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運命から捨てられた彼の心境

 美人が多いと言われるオメガだが、美人しか居ないわけじゃない。  俺は不美人というほどではない。  ベータ寄りの平均的な顔立ちだった。  それでもいいと言ったのは、彼だ。    彼は俺を運命だと言って親に頭を下げて婚約を取り付けた。    極上のアルファと周囲から評価されている彼が、ベータに片足を入れている俺に求婚するのは現実感がなかった。    彼が嫌いだったわけではない。  ただ、告白の言葉に浮かれるよりも白けた気分になっていた。  俺に運命を感じたのだと彼は言う。  そのため、熱烈な告白劇があった。  逆に言えば、俺は彼に運命を感じなかった。  だから、冷めた目で彼を見てしまう。    同じ温度でない俺たちを心配する人はいなかった。  優秀なアルファである彼の気持ちに応えないオメガなどいないと思われていた。    彼はアルファだけが通う進学校ではなく俺が通う共学に進学した。  俺に合わせて、彼は自分の将来設計を曲げた。      恋の実感は湧かなかった。  俺は鈍い人間なのだろう。  彼が俺を大切にしてくれている、そのことは理解できた。    婚約者が俺であることを公言して、彼は俺を優先した。  男女やアルファやオメガに関係なく人に囲まれる彼。  陰口やちょっとした嫌がらせは毎日だった。  彼にふさわしい人間になれと言われることは多かった。    気づいたときには、転校してきたという美しいオメガが彼の隣に居た。    彼は俺の婚約者で、俺を一番に思っていた。  大切にして、愛してくれて、運命だと言った。    そんな彼が美しいオメガのうなじを噛んだという。  ヒートした転校生の匂いにやられたという。  婚約を解消され、俺は運命の番から捨てられたオメガと呼ばれるようになった。    彼のことが有名すぎて、入学してからずっと友達は出来ない。  彼と婚約を解消しても、誰も話しかけてこない。    陰口の種類が変わっただけだ。  婚約を解消したので嫌がらせがなくなるかと思えば、逆に悪質になった。  今まで、彼の目を気にしてほどほどに済ませていたのだとその時に知った。    自分がこんな目に合わないといけない理由が分からない。  正しい行動も思いつかない。    彼にとって俺は何だったのだろう。  運命は彼にとって何だったのだろう。    俺にとって運命は軽くない。  愛し抜いて嫌いになれない相手が俺にとっての運命だ。      卒業したら彼と結婚するらしい美しいオメガがわざわざ俺の前に顔を見せた。  とても優しい人なのだろう。  俺に笑ってアドバイスをくれた。   「男は誰だって、受け身で待たせる奴より積極的に来てくれる相手を選ぶもんだよ。もったいなかったな? せっかくのアルファとの縁も繋ぎ止める努力をしなけりゃ、意味はない」    指を動かして「ちょっきん」と言った。  遅れてハサミで何かを切るような仕草だと理解する。  切れたのは、彼との縁だろうか。    微笑む転校生は、オメガの参考資料として教科書に載せたくなるほど美しい。  オメガらしさの見本として保存されるべき気高さを持っていた。    好かれることにあぐらをかいて恥知らずだと俺を殴り続ける人々は言う。  こんなに愛してやっているのに不義理だと責められる。    愛とは何だろう。  彼との結婚で俺が手に入れるものとはなんなのか。    小中のいじめや親からの性的虐待で俺の体はぐちゃぐちゃのボロボロで、醜く汚らしい。  アルファの中でも上位にいる彼が想像もできないオメガの底辺に居た俺の姿を、俺自身が一番知っている。    愛されるわけがない俺を愛していると言い出す彼を信じることが出来なくても、許して欲しかった。    俺は運命から見捨てられている。  そう思っていたから、彼から別れを切り出されても当然だと思った。   「ありがとう。次は失敗するなって、わざわざ教えにくるなんて……とても優しいね」    俺の言葉に美しいオメガは眉を寄せて「恨み言の一つぐらい言えよ」とつぶやく。  恨みなどない。誰かを恨める身分でもない。  俺は死んでいないから生きているだけに過ぎない。  この後に幸せも不幸もない。    あったとしても、たぶん分からない。      その後、嫌がらせが暴力から性行為に移った。  遅かれ早かれそうなると思っていたので、に頼んで隠しカメラを設置してもらっていた。  彼が縁を繋ぎ止める努力をしろと言ったので、俺は毎日話しかけることにした。  最初は不審がっていた彼も最後には俺の手を取って好きだと言ってくれた。    美しい彼が高収入が約束されたエリートアルファを捨てて俺を選んでくれるとは思わなかった。  同棲することになった今でもまだ、彼からの愛が信じられない。  そんな俺を気にすることなく彼は愛を囁いて、甘えてくれる。    俺の元婚約者だったアルファが、なぜか美しい彼に危害を加えようとする。  オメガ同士など不毛だと言っていたけれど、俺への嫌がらせの指示をし続けていた元婚約者の行動こそが不毛だ。    運命を信じていたくせに、俺を運命だと思っていたくせに、信じていなかった。  婚約しても俺のことを疑い続けて、病んでいった。  俺が今までされていたイジメの痕跡が残る体も何もかもが、気に入らなかったから、支配しようとした。自分の所有物にしてしまえば、愛着が湧くとでも思ったのか。    俺の恋人になった美しい人は、本当に美しい。  アルファの歪んだ執着に巻き込まれたと知れば、怒ると思った。  その怒りは、俺への同情も含まれる。    俺は運命に見捨てられたが、自分で自分に必要な人を見つけることは出来た。  美しいオメガである俺の恋人は、優しくて正しくて愛おしい。      この後に幸せも不幸もない。  あったとしても、たぶん分からない。    美しい見た目を裏切って、饒舌な恋人は俺が考えこむ暇を与えない。  彼が言った通り、受け身で待たせる人よりも、積極的に来てくれる人が好ましい。     -------------------------------------------------------------- 解説とかが欲しいかたは↓をどうぞ。 タイトルそのままの短い話なので説明を入れるのは野暮かと思いますが、 伝わり難かった人も居るかと思うので、あれこれ。 最初の「彼」と後半「彼」では示している人が違います。 ぷらいべったーやソナーズに掲載していた話でしたが、 「彼」の切り替えが読んでいる人に伝わり難いかと思ったので フジョッシーでは「」と表記して切り替わった場所が分かりやすいようにしておきました。 主人公の心の移り変わりを丁寧に書いたら、それはそれで修羅場な楽しい話になると思いますが 「運命から捨てられた彼の心境」はあっさりしている文章のほうが、 「捨てられた」というか「捨てている」感が浮き彫りになっていいかと思います。 この場合の「運命から捨てられた彼」は主人公の元婚約者だったアルファのことですが、 作中で主人公が考えているように主人公のことだと思っても大丈夫なように書いています。 ちなみに美しいオメガである主人公の恋人となった「彼」は、 主人公の元婚約者にうなじを噛まれて災難ですが、彼視点だと「運命を手に入れた彼の心境」という感じで全然べつの話になってきます。 本当だったら何もかも手に入るエリートアルファさまなのに何も手に入らなかったことを考えると「捨てられた」と被害者面しだすよねって思ったりします。

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