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関心と無関心は紙一重

ご祝儀ラブレターのことを覚えているだろうか。 ちなみに僕はすっかり忘れていた。季節はバレンタインを飛び越えて3月。卒業式がしめやかに行われ、いよいよ春休みに突入するぞという矢先。 僕は何故か真っ赤な顔をした崎田くんに呼び出されていた。 「えーと、なにかな?もしかしてサッカー部のこと?」 「…それは、解決した。2年になったら戻ってくるやつもいる。」 「あ、そうなの?じゃあ良かったじゃんね!」 ちなみに俊くんはどこにいるかというと、笑い話だ。なんと花粉症をこじらせて、僕が検診の間に耳鼻科に行くとかで予約のために電話をかけに行った。 なんという、まるでいなくなったのを見計らったかのようなタイミング。いじめまがいのは無くなったとはいえ、サッカー部には気をつけろと言われていたのに。 「うーん、…僕またなんかした?」 「し、してねえ!」 「ええ、じゃあなんだろ‥」 うぐぅ、と妙な声を喉から出してくる崎田くん。その後ろには奈良と添田がたまにこっちを覗き込んでいる。3月、桜の季節だ。ふよふよと舞うピンク色の花びらが、崎田くんの学とはまた違う金髪頭にくっついた。 「あ。」 「お、おあ…」 なんとなく取ってあげようと近づくと、近づいた分だけ後退りする。なんだか埒が明かないので、ガシリと崎田くんの肩を掴むと手を伸ばしてその高い位置にある花弁を取ってあげた。 「とれた。」 「ひえ…っ」 崎田くんの両腕が彷徨っている中、片手を掴んで手のひらに桜の花弁を一枚置いてあげると、情けない声をあげて固まってしまった。 「え、なになに…体調悪い?平気?」 「アッ、好き。」 「うん?」 「ちょっっっ、とまて。」 なんだか声が掠れて何を言ってるかさっぱりである。崎田くんは手をプルプルさせながらのけぞって空を見上げている。後ろの方では奈良が飛び出していこうとしたのを添田が止めていた。 崎田くんが見上げている空は、たしかにキレイだ。桜の花びらが舞いながら、優しいパステルカラーのような水色が雲と混ざって広がっている。 この素敵な時期に僕の番はくしゃみで辛いのは可愛そうだ。おもしろいけど、どうせならなんの煩わしさもないくらいこの空を一緒に楽しめたらいいのになぁ。 「きいち。」 背後から俊くんの声がして振り向いた。マスクをつけたまま、眉間にシワを寄せて近づいてくる。崎田くんはもう空に満足したのか、今度は地面を見つめている。モグラでも探してるのだろうか。 「なんかされたか?」 「ん?」 隣に来ると、不機嫌な顔で崎田くんを睨みつけた。一悶着あったとはいえ、もう解決したのだ。なんとなく威圧してるような気がして俊くんの鼻をつまんで止めさせた。 「なんも、ただ一緒に空見てただ」 「好きだっ!!」 「け。」 僕の声を遮るように、物凄いでかい声で叫ぶ。 崎田くんが告げた3文字には、その場の空気を支配するような冷気を纏っていた。 シン、と静まり返った校舎裏、そうか。なんか見たことのあるシチュエーションだなぁと思ったら、告白かぁ。って、 「俊くんのことが好きなの!?」 「こんな怖いやつ嫌いだ!!」 「ええ!?じゃあなに!?」 もしかして、と思って俊くんにしがみつくと、俊くんは俊くんで心底頭の痛そうな顔をして溜息をついた。崎田くんは頭を抱えて蹲ると、添田の手を振りほどいた奈良が突撃してきた。 「いやおかしいだろォ!?明らかにおめーのこったろうが!!なにマジボケかましてんだくそ!!」 「うわうるさ!奈良くん今日も元気だねぇ。」 「こいつやっぱムカつく!!男の趣味悪いぞ崎田!!」 「う、うるせー!!」 なぜに涙目なのかはわからない。崎田くんも花粉症なのだろうか。 「そもそも、妊娠してるやつに告白なんかするな。」 「ん?え!?僕!?」 「………はぁあ。」 まったくもって予想外である。何故に僕なのかもわからない。もしかしてと崎田くんに確認すると、ご祝儀ラブレターを出したことを認めた。 「いやご祝儀てまじかよ、」 いつの間にか奈良の隣に並んだ添田がドン引きした顔で崎田くんをみる。いや、祝いたい気持ちは伝わったよ?むしろそっちの気持ちはありがたくうけとりましたしね。 「ご祝儀袋でだせばっつったのは俺。だけどまじで好きだとは思わねーじゃん。あんなことしたんだし、サイコパスかよ。」 「カッター事件ねぇ、あれもう僕は気にしてはないけど。」 「お前は気にしなくてもいいから危機感を持て。」 呆れたような俊くんの口調に、当事者三人が同意する奇妙な光景だ。崎田くんはというと、さっきまでの悶っぷりが収まったのか、今度は真顔でコッチをむいた。表情の変化が忙しいやつだな君は。 「4月、クラス変わるだろ。だから言っときたかっただけだから。」 耳を赤くしながら、返事は求めていないというニュアンスで締めくくられる。もしかしてあの嫌がらせも自分に意識を向けるためのものだったのだろうか?なんて今更すぎることを考えたけど、崎田くんも煽るようなことは言っても物理でやったことはなかった。 思わず顔を赤くしてそむける崎田くんを見つめると、ちらりと横目で目が合い、そしてすぐまたそらされる。なんだか人に慣れていない野生動物のような感じで、冗談ではないということはわかった。 「それを、番の目の前でするなんてお前の中の常識はどうなってんだ?ないのか。その二文字が。」 「お前の番まじで怖いんだけど!!!」 「あああ、それはごめん…」  そうじゃん。俊くんがそんなこと許すはずもないのである。もちろん僕がその気持ちに答えるつもりもないのだけど、言ってくれたなら返す言葉は一つだ。 「気持ちだけもらう、ありがと。」 「おう。スッキリした。」 僕の返事に満足したのか、まだ頬は赤いものの小さく頷いた。僕の背後でがるがると威嚇しているように圧を放ってる俊くんをなだめるのは僕の仕事だけど、その前にどうしても聞きたかった。 「てか僕のこときらいだから嫌がらせしたのかと思ってた。」 「こいつ好きな子の嫌がる顔好きな変態だからな。」 「えぇ…こじらせてるね…」 「ちっげぇー!!」 添田が意地悪そうな顔で崎田くんの背中を叩く。もしそうならとんだ変態性癖だ。若干引いていると、慌てた崎田くんがやけくそな様子でさけんだ。 「指導室で!!!!の、…おまえがかっこよかったんだよ!!!」 「ええ?な、なんかわかんないけど…ありがと?」 「どういたしまして!!!!」 「きいち、もういいだろ。」 ついに待てに限界が来た俊くんがぎゅっと手を握りしめる。時間を見るとそろそろ行かなきゃまずそうだった。崎田くんには申し訳ないが僕の優先順位は変わることはないので、小さく手を振ると何故か顔を隠して蹲る。 「?…あ、今日ねぇ、あんま気持ち悪くならなかったよ。」 「ナチュラルにとどめを刺したな。」 「いいこだったんだよねぇ、いつもだけど。」 俊くんがなにか言った気がするが特に気にもせずにお腹の子に語りかける。最近は体がポカポカしてるので、なんとも心地の良い体温で眠気がすごいのだ。 何故かご機嫌になった俊くんが、腰を撫でながら悪い顔で笑っていたことなんて気づかず、後から奈良と添田が完全に悪役の親玉のような面だったと周りに語っていたのを知るのは学年があがってからになるのだった。

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