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番外編 ある日の放課後
「王様ゲームがしたい。」
「突然すぎて動揺を禁じえない。」
本日の科目がすべて終了した放課後、益子は卒業制作のモチベーションをあげるために有名な写真家の写真集をペラペラと眺めていた。そこにただいまー!と現れたのがきいちと吉崎だった。
ただいまとはなんだと思いつつ、きいちのことである。あいつが思考してから喋るという人として当たり前のことをしない為、扉を開く行為に付随して勝手に口から出た言葉でしかないだろうと当たりをつける。
付き合いは高校に入ってからだが、割と一緒にいるために行動パターンや奇行や意味のわからない言動など慣れきってしまった。
悲しいことにうちのクラスの殆どはきいちの一挙手一投足で生み出される冗談のような現象の収拾を益子に頼むのだ。
特別手当をよこせと思う。今度俊くんに直訴するつもりだ。これくらいは許される思いたい。
閑話休題。今回はなんだと諦めながら見つめると、どうやらやらかしたのは読経姫こと吉崎らしかった。
「みてください。こちら学が食堂でぶちまけた割り箸」
「わざとじゃないんだ。」
「なんで照れてるのこの子!」
照れくさそうにしながら吉崎がかばんから取り出した大量の割り箸をみて呆れた。
読経姫こと吉崎は、きいちとつるむようになって少しずつだが友達が増えてきたらしい。それは非常に喜ばしいことなのだが、ツンデレの根っこは変わらないままサービス精神も旺盛になってしまったようで、今や生徒会との橋渡し役としてあっちこっちから声をかけられているらしい。
そして友達が増えると猥談も耳に入ってくるわけで
「学は悪くないよ!純粋にちんちんの長さをはかろうとしただけだからね!」
「俺は足りなかった…長さが…」
「箸ボトルの中にちんこ突っ込んだの!?何やってんだ昼間から!!!」
「発想がきもいわ。ちんこつっこむわけないだろ?常識を考えろ。」
「きいちに常識を説かれる日がくるとは…」
きいちは意外と手は細い割に指先が長く、180センチある俊君と身長差があるのにも関わらず、手の大きさがあまり変わらない。もちろん骨太でしっかりした手付きの俊くんの手のひらに比べると断然細いのだが、男子にとって手が大きいのは男らしさにつながる。
そして、男らしさといえばナニである。
たしか中指と手首の付け根までの長さがナニの臨戦態勢時と一緒だときいた吉崎が、それを確かめるためにまずはどれくらい指が長いのか、箸ボトルに指を巻きつけて測ってみようということになったらしい。
ひと通りの話の流れを、吉崎からの軽蔑の視線を受けながらきいた益子は、これは俺が悪いのか…?と甚だ疑問であるとばかりに納得の行かない顔をしたものの、たしかに真っ昼間から食堂で臨戦態勢のナニをステンレスの箸ボトルに突っ込んでる姿は異彩を放つにちがいない。
益子の豊かな想像力が今回の侮蔑の原因である。自己の欠点を見つけ、反省することをすぐに出来るのが益子の美徳だと忽那も言っていた。まさかこんなとこまで褒めたつもりはないだろうが。
「ということでですね、ボトルから出した箸を誤って床に落としたのか学。提案したのが僕ですね。」
「共犯じゃねーか!!」
「益子だって気になるだろ。」
「俺は臨機応変に対応してくからいいんです!!」
そして話は冒頭に戻るわけである。
きいちいわく洗って再利用することも考えたのだが、濡れた箸を干す洗濯バサミがなかったからやめたらしい。わかるようなわからないような感覚に陥ったが、疲れるので考えることはやめた。
「このひとまとめ程ある割り箸の中に一本だけあたりがあります!どうぞ!!」
「どうぞ!?巻き込まれた俺か一番先なの!?」
おらよ。と下だけタオルで包んだ箸の束を吉崎に向けられる。益子は形容し難い仄暗い恐怖を感じながら、恐る恐る一本を取る。
その箸の先は赤く染まっていた。
「うそだろ!!!!この束でこの確率ってなんだよ!!!」
「あ、大丈夫大丈夫。あたりには何も塗ってないから!それ外れ。つぎ学ね。」
「逆に手間ァ!!」
「俺も外れだ。」
「おい嘘だろ誰も疑問をもたないだと…?」
生徒会で副会長という役職柄、吉崎が一番常識があると思っていた見立ては間違っていたのであろうか。
益子はこの二人が揃うと先が見えない恐怖を味わうことになる。改めてそう感じた瞬間だった。先程のあたりを引いたと思ったドキドキと、それがあたりではなかったという常識を無視した衝撃の事実の2種類のドキドキを味わった。疲れる。
「じゃあ次僕ね。どーれにしよっかなー。」
「多分この辺に当たりがあるとおもう。」
「まじで、じゃあそこにしよ。」
「八百長!!!八百長やめろ!!!!」
吉崎の裏切りに悲鳴を上げそうになるが、なにせ的を絞ったところで束がすごい。きっと外れるに違いないと息を殺してきいちの指先に摘まれたそれが抜けきるのを待つ。その先は無色であった。
「あー、」
「あたりだ!きいちやったじゃん!」
「え?あ!あは!やったー!!」
「お前忘れてただろ!!!いま絶対忘れてただろ!!」
自分で作ったというのにすっかり忘れていたとは、きいちの中の常識でも赤はやはりあたりだったらしい。
しかしこれは王様ゲームなのだ。たった3人しかいないとはいえ、王様はきいち。王様の言うことは絶対である。
益子は再び嫌な予感に身を震わせた。きいちは自由奔放である。自身は平凡な日々を送っているつもりだろうが、それをカバーしているのは益子なのだ。だって面倒なことに巻き込まれたくないじゃない。
「んー、ん。よし!」
「えろいのいけえろいの!」
「吉崎も男の子だったんだね…」
たのしそうにはしゃぐ吉崎の顔はとびきり可愛いのに、命令の注文はエロオヤジのテンションだ。
「俊くんに決めてもらおーっと。」
「何でもありかよ!」
わかる。しかし益子は光明を見た。今度こそ間違いなく常識人であろう俊くんなら、まともな事しか命令しないだろう。だが益子は失念していた。常識人が他校の文化祭に潜入するはずがないということを。
「もしもし?俊くん?急にごめんね。」
「でた。」
「たのむエロ以外でたのむ!!」
「うんうん、王様になったの僕。だから命令の内容俊くんにおねがいしようかなぁーって。」
益子は祈るような気持ちで待っていた。吉崎もワクワクとした目つきで期待するように、きいちをみつめている。
「え?番号?電話?ちがうってなにが?」
「ん?」
「しらない。え?あ!なるほどね!!」
「なんか知らんが盛り上がってる。やな予感してきた。」
「はーい、おけ。うんうん、またねー!」
通話を終了させたきいちは、くるりと向きを変えて益子たちを見る。吉崎と益子で何が起こるのやらとドキドキしながら尻の座りが悪い心地で待っていた。
やけに神妙な顔でなにか納得したかのように頷くと、きいちは口を開いた。
「誰が何番にする?」
「あ?」
「棒赤くするのに必死で番号ふるの忘れちゃった!」
てへてへと気恥ずかしそうに笑うきいちに、益子は椅子ごと大きな音を立ててぶっ倒れた。
「確かに、俺も忘れてたわ。」
「よく考えたらあたりが赤しかわかんなかったわ。俊くん待たしてるからかーえろ!」
「きいちがかえるなら俺もかーえろ。」
じゃあまた今度ね!と先程入ってきたドアを開けて二人で出ていった。
益子は心底疲れて顔をしながら天井を見上げていた。ぶつけた後頭部だけが現実であることを示している。放心したのち、大きく深呼吸した。
「本末転倒じゃねえかくそが!!!!!」
絶対忽那さんに慰めてもらおう。そう誓った。
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