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25 化け物と呼ばれた領主と身代わりの花嫁・終
領主の屋敷を発ってから半月ほどが経った。馬車は西の国へと入り、少しずつ景色や空気も変わってきている。
「ヴァイルさまの故郷は、まだ遠いんですか?」
「この先の山を越えれば故郷だ」
「山……」
「麓をぐるりと回って行く。あと半月ほどで着く」
あと半月でヴァイルの故郷に到着する。シュエシは少しの緊張と、それを上回る興奮を感じていた。同時に少しだけ不安にもなる。
「それまでに、僕はヴァイルさまの血を口にすることができるでしょうか」
「ときが来れば自然と求めるようになる」
「……はい」
シュエシはいまだに空腹を感じることがない。こんなことで本当に大丈夫だろうか。本当に同じ化け物になっているのだろうか。不安になるものの、シュエシにできることは何もなかった。
窓の外に広がるのはのどかな田園風景で、その中を馬車が走る。遠くにはどこまでも続く城壁と、その奥に山が見えた。頂上付近が白いのは雪が積もっているからだろう。あの山の向こう側にヴァイルの故郷がある。
できれば到着するまでにちゃんとした化け物になっておきたい。仲間が多く住んでいるということは、自分のように眷属になった人がほかにいるかもしれないということだ。血を口にすることすらできない自分を見たら「どうしてあんなやつを」と思われるかもしれない。
(ヴァイルさまが馬鹿にされたらどうしよう)
自分が何か言われるのはかまわない。無視されたとしても慣れている。シュエシがもっとも危惧しているのはヴァイルに迷惑がかからないかということだった。
「不安がる必要はない」
「……はい」
答えるシュエシの声は小さく、景色を眺める眼差しもいつもより暗い。
「大丈夫だ」
「……っ」
耳元でそう囁かれハッとした。振り返ろうとしたシュエシの首を白い指が撫でる。
「おまえはわたしの花嫁だ。何も心配することはない」
首筋に口づけられ息を呑む。もう何度もされていることだというのに、ヴァイルの唇が触れているのだと思うだけで体が熱くなる。その熱が血を熱くし淫らな香りを漂わせた。
「香りも段々と強くなっている。血を求めるようになるのは間もなくだ」
「ヴァイル、さま」
「待ち遠しくはあるが……焦る必要はない。わたしは常におまえのそばにいる」
「んっ」
ヴァイルの手がドレスの上から体の線をなぞるように撫でる。官能的な動きで脇腹を撫でると、へその位置を確かめるように指先で布を擦った。そのままさらに下へと動いていく。相変わらずふわりとしたドレスを着ていたシュエシは、ヴァイルの手が裾をたくし上げようとしていることに気がついた。漂い始めた薔薇の香りに耳まで赤くしながら、慌てて淫らな手を止める。
濃密な薔薇の香りはヴァイルの欲を表している。つまり、そういう気持ちになっているということだ。
「だ、駄目です」
「問題ない」
「でも、」
「街の中心部はあの城壁の中だ。誰かに見られることはない」
「っ」
「それとも見られるほうがよかったか?」
「そ、そんなこと、っ」
話している間もヴァイルの手は動き続け、シュエシの左足は太ももまで顕わになっていた。その肌を撫でていた手がさらに奥へと入り、小さな下着の前部分を悪戯に撫で回す。
「もう濡れているな。感じやすいのはいいことだ」
「ヴァイル、さまっ」
「こちらを向け」
ぐるりと体を反転させられ正面から抱きしめられた。慌てて駄目だと言いかけた唇を口づけで塞がれる。抵抗しようとしたのは一瞬で、すぐに口づけに夢中になった。体を押し返そうとしていた両手も役目を忘れ力なく服を掴んでいる。
シュエシの意識が口づけに向いたところでヴァイルの手がドレスの中に侵入した。そうして女性用の小さな下着に触れる。前を覆う布はすでにグッショリと濡れていた。後ろの布をずらすと後孔がヒクッと震える。それを指先で確認したヴァイルは「淫らだな」と囁き前立てを開いた。なおも小声で駄目だと訴える声を無視し、いきり立つ楔で後孔を貫いた。
「……っ!」
ビクッと跳ねた体を押さえつけるようにヴァイルが再び口づける。シュエシの悲鳴はヴァイルの口の中に消え、震える体も両腕に包み込まれた。そのまましばらく動かずにいたヴァイルだが、深く口づけながら震える太ももを押し開きさらに奥へと楔を打ち込む。
「っ、っ!」
下着から覗く初心な先端から薄い白濁が飛び散った。毎晩のように吐き出しているからか色だけでなく粘度も低い。サラサラしたそれは下着やドレスを濡らし、ヴァイルの前立てあたりをも濡らした。
「後ろだけで果てたか。それだけわたしに馴染んだということだな」
「はっ、は、はっ」
「それに、果ててもなおわたしを食い締めている。淫らで貪欲な体も悪くない」
「んっ! あっ、ぁ、あ、あぁっ」
荒い息を吐いていたシュエシの口から甲高い嬌声が上がった。脱力していた体をブルブルと震わせながら楔をぎゅううっと食い締める。たまらず息を詰めたヴァイルは、そのまま最奥をこじ開けるように腰を押しつけ欲を吐き出した。
「ぁ……ぁ……」
注ぎ込まれる感覚にシュエシの顔がとろりととろけた。乱れた黒髪はところどころに紅色の艶が現れ、黒目も紅色の粉を散らしたような不思議な色合いに変わっている。細かな紅色がちらつく瞳を見たヴァイルは、一瞬目を見開いたもののすぐに美しい笑みを浮かべた。そうして「おまえは美しいな」と囁き、そっと目尻に口づけを落とす。
「焦らなくていいと言ったが、わたしのほうが焦っている」
「んっ」
「もしおまえが、わたし以外の同胞の血を求めるようなことがあれば……いや、そんなことはさせない」
「んぅっ」
敏感になった最奥をいまだ硬い切っ先に押され、シュエシの腰がビクンと震えた。
「早く血を求めろ。わたしの血がほしいのだと、生まれたばかりの牙で肌を貫いてくれ」
ヴァイルの手がシュエシの後頭部に回り、自分の首筋に近づけるように引き寄せた。鼻先が肌に触れた途端にシュエシの鼻腔を濃厚な薔薇の香りが刺激する。
(薔薇の……ヴァイルさまの香りが、する……)
とろりとしていた黒目がほんの少し光った。
(……喉が熱い)
ひどく喉が渇いているような気がする。口づけで赤くなった唇を舌先でちろりと舐めた。それでも渇きは収まらない。
(水を……違う、そうじゃない)
ほしいのは水じゃない。もっと濃厚で香り高いものだ。それがすぐそばにある。
シュエシの口がゆっくりと開いた。そうして目の前にある白く美しい肌にかぷりと噛みつく。そのまま赤ん坊が乳を吸うようにチュウチュウと吸いついた。
「そうだ、早くそうやって牙を突き立てろ」
シュエシにはまだ牙がない。それでも吸血鬼としての本能は目覚めつつあった。ほしいものはここにあるのだと言うように、熱心にヴァイルの肌を吸い続ける。
この日を境に、シュエシは肌を重ねるたびにヴァイルの首筋に吸いつくようになった。快感に溺れながらも唇を這わせ、かぷりと噛みついてはチュウチュウと吸う。そのせいかヴァイルの首筋にはいくつもの赤い痕が残るようになった。
襟の隙間から見える痕を見ながら、シュエシは今日も小さなため息をついていた。
(早くヴァイルさまの血を飲めるようになりたい)
シュエシは心からヴァイルの血を飲みたいと思っていた。血を口にする嫌悪感や恐怖は一切ない。空腹かどうかも関係なかった。ただヴァイルの肌に牙を突き立て血を口にしたい。それなのに牙がないせいで肌に食らいつくことができなかった。
だが、思いだけでは血を口にすることはできない。そもそも吸血衝動というのはもっと激しいもので、何日も水を飲んでいないほどの渇きを覚えるのだという。ヴァイルの血を飲んでみたいと思いはするものの、シュエシにそこまでの渇望はなかった。
(あと十日くらいで故郷に着くのに……)
宿に泊まるのも今日を含めて残り四回だろうとヴァイルが話していた。できれば馬車の中ではなく体を休めることができる宿で初めてを迎えたい。そのほうがヴァイルへの負担も少ないだろうとシュエシは考えていた。
(早く……大好きなヴァイルさまの血を、早く)
不意に喉がチリチリするような気がした。喉の奥が焼けるような奇妙な感じがする。「変だな」と思いながらコップに半分残っていた水を一口飲んだ。
(……あれ?)
水の味がしない。いや、もともと水に味はないのだからおかしくはないが、何かが違う。もう一口飲んでみるが違和感があり三口目を飲もうという気にはなれなかった。
(変だな)
そう思いながら本を読んでいるヴァイルを見る。相変わらずの美しい姿に見惚れるとともに、なぜか襟のあたりが気になって仕方がない。
(やっぱり変だ)
シュエシは無意識に舌で唇を舐めていた。口の中がむず痒いような気がして、それも気になる。どこからか甘い香りがしていることも気になった。
「は、は、」
どこかから荒い息が聞こえる。目の前が少しずつ赤くなっていく。
「ようやくか」
艶やかな声に、ゆっくりと顔を上げた。ソファに座る美しい人が自分を見ている。
「シュエシ、おいで」
手を差し出す姿に胸が高鳴った。名前を呼ばれ頭がとろりととろける。
(名前を呼ばれた……呼んでくれた。ヴァイルさま、好き、喉が渇く、いい匂い、好き、名前を……)
恍惚とした表情を浮かべながら、引き寄せられるようにシュエシがソファへと近づいた。
「初めての牙をわたしに捧げろ」
あぁ、なんていい香りだろう。この香りは……ここからする。ソファに片膝をつき、ゆっくりと首筋に顔を近づけた。すぐに甘く濃密な薔薇の香りが鼻に入ってくる。
(いい香り……おいしそうな、匂いがする)
うっとりしながらシャツの胸元を緩めた。現れた白く美しい肌にはいくつもの赤い痕があったがシュエシの目には映っていない。それよりも肌の奥から漂う芳しい香りに喉が鳴る。
「さぁ、その初心な牙でわたしに食らいつけ」
応えるようにシュエシの唇がゆっくりと開いた。唇の端に白く小さな牙が見える。その牙を肌に当て、ゆっくりと肌を貫いた。
ヴァイルの眉が寄ったのはほんの一瞬だった。すぐに美しい口元には笑みが広がり、褒めるようにシュエシの頭を撫でる。その黒髪には紅色の艶が広がり、嚥下する音のたびに血石 が光るようにキラキラと煌めいた。
シュエシはこの日、濃厚な薔薇の香りに包まれながら初めて美しい化け物の血を口にした。そうして待ち望んだ化け物になった。
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