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初恋叶えます!

放送部に入ったキッカケはよく覚えていない。そんなにきつい部活ではなかったし、俺には向いていた。 『お前の昼の放送、聴くの楽しみなんだよな』 クラスメイトの東《ひがし》が、そう言ってきたのは高校2年の春。 昼放送は当番制で月に2回くらい喋っていた。みんなたいして聞いていないと思ってたのに。 『何で』 『わかんねーけど、お前の声落ち着くんだよなー』 東は笑顔を見せ、俺は雷に打たれた様な衝撃を受けた。それが、俺の初恋だった。 *** 「『初恋』がテーマですか」 次回の放送内容についてのミーティングで、スタッフが渡してきた進行表を見ながら、つい俺は言葉に出してしまった。 「ええ。バレンタインデーも近いですし。有村《ありむら》さんの初恋話を聴きたい人もいるでしょうから」 「そんなもの好きいますか?それにしてもこのテーマは照れますねぇ」 ははは、とスタッフが笑う。俺も愛想笑いしながら、心の中で舌打ちをする。 初恋話なんて、公表するもんじゃねぇだろ。 カミングアウトしていない俺にとって、初恋話は若干面倒くさい。相手が男だと思われない様にしないといけない。 そんな小細工を考えていると、嫌になる。まるで自分の初恋を自分で否定している様な気持ちになるからだ。 ミーティングルームから出て、廊下の自販機でコーヒーを買う。 「初恋ねぇ」 初恋の相手の東は、大学生の時に付き合い始めた彼女と、大学卒業後に結婚した。 『初恋なんて想いは届かない』 ついこの前、リクエストでかけた曲の歌詞を不意に思い出す。こんなこと放送で言ったら、怒られるんだろうな。いつの間にか話をすることも自分の中で制限する様になってきて、マイクの前に座るのが辛くなってきた。潮時なのかな、と思いながら俺はコーヒーを飲んだ。 「おー、有村じゃん」 背後から声を掛けられて振り向くとそこにはアナウンス部の赤城がいた。 「お疲れ。出張帰り?」 スーツケースを持っている赤城は頷きながらコーヒーを買う。同期の赤城はアナウンサーで、一時期は全国放送のバラエティ番組に出ていたが、最近は元に戻りこの局の名物アナウンサーとして頑張っている。 「今回は河本《こうもと》と一緒じゃないの?」 「そんなに毎回、アイツと一緒じゃねぇし」 口を尖らせる赤城。河本はカメラマンであり赤城の彼氏。つまり赤城はゲイで俺がゲイであることを知る数少ない友人でもある。 「何のミーティングだった?」 「【ナイトスペース】の次回テーマ。初恋だってさ」 「わ、なかなかめんどくさそうなテーマ」 「だろ?」 「まあ頑張れよ、【癒しボイス】の有村くん」 「うるせーよ、ばか」 ニヤニヤしながらこちらを見る赤城に、デコピンしてやった。こいつの前なら俺は自分のままでいられる。 *** 『…というわけで僕の初恋は叶わなかったわけです。それではここで一曲、お聴きください』 一部捏造した自分の初恋体験談を語ったのち、古い恋愛映画のサントラを流している間に、リスナーから届いたメールを確認する。『初恋』のテーマに自分の昔話を色々書いてきてくれていた。 甘酸っぱいものから、切ないもの、笑い話になるものなど。人の数だけ、初恋があるのだなと感心してしまう。 『有村さん、次これ読んで』 スタッフに指示されたメールを見て、俺は驚いた。 『初恋の相手は彗《けい》さんです』 …は?いやいや、こんなの恥ずかしくて読めないって!俺はスタジオのガラス越しのスタッフに手でバツをジェスチャーしたが、読め、の一点張り。うしろでプロデューサーが笑っているのが見えた。あの野郎… 仕方ない。曲が終わったら読むか。それにしても俺が初恋の相手だなんて。 だけどごめんね。君の初恋は叶わないよ。俺は女の子を好きになれないから。 この時、俺は自分の中でこの相手が女の子だと勝手に思い込んでいた。まさか男子高校生だなんて、思わなかったんだ。 *** 数日後。久しぶりに公開録音の収録があった。ガラス越しに見えるのはいつものスタッフではなく、リスナーたち。何人か見覚えのある人もいる。俺が手を振ると彼らも手を振ってくれた。こういう時はラジオやっててよかったなー、と心から思う。 ふと手を振ってくれたリスナーの隣に、制服を着た生徒が見えた。背はあまり高くないが、雰囲気からして高校生だろう。男子高校性が一人で見に来るなんて珍しい。 俺はその子をジッと見ていると、目が合う。 (東に似てる) 数日前に話したせいだろうか。あの初恋の相手の東が頭に浮かんだ。本当に似ているのか、制服姿というだけでそう見えているのか。 彼はすぐに目を背けて、俯いてしまった。もしかしたらリスナーではなくたまたま通りがかったのかもしれない。そんなことを思っていると本番がはじまった。結局、その子は最後まで聴いていてくれた。 「うわ、最悪…」 ついつい声に出して呟いてしまった。次の打ち合わせは自分の知らないカフェで、スマホの地図を頼りにしていこうと思ったのに。まさかの充電切れ。カフェの名前はスマホに保存したままで、うっすらとしか覚えてない。 最寄りの駅まで来てみたものの、右往左往している。困ったなー、と思っていると背後から声をかけられた。 「あの、パスケース落ちましたよ」 振り向くと自分のパスケースを持った制服の子がいた。その姿に俺はすぐピンと来た。 (さっきの子だ) ガラス越しに見えていた学生。遠くから見て東に似ていると思っていたが、近くで見ると、そんなに似てない。 なんにしろ、リスナーなら助かった! それが大智《だいち》との出会いだった。 大智と連絡先を交換したその夜。 『今日は彗さんに会えて嬉しかったです』 そんなメッセージが届いて、俺はスマホを見ながらホワホワした。男子高校生って、こんなに可愛いものだっけ? 本来ならリスナーと連絡先を交換はしないんだけど、大智の初恋話を聞いていて興味が涌いたんだ。この子はどんな初恋をしているのだろうって。 『初恋は叶わないって定説ですよね』 少し後ろ向きな気持ちがむず痒い。その初恋、この有村彗が叶えてやろーじゃん! 大智と連絡を取り合うようになって数ヶ月。回数は多くないけれど、たまにメールが届く。内容だって他愛のないことだ。大抵は【ナイトスペース】の感想。他のリスナーと違ってここがあまり分からなかった、とか辛辣な意見もくれるのでありがたい。そのほかには学校での出来事など。俺からも日常のなんてことないことをメールしている。 彼女ができてもそんなに連絡する方ではなかったのに、大智には『あ、これ後でメールしよ』って思うことが増えた。 きっとそれは、大智の言葉のキャッチボールがうまいからなんだろう。 「有村さん、ご機嫌ッスね」 【ナイトスペース】の収録中にスタッフからそう声を掛けられた。ご機嫌な理由は自分でも分かってる。 明日の休みに二人で遊びに行くことにしたのだ。初恋攻略策を練ってやろうと誘ったのは俺から。大智はかなり動揺していた。そんなに慌てなくても、と笑ってしまった。 「そう言えば前の有村さんが初恋って言ってた子、またメールきてましたよ」 「え」 メールを見てみるとそのリスナーの【とも】の文字があった。 『前回は読んでいただきありがとうございました。嬉しかったです』 その一文だけ。ラジオで読んでもらうというよりお礼のためのメッセージだ。 「真面目な子だねぇ」 「ですよねー。有村さんはフリーなんですよね?会ったらいいのにー」 赤毛のスタッフは笑いながらそう言った。そう言えばコイツ、遊び人だって聞いたことあるな… 俺は苦笑いしながら答えた。 「相手の初恋を軽々しく叶えてあげるなんて、出来ないよ」 メールを見ながらふと気づいた。そう言えば大智と連絡先交換したとき『またメールしますね』と言っていた。また、という事は【ナイトスペース】にリクエストメールをしたことがあるんだろうか。明日、聞いてみよう。 翌日、一緒に街をブラブラしながら昼食をハンバーガーに決めて店内に入る。 ここのハンバーガーは赤城が番組で特集していた。オーダーしたハンバーガーが運ばれた時そのボリューム満点さに大智が驚いていた。高さは十センチくらいあるだろうか。まあ現役高校生なら食えるだろ、と思っていたら助けを求められた。 「こんなの、食えるわけないでしょ」 「え〜俺が大智くらいの時なら食えたよ。食が細いからそんな華奢なんだよ」 テーブルに置かれていった手を握ると、大智は慌てて手を引っ込めた。 やがて俺のオーダーしたハンバーガーが到着した。こちらは大智のに比べれば小さい。 「そういえば初恋の相手とはどうなった?」 ハンバーガーをかぶりつきながら俺が聞くと、炭酸を飲みながら大智が答えた。 「相変わらずですかね。向こうは気がついてません」 以前は初恋話をすると、大智は恥ずかしそうにしていたのだが、最近は慣れてきたのか、軽くあしらう様になってきた。 「もー、俺が初恋叶えてやるっていうのに、釣れないねえ」 「彗さんが?あはは、叶えてくれたら嬉しいですけどね」 あ、こいつ俺が役に立たないと、はなっから決めつけてるな。 ハンバーガーで腹いっぱいになった俺たちはお腹をさすりながら、店を出た。 腹ごなしに公園でも散策するか、と二人で近くの公園へ向かった。 俺は昨日思い出した【ナイトスペース】へのメールの件を大智に聞いてみた。 「よくそんな、細かいこと覚えてましたね」 大智は少し慌てて答えた。 「あ〜やっぱり送ったことあるんだね?どのメールだったんだろ」 「…大したこと書いていないから彗さんは覚えていないと思いますよ。僕は嬉しかったけど」 苦笑いして大智がそう言った。大抵のメールは覚えているんだけどなあ。大智の様子からするとあまり触れてほしくない感じだ。 「教えてよ」 「教えません」 「なんで」 「なんでもです」 耳まで赤くして、大智がそっぽを向き、そのまま俺の前をスタスタと歩き始めた。 何だよ、そんなに頑固に嫌がらなくても… そんな恥ずかしいメールだったのかな?でもそれらしいのを思い出せない。   大智の背中を見ながら俺はふとあることに気づいた。 恥ずかしいからと俺に言えないメール。それはもしかして俺に関係するメールだから? まさかあのメールを送ってきたのは…大智なのか? 「…なあ、大智の初恋の人って、どんな人?」 その言葉に大智が足を止めた。 振り向いた顔が真っ赤になっている。 「もしかして大智が送ったメールって俺が初恋の人ってやつ?」 大智は小さくため息をつき、小さな声で答える。 「そうです。僕が送ったんです。『彗さんが初恋の人です』って」 「…そっか」 あの時俺は勝手に女の子から届いたと思い込んでいた。大智は俺に、初恋を叶えてやるって言われ続けて、どう思っていたんだろう。 「あーあ、僕、もっとバレないようにしたかったのに、ずるいなあ彗さん」 見る見るうちに、大智の目が潤んでくる。 「もっと仲良しのままでいたかった」 ついにポタポタと涙が落ちていく。 「ちょ、ちょっと待って。何で泣くの」 「だって、嫌でしょ?僕に…男に初恋だなんて言われて。やっぱり初恋なんて叶わな…」 (ああもう!) 大智の言葉を遮るように、俺はその華奢な体を抱きしめた。 「うわ、ほっそ!」 思わず出てしまった言葉。大智は抱きしめられて驚きながらも、うるさい、と反論した。 「ごめんなぁ、俺が鈍くて」 「いいから、離してください」 俺の肩に顔を埋めて、大智は泣いている。離せという割には体は寄りかかったままだ。 「やだよ、約束したじゃん」 「…え?」 顔をあげて、大智は体を離す。パチクリした目を見て、俺は思わず笑ってしまった。 俺だってお前が可愛いって思ってた。そんな子にこんな告白されたら、そりゃたまらないよね。 「だから、大智の初恋、叶えてやるって!」 もう一度、抱きしめると、大智は子供のように声を上げて泣いた。 目を真っ赤にした大智はまだ、信じれないと言った顔で俺を見ている。 「本当に叶えてくれるんですか」 「もー、何度言ったら分かってくれるの」 大智が落ち着くまで、ベンチに二人で腰掛ける。平日の夕方。いつもなら子供たちがいるのに今日はやけに人がいない。大智はなかなか落ち着きそうもない。どころか何度も疑ってかかる。どうにもまだ信じてもらえないようだ。 ああもうこうなったら、実力行使だ! 「大智」 名前を呼んで、こっちを向いた時、俺は大智に顔を近づける。クルンとしたまつ毛が可愛い。 「目、閉じて」 流石の大智もこれから俺がしようとしたことに気づいたらしい。ゆっくりと目を閉じた。俺はそのまま大智の唇に自分の唇を重ねる。 柔らかい感触がした。啄むようなキスの後に俺の鼓動の音がうるさいことに気づいた。大智の腕を取り、その手を俺の胸に押し付けた。 どきどきする鼓動が伝わるだろうか。 「な」 目を開けた大智は、恥ずかしそうに、でも嬉しそうな笑顔を見せてくれた。 *** 『初恋が叶いました、という報告をいただきました。いやー、嬉しい報告をありがとうございます!【ナイトスペース】では、このような嬉しい報告や日々のちょっとしたことを募集しています』 今日も俺はマイクの前でメールを読んでいる。その中にこっそりと恋人のメールを読み上げたのは内緒だ。 『読んでくれてありがとう!彗さん、大好きです』 そんなメールが届いてニマニマしながら廊下を歩いていると、赤城に呼び止められた。 「昨夜の放送、やけに嬉しそうにメールを読んでたなあ、有村」 そう言われて、目を背けると。赤木はニヤリと笑って肘で俺の体を突く。 「昼飯、奢ってやっから聞かせろ、のろけ話」 「うわ怖っ。なんで分かるの」 「いいからいいから、聞いてもらいたいんだろ」 明日は休みだし、今度は大智とどこに行こう? 【了】

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