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これは予想外だ
まじで母親とは凄いもので、深夜にきいちがもそもそとベッドを抜け出してはその数秒後に凪が愚図るということが3回ほど、それも数分前にムクリと起き上がって静かにあやすのだ。
俺も寝ぼけながら起きようとするのだが、俊くんはねてていいよと言われる。何もすることができないのだが、気概だけは受け取ってもらっているようで、うつらうつらと船を漕ぎながら座っている様子に苦笑いしては、俺も寝かそうとする。今思えばきいちの手間を増やしていただけかもしれない。
寝癖でボサボサの頭を書きながら、ふえーんという乳児独特の泣き方に起き上がると、時刻は朝の8時手前だった。
きいちも起き上がろうとしたが、昨日の深夜も含めると5回は起きている、慌てて俺が変わりに凪をそっと抱き上げると、愚図りながら口をちゅむちゅむと動かす。それが可愛くてしばらく見つめていると、事件がおきた。
「っお、おおお?」
はぷ、と服をくわえた。こ、これはもしかしてそういう事なのか。そしたらやっぱり俺は役不足である。直ぐに口を離したが、ついには何とも不服そうな、そんなしかめっ面で元気よく泣き始める。
「わ、ちょ、ま、な、なぎ。きいちやすませてやれ、おー、おおお、よーしよしよし、おわ、よっ、」
「んん、俊くん…なぎ、」
「お前寝てないだろ、だいじょ、まてまてまて」
「凪くん…ぱぱはおっぱいでないですよお…」
ふわぁ、と欠伸をしながらきいちが起き上がると、よいしょと俺から凪を抱き上げてあやす。背中をゆるゆる撫でながら、出るかなぁと来ていたパジャマのスリットを開いてみせると、以前よりもぷくりと淡紅色に膨れ上がった乳首にそっと唇をあててやる。はぷりと凪が上手に吸い付くと、んっ、と声を漏らした。
「んー‥、ふあ…あー‥」
眠たそうに欠伸をしながら凪が飲みやすいように抱きかかえるきいちを見ながら、これが尊いということかと、酷く神聖な気持ちで眺める。ちゅむちゅむと小さい頬を動かしながら、黒目がちな目でじっときいちを見あげる凪がかわいい。思わず無言でスマホのカメラで撮影すると、頰を染めながらきいちが寝癖を整えた。
「なんで今撮るの…寝起きなのに…」
「や、すまん…つい。」
ぷは、と凪が唇を離すと、ぷるんとした乳首が顕になり、思わずじっと見つめると顔をさらに赤く染めながら襟元を正した。
きいちは事前にやり方を教わっていたようで、凪の頭を肩に乗せると優しくトントンと背中を叩く。けぷりと可愛いげっぷをした凪は、えらいねぇと褒められている。
「おはよー、お?もう出た?」
「おはようございまーす。うん、俊くんに吸い付いたからもしかしてってあげたら出た。」
「げっぷした?」
「上手にしたよねぇ、ふふ。」
にゅむにゅむと口元を動かしながら不思議そうに新庄先生を見上げると、くありと一つあくびをした。ティッシュで口周りについた汚れをきいちが拭き取ると、ムニムニ口を動かしながらきいちを見上げる。
「2時間おきに飲ませてあげて、あとはおむつ替えようか。」
「おー、ついに。うまくできるかなあ…」
凪をそっとベッドに寝かせて、置いてあったおむつのストックから取り出すと、心配するよりもずっと手際よく替えていた。適応力すごいなおい。新庄先生いわく、つぎの授乳後のおむつ替えは俺もやって見ろと言われた。
「凪くんちっち上手にできて偉いねぇ…」
「流石俺の息子だ…」
「もうすでに俊くんが親ばかの片鱗を見せている…」
きいちがなんとも言えない顔で言う。なんでだ。
新庄先生は褒め方がちょっとねえ?と笑っているが、何も間違ったことは言っていない。凪の臍を見て思い出したのか、先生は徐にポケットから桐箱を取り出すと俺に渡してくる。
「はい、これあげる。」
「これは?」
「凪くんのへその緒とれたら入れてあげるといいよ。一応傷だから、へその緒取れるまではケアしてあげてね。」
「わかりました。」
ケアは沐浴後でいいかなぁ。と言うと、ワゴンにのった朝食が届けられる。きいちはなんとも言えない顔をしていた。いわく、地味にまずいらしい。逆に派手にまずいことなんかあるのかと思ったが黙っておく。
お祝いらしく、花形に切られた蒲鉾が浮いたお吸い物もついてきた。デザートはメロンなようで、食器とともに簡易テーブルに並べられた。
特別だよ?と言われて俺の分も持ってきてくれたが、スン、とした顔のきいちの様子に首を傾げる。先生は笑いながら、また来るから全部たべるんだよー!といって去っていった。
「いただきま、メロンいらないのか?」
「うん、メロン嫌いだからあげるぅ。」
「ならもらう。」
このやり取りもひさびさで、まくりと一口サイズにすくったケチャップ付きのオムレツをきいちが食べる。むぐむぐとしばらく口を動かしたあと、こくんと飲み込んだきいちは、やっぱりスンッとした顔をした。そんなにか?と思いながら鮭を口に含んで食べてみたが、なるほど素材の味を活かしまくっていた。塩味がまったくしない、白米を口に入れても柔らかく、おかゆまではいかないが消化には良さそうである。
「醤油がほしいな。」
「あるわけないよねぇ。」
「忽那さんには教えてあげなきゃ。入院セットに醤油もってけって。」
「違いない。」
ずっ、とお吸い物を飲むが、やはり物足りない。味気ない食事を済ませる頃には、いつもの朝食の時間の倍はかかっていた。
「俺市役所いくけど、なんか買ってくるもんあるか?」
「ちっさい醤油かマヨかソース。」
「考慮しよう。」
自分から率先して言ってきたくせに、ちょい待ちと言って何かを調べ始める。数秒待つと、マヨネーズはやっぱなしでと言う。いわく、脂質は母乳にあまり良くないらしい。ならばとノンオイルドレッシングにするかと聞けば、笑顔で玉ねぎのやつとおねだりをしてきた。
「母乳に栄養が直結するのか。まあ、そうだよな。」
「カフェインは赤ちゃんが興奮して寝付きが悪くなるらしい。」
「ならたんぽぽ茶はまだ続けなきゃな。」
鏡の前で適度に寝癖を直す。スマホをメモ代わりにリマインドをすると、そそくさときいちがそばによってきて腰に腕を回して抱きついてきた。
鏡に写ったきいちの寝癖も簡単に直してやると、きょとんと見上げてくる。
その様子がなんだか可愛くて、そっと頬を撫でて口付けしようとしたときだった。
「ふやあああん!」
「おっと。」
凪の泣き声にぴたりと体を止めると、くるりと踵を返してあやしに行ってしまった。
おいまじかよ息子。
今までの優先順位が大きく変わり、忙しくなったきいちの唇をゆっくりと楽しむことが出来る時間が、一気に減ることを自覚する。よもや最大のライバルが息子になるとは全く思いもよらなかった。
いいんだが、別に、構いやしないのだが。
むすっとするのも大人気ない気がして、いまは息子に譲ろうと決意したのだが、
産後のきいちが俺の無言の構ってオーラが凄すぎて、むしろそっちで疲れたと益子や学にぼやく未来が近いことを、この時の俺は全く思っても見なかった。
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