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6 とっ散らかったけどわかった
(あぁ、あったけぇなぁ)
季節はすっかり秋になり、明け方寒くなってきたから昨日毛布を出した。見るからに高そうな新品の毛布を見たときは口元が引きつったが、たしかにこれは暖かい。思わず説教してしまったが、起きたら「暖かくてよかった」と言ってやるべきだろうか。
ベッドの買い換えは何とか阻止したものの、布団一式は絶対に買い換えるんだと言い張る幸佑 に「んなもったいねぇことすんじゃねぇぞ」と何度も言った。ところがオレが知らない間にマットレスから何から全部新品に変わっていた。
「コウちゃんが泊まる前に買い換えたよ?」とは幸佑 の言葉だが、まったく気がつかなかった。高いものはどれも似たような感じに見えるからかもしれない。
買い換えを知ったときは「この無駄遣い野郎が!」と思ったものの、この寝心地なら「さすが高級品だな」と納得できる。肌触りがよくて、モチッとしていて、人肌みたいな温かさで……って。
「幸佑 、抱きつくな! 起きろ!」
「うーん、あと一時間……」
「せめて五分とか言えよ、可愛くねぇな。じゃなくて、抱きつくなって何度も言って、っておい、ちょ、手! おまえ、どこ触ってんだよ!」
「どこって、コウちゃんのいいところ?」
「~~っ! この、スケベ野郎が!」
「……ったいよ、コウちゃん」
「おまえが悪い!」
右を向いて寝ていたオレを背後から抱きしめるだけじゃ飽き足らず、腰に回した左手でオレの息子を撫でやがった。「何してくれてんだ!」と思い切り幸佑 の手を叩 いたが、ほんの少し膨らんでいたものが完全に起き上がってしまった。
「だって、先に朝勃ちしてたのコウちゃんのほうじゃん」
「やかましいわ! おまえだって勃ってんだろうが!」
「そりゃ勃つよ? だって好きな人を抱っこしてるんだもん。俺は健全な男の子だもん」
「男の子だもん」なんて可愛く言いながら、勃起したモノをグリグリ押しつけてくる。慌てて腰を引いたが、追いかけるように尻たぶに押しつけられてしまった。
「ね、抜きっこしよ?」
「……ッ」
「コウちゃんだって、このままじゃつらいでしょ?」
幸佑 の体が背中にピタッとくっつくのがわかった。やたらと色っぽい囁き声がして、今度は手を叩 くことも文句を言うこともできなかった。
「…………はぁ」
またやってしまった。これで三度目だ。
一度目は必死に拒んだし、なんなら子どもみたいに手足をバタつかせて嫌がったりもした。それなのに気がついたら二人とも下半身がスッポンポンで、幸佑 の手によってあっという間に射精させられていた。初めて他人にされたが癖になりそうなくらい気持ちよくて、そう思った自分にショックを受けた。
二度目は気持ちよかったのを体が覚えていたせいか、拒む手に力が入らなかった。そのままズボンを脱がされ、タマまで揉まれながら二回も出してしまった。
そして今朝が三度目だ。幸佑 の硬くてヌルヌルの先端に裏筋を擦られるのが気持ちよくて呆気なく出てしまった。それでも元気だった息子たちを、今度は二人で擦り合って二回目もすぐに出た。そうして若干賢者タイムに入ったところで、幸佑 が尻を触っていることに気がついて飛び退いた。
「あ~ぁ、気づかれちゃった」なんて笑っていたが、尻たぶどころか割れ目の奥まで触ろうとしていたことには気づいている。
(まさか、本当にする気なのか?)
幸佑 に好きだと言われたあと、オレは男同士でどうするのか少しだけ調べた。スマホで“男同士 セックス”と入れるだけでいろんな情報が出てきた。インターネットって便利だなと思ったが、尻に突っ込むとわかったところで見るのをやめた。
(だって、尻にとか絶対に痛いだろ)
幸佑 には男のセフレもいた。つまり、幸佑 はそういうことをしていたってことになる。おそらく突っ込む側だったんだろうが、それでも自分に置き換えると結構な勇気がいるような気がした。
(って、あのトオヤマって人には突っ込まれてたんだよな)
あれこれ見ているときに“ねこ”という言葉が何を意味するのかもわかった。つまり、あの失礼な男には突っ込まれていたってことだ。
(突っ込むとか突っ込まれるとか、なんか凄ぇな)
それを恋人じゃなくセフレ相手にできるのがすごい。いや、セフレってのはそういうことをする相手か。しかしそういうことをしたことがないオレには未知数すぎて、それ以上の感想は思い浮かばなかった。
そう思ったものの、知ることと実際にやるとでは大きく違う。そもそもオレは男とどうこうしたいと思ったことがない。いくら相手が超絶イケメンの幸佑 だったとしても、そういうことをするんだと想像するだけでさすがに気持ち悪く……は、ならなかった。
(それどころか、ちょっと勃ちそうになったし……って、いやいやいや)
慌てていろんなことを払いのけた。深く考えると恐ろしいことになりそうな気がする。
行為の内容を知ったからか、最近は幸佑 に好きだと言われてからのことを思い出したり考えたりするだけで頭の中が取っ散らかるようになった。取っ散らかって、何がなんだかわからなくなる。
(考えれば考えるほど、よくわかんねぇんだよな)
オレのことを好きだと言う幸佑 を気持ち悪いだとか思ったことは一度もない。駄目だと言っても抱きついてきたり、今朝みたいに抜き合いだと言って触られたりしても嫌悪感を抱くこともなかった。
じゃあ幸佑 のことが好きなのかというと、それもよくわからない。オレの中では幸佑 はやっぱり幼馴染みで弟みたいな存在だ。こうして世話を焼くのは昔からの延長線上みたいなもので、バイトじゃなくなってもここに来るのが面倒だと思ったことはない。
(やっぱりよくわかんねぇ)
受験勉強のときでさえ、こんなに頭を抱えるような難問はなかった。
いや、答えはきっと近くにあるんだ。答えはすぐそこにあって、もう見えているし手を伸ばせば届きそうな予感がする。それなのに、あと少し身を乗り出すのが怖いようなおかしな感覚になった。おかげでオレの頭の中はずっと取っ散らかったままで、それが焦れったくて仕方がない。
「コウちゃん、どうしたの? 難しい顔して。何か材料足りなかった?」
「……いや、目玉焼きにするかスクランブルエッグにするか考えてただけだ」
「じゃあ、オムレツがいいなぁ」
「選択肢に入ってないのを言うなよな」
「あはは」
笑いながら皿を出す幸佑 の背中を見ながら、取りあえずいまは考えないことにしようと頭を振り、希望どおりオムレツを作ることにした。といってもフライパンでオムレツを作るなんてオレにはハードルが高いから、レンチンで作れる調理器具を用意する。本当に電子レンジって便利だなと思いながら、頭の中の半分はやっぱり幸佑 のことでいっぱいだった。
* *
「ユキ~、久しぶり~」
駅の反対側にできたというパン屋に二人で向かっている途中で、幸佑 の元セフレに遭遇した。
幸佑 のセフレに会うのはトオヤマって人と合わせて二度目だ。今度は昔からよく見かけていた可愛い顔をした男だった。ちょっとだけホッとして、ほんの少しモヤッとした。そんな自分に驚いて思わず首を傾げてしまった。
「うわぁ、ユキに会えるなんて超ラッキー」
嬉しそうに小走りで近寄ってきた男をチラッと見た幸佑 は、何も言うことなく歩き出そうとする。それに慌てたのは男のほうで、「待ってよ!」と言いながら幸佑 が羽織っている薄いコートの袖を掴んだ。
「ね、待って。この前マキとメグミに会ったんだけど、全員と別れたってほんとなの?」
「ほんとだよ」
「そっかぁ、ほんとだったんだぁ」
男が大きな目をさらに大きくして幸佑 を見上げた。
「あ、でも友達としてなら会えるよね? きっと他の子たちも会いたいって思ってるよ?」
「無理じゃない? それにみんなどういう関係かわかってて会ってたんだし、終わったらそれきりでしょ」
「え~、ぼくはユキと友達でもいいから会いたいなぁ~」
オレと同じくらいの身長の男は、くりっとした大きな目で幸佑 を見上げながら甘えるような声を出している。それはオレから見ても嫌悪感なく可愛いと思う表情なのに、なぜかムカッとした。
「ねぇユキ、これからは友達としてお茶したりしようよ。ぼく、いいお店たくさん知ってるからさ。あっ! ねぇ、いまから時間ある? ユキいつも暇だって言ってたよね? この近くに可愛い喫茶店があるんだけど、そこに行かない? ねぇいいよね?」
ほっぺたをちょっと赤くしながら袖をツンツン引っ張って誘う姿は、その気がある男にはたまらないに違いない。そういう気がまったくないオレですら、男にも可愛い奴がいるんだなと感心したくらいだ。
同時になぜかムカムカが増してきて、やっぱり首を傾げてしまった。さっきから変な気持ちになってばかりいる。
「最初に言ったよね? 終わったら二度と関係は戻らないし、友達にもならない。街で偶然すれ違っても声はかけないって」
「もう、ユキったら急にマジメになっちゃって、どうしたの? あ、もしかして隣にいるの、お友達? お友達にぼくたちの関係、知られちゃまずかった?」
「別に。それにこの人、俺のことよーく知ってるから」
幸佑 の言葉に、男の大きな目がチラッとこっちを見た。くりっとした大きな目が一瞬にして睨みつけるような眼差しに変わる。どうしてそんな目で見られるのかわからず、それでも視線を外したら駄目だと思って静かに見つめ返した。
「そうなんだ。じゃあ、お友達も一緒にどう? あ、でも用事があるなら無理にとは言わないから、断ってもらってもいいよ?」
男が明らかに邪魔なんだよって目でオレを見ている。その視線にどうしてかイラッとした。……本当にオレはさっきからどうしたっていうんだろう。
「じゃあ断る。俺、これからこの人と一緒に行くとこあるから。じゃあね」
男の手を振りほどいた幸佑 が、驚くほど自然に俺の腰に手を回して歩き出そうとした。それを遮るように男が幸佑 の前に身を乗り出し、勢いのまま胸に飛び込むように寄りかかる。その結果、オレは弾き出されるように幸佑 から離れることになった。
(こいつ……、それじゃ、まるで抱きついてるみたいじゃねぇか)
幸佑 に抱きつくようにくっつく男の様子にますますイラッとして、そう思ってしまう自分に戸惑った。
(っていうか、何なんだよこいつ)
幸佑 の元セフレというのはわかっているが、しつこいにも程がある。それに公衆の面前で抱きつくような仕草をするなんて、どうかしている。そんなことを矢継ぎ早に思ってしまう自分に気づき、どんどん頭が取っ散らかってきた。
苛々したまま二人を見ていると、幸佑 の肩に額をくっつけたまま男が口を開いた。
「ねぇ、もしかしてその人が新しい相手? ユキが新しい相手のせいでセフレを切ったって噂、ぼく信じてなかったんだけど……。っていうか、超普通じゃん。ほんとにこの人が新しい相手なの?」
トオヤマと言いこいつと言い、失礼な奴ばかりだな。そりゃあ幸佑 の幼馴染みの割には普通すぎるのかもしれないが、だから何だって言うんだ。あぁ、駄目だ。ますます頭が取っ散らかってくる。
「答える必要はないと思うんだけど」
「だって、いままでのセフレはみんな可愛いか美人ばかりだったでしょ? 少なくとも男はみんな可愛かったもん。なのにこんな地味で平凡なメガネって……。そもそもユキには似合わないよ、こんなどこにでもいるような普通の人なんて。それにみんなユキに飽きられないようにって、いろいろがんばってたんだよ? ぼくだって……」
男の言葉は続いているが、男を見下ろしている幸佑 の顔はとんでもなく冷たいものに変わっていた。この顔はトオヤマと話していたときと同じ、いや、あのときよりももっと無表情に見える。
男は幸佑 の袖口を摘みながら俯き加減で話しているから、幸佑 の表情が変わったことに気づいていないのだろう。もし見えていたら言葉を続けることなんてできないはずだ。
(つーか、何も返事しない段階で変だって気づけよ)
少なくとも幸佑 は相づちすら打たないような男じゃない。元セフレならそのくらいわかっていてもよさそうなものなのに、どうして気づかないんだろう。それに、このままじゃたぶん……。
「ねぇユキ、だから……、っ」
上目遣いで幸佑 を見上げた男の顔が引きつったのがわかった。
(だろうな。オレでも滅多に見ないくらいの顔してるもんな)
超絶イケメンが無表情になるととんでもなく恐ろしいということを、オレは幸佑 を見て学んだ。こういうとき、大抵は人形のような作り物めいた顔に見惚れるよりもギョッとして、人によっては恐怖を感じるらしい。
高校のとき、こういう表情を見せた幸佑 にその後も話しかけるという猛者は一人もいなかった。そのことを思い出し、そういう表情を元セフレに向けていることに胸が晴れるような思いがした。
「俺、しつこいの嫌いだって言ったよね?」
「あ……」
「それに俺たち、ずっと前に終わってるよね?」
「……」
「俺、セフレも友達も必要ないから。この人がいれば他は誰も要らない。二度と俺の前に現れないで」
「ユキ、」
「名前も呼ばないで。それから俺、恋人のことけなされるの超ムカつくんだよね」
男はもう何も言わなかった。いや、言えなかったんだろう。真っ青な顔をしている男に「バイバイ」と言った幸佑 は、再び俺の腰に手を回して歩き出した。
(腰に手を回すとか、ほんとイケメンすぎるだろ)
つーか、勝手に恋人とか言ってんじゃねぇよ。保留だって言っただろうが。
そんなことを思いながらもオレは幸佑 の言葉にスカッとしていた。幸佑 に特別なんだと言われたのが嬉しくて胸の奥がむずむずする。腰を抱いている手にドキドキして、「公衆の面前で何やってんだよ」と思っているのに振り払う気持ちにはなれなかった。
いつもならすぐに怒り出しそうなオレが大人しいからか、立ち止まった幸佑 が顔を覗き込んでくる。たったそれだけのことなのに、心臓が勝手にバクバクし始めてどうしていいのかわからなくなる。
「コウちゃん、そんな顔してたら俺、今日こそいけるかなぁなんて思っちゃうよ?」
「そんな顔って、どんな顔だよ」
「うーん、俺のことが好きって顔?」
「だから疑問形で返すんじゃねぇよ」
「あはは、どんなときでもコウちゃんは強気だなぁ」
そう言って腰に触れていた手が離れていく。たったそれだけのことなのに、どうしてか残念に思ってしまった。
「でも否定しないってことは、コウちゃんも好きになってくれたってことだよね?」
「……知るか」
「ツンデレなところも可愛いよね」
「ツンデレとか言ってんじゃねぇよ」
「え? 突っ込むところ、そこ? 可愛いのほうじゃなくて?」
「うるせぇ」
その後ようやく到着したパン屋では、残念ながらどれがうまそうかなんて見る余裕は全然なかった。そんなオレに再びニコッと笑った幸佑 は、一体何人分だよというくらいの量を買い込み、さらにスーパーで惣菜を買い足すことを提案してきた。
スーパーで総菜を買うのは久しぶりだ。大抵はオレが作れない揚げ物を食べたくなったときに買っていたのに、今日はサラダや肉豆腐に餃子、焼き鳥まで買っている。パン屋に続いてあまりの量に「もったいないだろ」と注意すると、「だってコウちゃん作れなくなると思うからさ」と言われて首を傾げた。
「どういうことだよ」
「初体験って、体大変だから何もできなくなると思うんだ。でも食べないと体力もたないし」
何でもないことのようにとんでもないことを言われ、一瞬理解できなかった。何を言われたのかわかり、迷うことなく足を思い切り踏んづけてやったのは言うまでもない。
「い……ったいよ、コウちゃん!」
「公共の場でとんでもないこと言うんじゃねぇよ!」
「だってコウちゃんが聞くから」
「うっせぇ!」
「あはは、顔真っ赤。……でも、否定しないってことは、してもいいってことだよね?」
「…………うっせぇよ」
「ツンデレなコウちゃん、ほんとかわいーなぁ」
顔を見られたくなくて横を向き、右手の拳で口元を覆った。すると空いているオレの左手を幸佑 がギュッと握り締めてきた。
いつものオレなら「スーパーで何やってんだよ」と怒るところだが、何も言わずに顔を背けることしかできない。そんな自分に驚きながらも「あぁ、そうか」と納得した。
(オレ、幸佑 のこと好きだったんだな)
あんなに取っ散らかっていた頭がスッキリした。トオヤマと遭遇したとき、幸佑 がトオヤマにカチンときたと言った意味も理解できた。
オレは元セフレの男の言動にムカッとしてカチンとしていた。しつこく言い寄る姿に腹も立てた。だから、元セフレを突き放した幸佑 の態度や言葉にスカッとしたんだ。
何よりも、可愛い元セフレじゃなくてオレを選んでくれたことが嬉しかった。こんな平々凡々な、どこにでも転がっている普通の男のオレを選んでくれたことが嬉しくて、帰り道では左手を握られたまま何も言うことができなかった。
(そっか。オレ、幸佑 のことが好きだったんだな)
改めてそう思うと気恥ずかしくなる。それでも好きな気持ちを誤魔化したいとは思わない。だから帰宅してすぐに「オレは幸佑 が好きだと思う」と告白した。
ニコッと笑った幸佑 は、すぐにオレを抱きしめた。他人の体温をこんなに嬉しく感じたのは初めてかもしれない。そんなことに浸っている「……やば、鼻血出そう」なんて幸佑 がつぶやくから、慌ててティッシュを探す羽目になった。
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