればよかったな、なんて今更だが。
「番が、今そこでエコーしてもらってて。」
「ああ、何ヶ月?」
「7週目ですね。」
「うわ、じゃあプローブか。そりゃきつい」
プローブ?と聞き慣れない言葉に首を傾げる。その様子になんとなく説明されていないということを悟ったのか、未だこちらに手を伸ばしてくる赤ちゃんを宥めながら、苦笑いした。
「教えてもらっていいですか?あいつ説明してくんないんですよ。」
「まあ、いいけど…超音波がでる棒を入れるみたいな…」
「えっ。」
リモコンみたいなのを腹に当てるんじゃないのか。と動揺した。
「まあ、普通にジェル塗るけどさ…ちょっとアレだよな。しかたないけど。」
「な、るほど…」
「あと新庄先生は突然いれるからな。まあうまいからいいんだけどな。」
妊娠したオメガなら誰しもが通る道だわな。と遠い目をして語る横の人も経験したらしい。確かにそれは、なんというかあいつが言いたがらないのもわかる気がした。
「うう…ただいま…」
「きいち…お疲れ。」
かくかくとした歩き方で検診の終わったきいちが戻ってくる。持っていたペットボトルを開けて渡すと、もしかして…と恐る恐る声をかけられた。
「片平くん?かな?」
「え?はい…」
驚いた顔できいちが見る。さっきまで検診の話をしていたオメガは橘さんと言うらしく、旧姓は月見里だという。聞き慣れた名字にきいちが目を輝かせると、抱いていた赤ちゃんをみて、さらにテンション上げていた。
「もしかして、風流さんの息子さん!!」
「ふは、ほんとにそれ言われてんだ。そうです、元月見里イツキ。親父から話は聞いてたからさ…」
番さんの制服みてもしかしてって思ってたんだよね。と子供を抱き直しながら言う。そうか、事務のあの人の息子かと記憶が一致した。狭い街で、オメガの専門病院なんて限られている。ここで出くわしたことも、なんだか必然じみていて面白い。
「7週目だっけ?悪阻やばいよな。頑張れ」
「あはは、はい…うわぁ、かぁわいー‥」
「あと半年もすれば会えるよ、オメガは出産早いから。」
きいちが見やすいように子供を見せてくれると、小さい手のひらで指を握る。頬を染めながらその手の感触にテンション上がっている姿が可愛い。
「名前は?なんていうんですか?」
「紡。糸へんの紡ぐって字。むぎとか呼ばれてじーじメロメロにさせてるよ。」
「つむぎくんかぁ…ふわぁ…ふふ、」
なんとなくその光景をみて、半年後の想像をする。早いのか短いのか、俺の感覚ではわからない。だけどきいちが俺の子を抱くイメージをするだけでこみ上げるものがある。
ひとしきり紡くんに遊んでもらっていたが、橘さんが呼ばれたことでその楽しい時間も終わりとなった。
橘さんと紡くんが診察室の中に入るのを見送ったあと、手続きを終えて病院を後にした。
「楽しみだなぁ、元気に育つかなぁ。」
腹を撫でながらご機嫌なきいちは、微かだが心音が聞けたことを話した。なんだかそれが羨ましかったが、この腹が膨らむ頃には俺も聞けるだろう。きいちを家まで送るのに、なんとなく離れがたくなってしまう。
また週末、うちに戻ってくるのはわかっているのだが、きいちがいない部屋は想像以上に広く静かだった。
「…どんな気持ちの顔?見たことない表情してる。」
じっと見つめてくるきいちの瞳は、今日も綺麗だ。なんとなく、寂しいだなんていうのが癪で無言で見つめ返すと、困ったように眉を下げた。
「なぁんだ、てっきり寂しいって思ってくれてるのかなぁって期待したのに。」
「だってお前…それは、…仕方ないだろ。」
「お?おお?」
キョトンとしていたきいちが、俺の反応を物珍しく思ったのか、煽るように顔を覗き込んでくる。悔しくて目を合わさないように繰り返すと、負けじと覗き込むの繰り返しだ。
はしゃぐきいちが貧血になる前に、諦めたように見つめ返すと、嬉しそうにニッコリと笑われた。
「……。」
「えっ、い、いひゃ!いひゃいいひゃい!!」
ぶにっと頬を引張り無言の圧を送ってから離してやると、摘まれた頬を擦りながらムスッとした顔をして言う。
「君のパパは照れ屋さんで困っちゃいますねぇ…」
「ぱっ…、…!!」
優しく腹を撫でながら、空いてる腕にくっついて言うきいちの言葉に、今度こそ顔が一気に熱くなった。
パパ、というワードに敏感に反応してしまってからは、もう負け戦。何気ない一言だったのか、俺の変貌をぎょっと見つめると、我慢しきれずに吹き出して爆笑しだす。
「ぶはっ!あっ、はははっ!うひゃ、は、はぁあっ…ちょ、ぷくくっ…ぶふっ!」
「おまえっ…まじ、勘弁してくれ…」
「ひゃー‥、んふふ、ふふふふっ…」
「~~っ!!また具合悪くなる前におちつけ!」
「はー、はいはい。あーおもしろかった。」
目尻の涙を拭いながら、笑ったせいで上がった息を整える。不意打ちに弱いのはこいつのせいだと思う。きいちは突然爆弾を落とすのだ。
「俺がぱ、パパなら…きいちはママだろうが。」
「そうなの、僕ママなの。」
「くっ…」
腕に抱きついてご機嫌な様子でそんなことを宣う。陽の光に反射して透き通るような白い肌で、心底幸せそうに。
素直なきいちに勝てた試しはないのだ。等身大でぶつかってくる番に、尻に敷かれる未来が浮かぶ。
のぼせた頭で、まともな考えなんて出来ないのだ。悔しくて掠めるように口付けをして、繋いだ手を揺らして歩く。
口を押さえて俯くきいちの照れた様子に気づかないまま。
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