1 / 1
Y字路
間取りはどうなってるんだろう?
視線の遥か先に、薄い三角の形をした家が見えた。
カンカン照りの太陽の下。遠くの白茶けた壁も、トボトボ歩いてきた知らない道も、作りものめいて生気がない。
ここ、どこだろう?
喉乾いたな。
車、飛び出してくるんじゃなかった?
まあ、アイツの車に戻ったとしても飲み物は無い。オレがコンビニで買い忘れ、キレたアイツはオレの腹を殴った。
人っ子一人いないのに、無駄に真新しいアスファルト。両サイドには、打ち捨てられ雑草が生えた畑。日差しに干からびた朝顔が、フェンスにへばりついている。
いつものことで、耐えられないわけじゃなかったのに。殴った後は、ごめんってオレを抱いてくれる。愛してるって言って、手を繋いで郊外のアウトレットモールを回るんだ。
顔を上げると、尖った家の角が目に飛び込んだ。やっぱり薄い。
左の道は緩やかに下り、別れた右は急な登り坂。どこに続いているかはわから……な……
え? 海?
わずかな潮の香りが鼻をくすぐった。
アイツと出会ったのは真夏の海だった。
足がつって溺れた友人を助けたのは、優しくてお節介で日に焼けた長身の男。透明感のない観光地の砂浜が、キラキラ輝いて見えた。
カラカラとサッシ窓を引く音がする。見上げると、右手の急坂に面したベランダにはためく毛布。鮮やかな黄、可愛いくま柄。
無造作に置いてある三輪車に気付く。
嗚呼この家で、確かな幸せが生きている。
緩慢な下り坂に続くのは、きっと海。
目をつぶる。
右か左か。
幻の波音がオレを呼び……殴られたみぞおちがズキリと痛む。
晩夏の熱気を吸い込んで、オレは大きく一歩を踏み出した。
【終】
ともだちにシェアしよう!