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片思い

「あっあっあっ、んっ、ひあぁっ」  自分の口から漏れる甲高い嬌声を信じられない思いで聞きながら、大和(やまと)はなんでこんなことになってるんだっけ? と考える。  その間もガクガクと体を揺さぶられて、まともに思考が働かない。  体を揺さぶっているのは、幼馴染みの瑠衣(るい)だ。  人形のように綺麗な顔をした瑠衣が、頬を上気させて、額にうっすらと汗を滲ませ、息を乱し、大和を組み敷いて腰を振っている。  色気が凄い。目を合わせただけで、くらくらしてくる。  ふと、瑠衣が不機嫌そうに眉を顰めた。 「おい、なに考えてる……?」 「んぇっ?」 「俺だけに集中しろっ……」 「んひあぁっ」  苛立った様子でずんっと腰を打ち付けられて、恥ずかしい悲鳴を部屋に響かせてしまう。  集中しろと言われても、そもそもなんでこんなことしているのかがわからない。  瑠衣とは幼馴染みで友達で、決してこんなことをするような間柄ではない。  大体、大和には好きな人がいる。ずっと一途に思い続けてきた、瑠衣の姉の亜伊(あい)が。  まあ、失恋したのだけども。  告白もせずに失恋して、それがどうして失恋した相手の弟とこんなことになっているのか。  瑠衣の考えていることがさっぱりわからない。  一番の友達で、彼とはもう随分長い付き合いになる。  家が近所で、通う小学校が同じだったのだ。  小三でクラスが一緒になり、瑠衣の方から大和にちょくちょく声をかけてきて、それで仲良くなった。家が近いということで自然と登下校も一緒にするようになって、それから互いの家に遊びに行くようになっていった。  ゲームも漫画もアニメも、大和が好きなものは瑠衣も好きで、趣味が合えば話も合った。気づけば瑠衣は一番仲の良い友達になっていた。  そして大和は出会ったのだ。亜伊という運命の人に。  大和が瑠衣の部屋で遊んでいたとき、お菓子とジュースを持ってきてくれたのが亜伊だった。  それまでも瑠衣の家には何回か訪れていたが、彼の姉と顔を合わせるのはこのときがはじめてだった。  彼女はこのとき中学生で、小三の大和からすれば年上の大人の女性だった。  お人形のように美しい、清楚で可憐なお姉さん。笑顔が綺麗で声が優しくて、大和は彼女にすぐに心を奪われた。それからずぅっと、大和は彼女に淡い恋心を抱き続けていた。  瑠衣との友情も、ずっと変わらず続いていった。  小学校を卒業しても通う中学は同じだったので、今まで通り一緒に登下校し、毎日瑠衣と行動を共にしていた。  瑠衣の家に遊びに行けば、運がよければ亜伊に会えた。それが大和のささやかな幸せだった。  顔を合わせても一言二言言葉を交わすだけで、それ以上特になにもない。大和は亜伊のことが好きだったが、告白する勇気はなかった。そもそも顔を見るだけで胸がバクバクして、緊張でまともに目も合わせられないのだ。  告白など夢のまた夢で、ただ密かに彼女への思いを募らせるだけだった。  亜伊は成長するにつれどんどん綺麗になっていき、大和はますます彼女の顔を見れなくなっていく。対面するだけでドキドキして、呼吸すらままならなくなってしまうようになっていった。  美しく成長していったのは弟の瑠衣も同じだ。亜伊に似て容姿がとても整っていて、背もぐんぐん伸びてあっという間に大和よりも大きくなっていった。小学生の頃から女子の人気は高かったが、中学では更にモテモテになっていた。  けれど大和にとって瑠衣は瑠衣でしかなく、どれだけ綺麗な顔に成長しても大和の彼に対する態度はなにも変わらなかった。  瑠衣は大和の一番の友達であり続け、片思い相手の亜伊との関係もなにも変わらず全く進展などしなかった。亜伊とはたまに会えるだけで満足してしまっていたので、進展などするはずもなかった。  なにも変わらないまま時間は流れ、中学を卒業した。高校も瑠衣と同じ学校に通うことになった。  一番仲のいい友達と離れずに済んだことを、大和は純粋に喜んだ。学校が別になっても家が近所なのだから会おうと思えばいつでも会えるが、ずっと一緒だった瑠衣と別の学校に通うことになったらやはり寂しい。だから、高校生活も瑠衣と一緒に過ごせることが嬉しかった。  それくらい、瑠衣は大和にとって大切な友達だったのだ。  高校でも相変わらず瑠衣はモテモテだった。顔立ちはすっかり大人びて美しさに磨きがかかり、体格もスラリとしてまるでモデルのようだ。  対して大和は至って平凡だった。瑠衣と並べば確実に見劣りする。けれどそんな瑠衣を大和は誇ることも妬むこともない。瑠衣は大和にとって対等な友達だから。  成長しても、大和と瑠衣の関係はなに一つ変わりはしない。  そして大和と亜伊の関係も変化など訪れることはなかった。  愚かなほどに奥手な大和は、想像もしていなかったのだ。  亜伊は片思いの相手で、憧れの女性で、大和の唯一人の特別な人。  けれど、亜伊のような美人がモテないわけがないのだ。弟の瑠衣があれだけモテているのだから、そんなこと考えなくてもわかることだ。  しかし大和はわかっていなかったのだ。自分と同じように亜伊に思いを寄せる者の存在を。  そんなわけがないのに、今の今まで、彼女に恋をしているのは自分一人きりなのだと思っていた。だからこそ、たまに顔を合わせるだけで満足していたのだ。誰かに奪われてしまうという危機感も抱かず、挨拶を交わしただけで舞い上がり、連絡先を交換するとかデートに誘うとかそんなアプローチは一切行っていなかった。  そして大和はそんな自分の愚かさを思い知らされることとなる。  ある日の休日、大和は瑠衣の家にやってきた。もう何度も訪れたことのあるマンションの下で、大和は亜伊とばったり会った。 「あ、亜伊ちゃん……っ」 「あら、大和くん。こんにちは」  にこりと微笑む彼女は、もうすっかり大人の女性だ。  笑顔を見ただけでどぎまぎして、大和はうろうろと視線をさ迷わせる。そのとき、彼女の後ろに立つ男の姿が目に入った。  大和に負けず劣らず平凡な男だ。  誰なのだろうと思いながら亜伊に視線を戻せば、彼女ははにかむように頬を染めた。亜伊のそんな表情を見たのははじめてだった。 「彼ね、私の恋人なの」  頭の中が真っ白になる。  うっとりと、愛おしいものを見るような視線を男に向ける亜伊と、顔を真っ赤にして照れる男。  そんな二人の姿を、大和はただ呆然と見ていた。 「今日は瑠衣とうちで遊ぶのよね? 私はこれから出掛けるけど、ゆっくりしていってね」  果たしてきちんと返事をできていたか、大和にはもうわからなかった。気づけば瑠衣の部屋にいて、子供のように大泣きしていた。 「亜伊ちゃんが、亜伊ちゃんがあぁ……!」と、みっともなく泣き喚く。  勝手に頭の中で、自分だけの片思いの相手と思い込んでいた。自分はそんな馬鹿みたいな都合のいい解釈をしていたのだ。失恋して漸く、そのことに気づいた。  こんなに長く一途に思い続けてきた相手を、横から掻っ攫われるなんて。しかも、あんな絵に描いたような平凡な男に。それなら、同じく平凡な大和にだって望みはあったはずだ。告白していたら、彼女の隣に立っていたのは自分だったかもしれない。  それなのに、大和はなにもせず暢気に過ごしていた。ほんの少し会話できただけでラッキーなんてはしゃいで、告白をしようだなんて考えもしていなかった。  本当に、なにをしていたのだ。  悔やんだって、もうどうにもならない。  初恋の亜伊ちゃんはもう他人のものになってしまったのだ。  自分の不甲斐なさと失恋の悲しみに床に蹲り号泣していると、強く肩を掴まれ顔を上げさせられた。  目の前には憮然としている瑠衣がいて、そういえばここは彼の部屋で、遊びに来たというのに大和は部屋に入るなり泣き出してしまい彼の存在などすっかり忘れていた。 「亜伊ちゃん亜伊ちゃんうるせぇんだよ」  ドスの効いた声で言われて大和は縮み上がる。こちらを睨み付ける瞳は鋭い。瑠衣の強い怒りを感じる。  怒るのも当然だ。泣くだけなら帰れという感じだ。瑠衣のことなど忘れていた大和は、慰めすら求めていないのだから。それなら自分の部屋で一人で泣けと、自分でもそう思う。ショックが大きすぎて周りが見えていなかった。  とりあえず謝って帰ろうとした大和だが、何故か瑠衣にキスをされていた。驚きのあまり抵抗することすら忘れ、激しいディープキスを受け入れていた。  口の中で瑠衣の舌が動き回る。口の粘膜を擦られて、ぞくぞくっと、悪寒ではなく体が震えた。小学生の頃から亜伊に片思いしていた大和はもちろん恋人なんてできたことはなく、はじめてのキス、それも舌を絡め合うような濃厚な口づけにただ翻弄されるだけだった。  くちゅくちゅと濡れた音が鳴って、恥ずかしさに全身が熱を持つ。ぬるぬると瑠衣の舌で口内を舐め回される感触が気持ちよくて、思考もとろとろになっていって、抗いもせず瑠衣のキスを享受していた。  すっかりぐずぐずになった大和はベッドに押し倒され、衣服を剥ぎ取られ、抵抗しようという気を起こす前に蕩けるような快楽を与えられ、喘ぐことしかできなくて、そして気づけばガッツリ瑠衣と体を繋げていた。  わけがわからない。けれど、こんなことをしてはいけないということはわかった。今更だけれど。これは友達である瑠衣としていい行為ではない。 「る、瑠衣っ、やめ、んんっ、こんなの、だめだっ、あっあっあんっ」 「なにがダメなんだよ? めちゃくちゃ感じてるくせに……っ」  止めようとすれば、それを阻むように強く腰を揺さぶられる。 「ひんっんっあっあっ、だめっ、こ、こ、いうことは、あっあっひっ、好き、好きな人と、しなきゃ……っ」 「好きな人?」 「お、俺は、んっあっあぁっ、亜伊ちゃ、が好き、だから、ぁあっあっああぁっ」 「へー、じゃあお前、コレ亜伊に突っ込めんの?」  コレ、と言いながら瑠衣は大和のぺニスを握る。そのままやんわりと扱かれ、大和は快感に震えた。 「んひぁっあっ、らめっ、ちんこ、弄っちゃ、あっあぁんっ」 「答えろよ。このちんこ、亜伊のまんこに突っ込めんのかよ?」 「そ、そんな、そんなの、んひっひっはっあっ、で、できないぃっ」  亜伊をけがすような真似は大和にはできない。大和は亜伊をどこか神聖視していて、恋心を抱きながらも彼女に肉欲を向けることは一切なかった。エロい目で見たことなどなく、想像ですらそんなことはできない。 「で、できるわけないっ、こ、こんなこと……っ」 「でも、亜伊は子供好きだから、絶対子供は欲しがると思うぞ」 「こっ、こども……っ?」 「亜伊と恋人になって結婚したら、こうやって子作りしなきゃならないんだぞ」 「そ、そんな……そんなの、できない……っ」 「だったら、亜伊のことなんてさっさと諦めて綺麗さっぱり忘れろ」  ぐっと顔を近づけられ、瑠衣に至近距離から見下ろされる。今まで見たことがない色っぽい顔で、今まで見たことがないくらい真剣な瞳で見つめられて、大和の心臓がドキッと跳ねた。彼の視線に落ち着かない気持ちになるのに、目を離せない。 「で、でも……っ」 「亜伊じゃなくて、俺にしろ」 「へえっ!?」 「俺と付き合えよ」 「えっ!? な、なに、なんで、なに言って、る、瑠衣は友達だろ……!?」  冗談とは思えない声音でそんなことを言われ、大和はあからさまに動揺する。 「友達とは付き合えないって言うのか?」 「そ、そりゃ、だって、友達だし……っ」 「友達から恋人になればいいだろ」  当然のように言われて確かに、と納得してしまう。友達から恋人へと関係が変化することは別におかしなことではないのではないか。 「俺と一緒にいるの、楽しいだろ?」 「う、うん……」 「俺のこと好きだよな?」 「そりゃ、もちろん……」  好きでなければ、何年も友達なんてやっていない。あくまで、友達としてだが。 「俺とこれからもずっと友達でいたいよな?」 「うん……」 「だったら、友達のまま、恋人になればいいだろ」 「と、友達のまま……?」 「これからは友達としてだけじゃなく、友達であり恋人として一緒にいればいい」 「友達で、恋人……?」 「今まで通り一緒にゲームして、好きな漫画の話して、映画観たり買い物したり、遊びがデートになるだけだ」 「デート……」 「でも、それは亜伊が相手だったらできないんだぞ。アイツはゲームしないし漫画読まないし、映画はアクションよりも恋愛ものの方が好きだし。俺のがよっぽど趣味合うんだから、アイツと恋人になるより俺と恋人になった方が一緒にいて楽しいだろ」  確かにそうかもしれない。亜伊とは目を合わせるだけで緊張してしまうのだ。デートなんてとてもできそうにない。会話もまともにできないデートなんて、亜伊だってつまらないだろう。 「俺とだったら友達としても遊べるし、こうしてキスもセックスもできるんだ。一石二鳥だろ」  そうなのだろうか。そうなのかもしれない。大和は正常に働かない頭で必死に考える。 「で、で、でも……っ」 「俺じゃ不満だって言うのかよ?」 「だ、だ、だって、瑠衣、絶対浮気するだろ……」 「はあ? するわけないだろ」 「う、ウソだっ……瑠衣はモテモテで……いっぱい告白されてて……でも、本命は作らないって皆言ってた……俺のことも遊びで、すぐに飽きて捨てるんだろ……っ」  実際のことは本人に訊いたことがないからわからないけれど、学校では色んな女の子と遊んでいると噂になっている。瑠衣のモテモテっぷりは知っているので、それが事実だとしても不思議ではない。 「んなわけねーだろ。一途さではお前に負けてねーんだよ」  吐き捨てられた呟きは小さすぎて大和の耳には届かなかった。 「瑠衣……?」 「大和お前、俺をそんな軽薄な男だと思ってんのか?」  瑠衣の瞳に苛立ちが滲む。  大和はハッとさせられた。瑠衣とは長い付き合いだ。飽きたからなんて理由で恋人を捨てるような男ではないと、大和はよくわかっている。それなのに、噂を信じ彼に失礼な発言をしてしまった。 「ご、ごめん、瑠衣はそんなヤツじゃないよな」 「そうだ。俺のことはお前が一番よくわかってるだろ」 「そうだったな、ごめん、俺、ちょっと気が動転してて……」  なにせ状況が状況なのだ。友達にちんこを突っ込まれている状態で、冷静にものを考えられるわけがない。  素直に謝れば、瑠衣はすぐに表情を柔らかくした。 「わかってるなら、いい。じゃあ、俺と付き合うよな?」 「え、いやいやいや、でも付き合うとかは、そういうのは、好きな人とするもので……」 「お前、俺のこと好きだっつったじゃねーか」 「あっひっひぅんっ、い、言ったけど……っ」  友達として好きだと確かに言った。  嘘だったのかと咎めるように中を抉られ、大和は嘘じゃないと首を横に振り立てる。 「あっあっんっ、で、でも、瑠衣は……? 瑠衣も俺のこと好きなのか……?」  懸命に息を整えながら、問いかける。  瑠衣の気持ちだって大事だ。幼馴染みで気心が知れていて一緒にいて楽だから、大和と付き合おうとしているのではないか。  潤んだ瞳でじっと見つめれば、瑠衣はピタリと動きを止めた。  大和の頬に手を添え、瞳をじっと覗き込んでくる。 「好きだよ、大和」 「っ……」  亜伊に似ている瑠衣の綺麗な双眸に見つめられ、まっすぐに好きだと言われる。亜伊に似ているからというわけではなく、胸がドキドキした。亜伊は亜伊で、瑠衣は瑠衣だ。顔立ちは似ているけど、大和の中で二人は全く違う人間だ。大和はこんな風に亜伊をじっと見つめ返すことなんてできない。  大和は今、確かに、瑠衣に胸をときめかせていた。 「大和が好き。俺は大和だけが好きだよ。だから俺を選べよ」 「っ、っ……」 「大和、俺と付き合って」  頭がくらくらして全身がじんじんして、色んな感情がぐるぐるしているけど言葉にできなくて、大和はただ、小さく頷いた。  散々体を貪られ、疲れ果てて眠ってしまった大和を部屋に残して瑠衣はリビングに出てきた。  するとそこには、椅子に座ってスマホを弄る亜伊の姿があった。  彼女は瑠衣に気付き、ムフフと含み笑いを浮かべる。大和はこんな亜伊の笑顔を見たことはないだろう。 「ついに大和くんと結ばれちゃった? どうなの、長年の片思いが報われた感想は?」  にやにやと嫌な笑みを浮かべる姉に、瑠衣は心底イラッとした。その苛立ちを隠すことなく表情に出すが、慣れている亜伊がそれに臆することはない。  亜伊は知っていた。大和の気持ちを。大和はわかりやす過ぎるので、気づかないわけもないのだが。  そして瑠衣の気持ちも知っていた。大和が亜伊を好きになる以前から、瑠衣が大和のことを好きだったということを。  家が近所で、たまに見かける大和のことが瑠衣はずっと気になっていた。小三のときに同じクラスになって、漸く接点ができて瑠衣の方から声をかけ、友達になれた。そのときにはもう、瑠衣は大和のことが特別な相手として好きだった。どうすれば大和ともっと仲良くなれるかと悩んでいたときだ。大和が亜伊に一目惚れしたのは。  大和から亜伊への気持ちを聞いたことはなかったが、大和の態度を見ればすぐにわかった。そして瑠衣は自分の気持ちを大和に伝えられなくなってしまった。伝えても、大和は亜伊が好きなのだからフラれるだけだ。  瑠衣は友達でいるしかなかった。  奥手で亜伊との仲を進展させようと全く考えないくせに、大和は無駄に一途だった。そのせいで、瑠衣も大和との仲を進展させることができなかった。  とっとと亜伊に告白でもしてフラれてくれればよかったのに。そんな風に思いもするが、でも、告白しないでいてくれてよかった、とも思う。  亜伊には絶対に大和には手を出すなと釘を刺していたが、もし大和に告白されたら、ちょっとつまみ食いするくらいいいかも、なんて考えてもおかしくない。亜伊はそういう女だ。そして瑠衣と亜伊は好みがとても似ている。つまり大和は充分亜伊の好みのタイプで、だからそんな相手から告白なんてされたらペロッと食べてしまいかねない。亜伊は瑠衣の気持ちを知っているから自分から大和に手を出そうとはしなかったが、かといって決して瑠衣に協力的でもない。もっと早くに恋人の存在を大和に打ち明けてくれればいいのに、わざとそれを隠し続けてきたのだ。面白いから、という理由で。  大和は亜伊に清純清楚なイメージを勝手に抱き神聖視しているが、実際は全くそんなことはない。初心で純粋な男が大好物の肉食系だ。大和なんてあっという間に食われてペットにされていただろう。 「あーあ、あの可愛い大和くんが瑠衣に食べられちゃったのか……。やっぱりもったいなかったなー。ねえ、私にもちょっとくらい味見させてよ」 「うるさい。大和に手ぇ出したら殺すぞ」 「やだ、こわーい。大和くんに言いつけちゃうわよ?」  クスクスと亜伊が笑う。  彼女がただ瑠衣をからかっているだけだとわかっているが、大和のことを言われると冗談だとわかっていても怒りが抑えられない。  亜伊が実はこんな女だと、大和が知ればどう思うのか。  なにも知らない大和に真実をぶちまけてやろうかと考えないこともなかった。けれどそうすれば、理想を壊されてショックを受けるのは大和だ。幻滅されろ、とは思うが、亜伊のことでこれ以上大和が傷つくのは本意ではない。大和が自分以外のことで感情を揺さぶられるのが許せない。大和には瑠衣のことだけを考えてほしい。  失恋し傷心の大和につけこんで、漸く恋人の座を手に入れた。これからは、瑠衣のことしか考えられなくなるようにしていかなくては。大和が見つめるのも考えるのも瑠衣だけになるように仕込むのだ。恋人になってしまえばこっちのもの。大和はもう完全に瑠衣を意識しているから、誘導するのは簡単だろう。  やっと恋人まで漕ぎ着けたのだ。大和が亜伊なんかに惚れるから、瑠衣までこんなにも長く片思いを続けなければならなくなった。  でも、それも今日で終わりだ。遂に大和の目を自分に向けることができた。今までずっと友達としてしか見られてこなかったが、漸く自分を意識させることができた。恋愛対象ではなかったから、今まではどれだけ際どいスキンシップをしても全く意識されなかった。亜伊とは目が合っただけで真っ赤になるくせに。  だが、それも終わりなのだ。  今はじっと見つめるだけで、大和は頬を染めて恥ずかしがる。その表情を思い出し、瑠衣はついにやけてしまう。  それを見た亜伊にここぞとばかりにからかわれたが無視した。  長かった。本当に長かった。まさかこんなに長い時間片思いでい続けることになるとは思わなかった。  振り返ればぐったりするが、こうして無事に恋人になれたのだからもうなにも言うまい。   一度捕まえてさえしまえば、二度と離すつもりはない。  大事なのはこれからだ。 「嬉しそうな顔しちゃって」 「うるせー」 「よかったわねー。やっと初恋が成就して」 「お前がいなきゃ、もっと早くこうなってたんだ」 「それは私のせいじゃないもーん」  楽しそうに笑いながら、亜伊はリビングを出ていった。  肉食系とはいえ、亜伊は人のものには手を出さない。彼女に奪われるという脅威はもう去った。  これからいかにして大和に自分だけを見るように仕向けていくか。今後のことを考え、瑠衣はうっすらと笑みを浮かべた。

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