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ある日のひととき

夏休みも一ヶ月検診とともにあっという間に過ぎ去り、課題の返却とともに土曜日を迎えた。今日は前から凪と俊くんちに行くという約束をしていたので、もろもろ準備を終えた僕は、現在頭を抱えている。 「だ。」 「うん、凪ちゃんどーしよ。僕ぁ駄目な男だぁ…」 「ぁぶ…」 「制服とパジャマしか最近着てなかったから…初日は乗り超えても二日目に着る私服がない…」 僕が何も考えないまま授乳していたので、持っている服の殆どが首周りやら裾がゆるくなってしまってなんともだらしない。ちなみにデニムを履いときゃなんとかなるだろと下だけは取り繕うことに成功している。 「はっ、マタニティのときに着てたチュニック!!!!」 生成りのやつがあったきがするわ!!と思い出してガタガタとタンスを漁る。びゃっととって体に当てると、体型が目立たないので行ける気がしてきた。よし、これになんかカーディガンでも肩に掛ければ良いだろう。なんかそんな感じの着こなしをテレビで見た気がする。 「ふにゃぁー!!!」 「はいはいただいまー!!」 そんなことをしていたら、ついに凪が泣き出した。授乳はさっき終わってるのでこれはオムツですやん!ベビーベッドの下からおむつとおしり拭きを取り出してぱぱっと終わらせると、下からおかんの声で朝飯ー!!!と聞こえてきた。 えぐえぐと愚図る凪を抱っこ紐で抱きながら、よしよしとあやして階段を降りる。抱っこ紐の上からカーディガンを羽織っていたので、そのまま手を広げるオカンに凪だけ抜いて渡すと、そのままご機嫌に朝の挨拶をしていた。 「なっちゃん今日も元気に泣いたんでしゅかー、おーよちよち、おちごとできてえらいでしゅねー。」 「オカン俊くんの真似してるだろー!朝から笑うからまじでやめてぇ!」 「なっちゃんのままはなんで朝から気合はいってんのかねぇ。」 「指摘するなぁ!!恥ずかしいでしょうが!!」 もそもそとサラダとトーストを食べながら、新聞を広げてニヤつく吉信はまじで赦さん。息子からかってたのしいのかぁ!オカンだけからかってくれよ。 「ぁぶ。」 「むちゅむちゅしてる。腹減ったのかな?」 「うっそだろおい、僕さっきおっぱいあげたのに。」 「ならおしゃぶりでいいだろ。吉信、煮沸消毒したやつもってきて。」 「はいよ。」 トーストとサラダを食べ終え、キッチンに皿を起きがてら簡単に洗う。吉信はニコニコしながらおしゃぶり片手に見上げてくる孫に顔が溶けている。 「はいはい、凪くんあーーーんでちゅよ。」 「おしゃぶりをあ~んって言うやつはじめてみたわ。」 はぷっとくわえてもちゅもちゅと大人しくなった凪は、最近おしゃぶりにはまっている。エブリデイ授乳な僕にとっては有り難いことである。 こうしてオカンと吉信が孫をあやしている姿を見ていると、僕のときもこうだったのかなぁと少しだけしみじみする。 ちゅー、と野菜ジュースを飲みながらゆっくりしていると、ピンポーンと音がなる。 「お?俊くんじゃね?」 「ちょっといってくる。」 玄関のすりガラスから見えた影で、やっぱり俊くんだと確認する。そのまま玄関の鍵を開けて扉を開けると、相変わらずおしゃれでイケメている僕の番が立っていた。 「おはよ、よく寝られたか?」 「寝られた寝られた、もはや最近夜泣き覚悟でめっちゃ早く寝るようになった。」 「土日は俺も手伝うから、いつも悪いな。」 ワシャワシャと髪を乱すように撫でてくる。なんだか久しぶりのそれが照れくさくて、もにもにと唇が動いてしまう。オカンが凪を連れてきてくれたので、俊くんに荷物を持ってもらうと抱っこ紐をつけて凪を受け取る。凪がおしゃぶりをもちゅもちゅしながらきょとんとした顔で俊くんを見ると、グッ、と小さくうめいて悶絶していた。わかる。かわいいよね。 ベビーカーにトートバックを積むと、いざ俊くんちにレッツゴーだ。 「あ、今日はよらずに直行な。」 「え?忍さんとこ行かんの?」 「正親が風邪拗らせたから忍がみてる。移すと悪いからっだってよ。」 「まぁじで、正親さん平気なん?」 「まあ、忍のが大変だろうけどな。むしろ今日は行かないほうがいい。」 なんとも言えない顔をしていた。あっ、察し。なるほどやっぱり正親さんも普段忙しい分まとまった休みが取れると色んな意味で発散するということらしい。忍さんがんばれ。そしてそれならたしかに行かないほうが良さそうである。 途中うまか屋に寄ってお昼ごはんにかに玉とレバニラ、俊くんは鶏南蛮弁当まで買っていた。 産まれたあとに来たのは初めてで、店主のおばあちゃんに凪を見せたらまさかのコロッケまでおまけしてくれた。 「いっぱい食べておっぱいにしてあげるのよぉ。」 「おっ…ぱい。」 「おー、がんばんなきゃだ。ありがとうございます!」 スパンと俊くんの後頭部を叩いて現実に無理やり戻す。なんちゅーとこで区切っとるんじゃ思春期か。 ばあちゃんにも抱っこされて、この人はだれだといった具合にガン見していてせいか、ばあちゃんが照れていた。なんだか凄いモテ具合だ。今にファンサービスとか覚えだしたらどうしよう。 ベビーカーの持ち手にお昼を下げながら、家族3人でお散歩しながら商店街を抜ける。忽那さんが営んでいる写真館には、店主妊娠のため休業中。御用の方はとなりの八百屋のおばちゃんまで。と書かれていた。どうやら仲介してくれることになっているようで、商店街でも有名なスピーカーおばちゃんである。今のところ特になにもないらしいが、こんなに頼りになる人を味方につけるとは、益子もやりよる。 歩きなれた道を通ってマンションの前までつくと、途端に俊くんが嫌そうな顔をした。何だ何だ?と思っていると、軍手に竹箒をもって相変わらずのタンクトップとハーフパンツ姿の中島さんが、ブンブンと勢いよく手を振りながら駆け寄ってきた。 「まってましたよおお!!言われたとおりハウスクリーニングも済ませてます!!約束しましたよね!?凪ちゃん抱っこさせてくださいっ!!」 「うわ圧がすごい。え?なに俊くんハウスクリーニング頼んだの?」 「中島、お前それは言わない約束だろうが。」 そうでしたっけ?と調子よく誤魔化す筋肉おじさんに、さっきの声の大きさと走ってきたときの勢いがよっぽど怖かったのか、さっきまで大人しかった凪がふにゃー!!!!とタガが外れたようにギャン泣きをした。 「わ゛ー!!!寝てたのにい!!」 「おぎゃあ!ごめんねえ凪ちゃん!!おじさんが驚かせちゃったんでちゅかねぇ!?」 「どさくさに紛れてお前もオギャるな。」 ぐしぐしとやっとこさ泣き止んだ凪を中島さんに抱かせると、凪の顔はクシャッと、なんとも言えない見たこともない表情をみせた。 「うはっ何その顔!!はじめたみたぁ!!俊くんカメラカメラ!!」 「中島絶対に動くなよ。そのままだ。おーしおし。」 「坊っちゃんって意外と親ばかなんすねぇ。」 「何を今更。」 くっしゃくしゃの面白い凪の顔をパシャリと撮ると、中島さんも後でくださいねとうきうきしている。僕が凪を受け取ると、さっきのおもしろい顔からいつもどおりになってしまう。 さっきの可愛かったのになぁ、と少し残念に思っていたのだが、視界の端に映った見事な中島さんの腕毛を見て、もしかしなくても理由はあれか。と気づいてしまい、思わず吹き出して笑った。

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