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宮塚と喧嘩するのは俺のせいじゃない

会長はアホみたいな金持ちの家に生まれた箱入り息子。 風紀委員長は比較的庶民派な普通の男子。 非王道学園もの(ジャンル)は、 転入生に構って仕事をボイコットした生徒会役員がリコールされ、 新生徒会メンバーが学園を新しく生まれ変わらせました、めでたしめでたしが多かったりします。 これはそういう展開の後の話。 -------------------------------------------------------------  先々代の生徒会と風紀委員会の汚点を先代の先輩たちがそそいでくれた。  それはとてもいいことだ。  学園内のシステムの一新。  時代は変化し続ける。  ときに変革も必要なことがある。  美形保護の会である親衛隊の解散と様々なことで荒れた生徒たちの精神的ケア。  そういったことに生徒会などの先輩たちは尽力した。  自分たちの世代の傷を自分たちの時代で癒した。  大変すばらしいことだ。    ここはある種、実験的な学園で独自の文化を守っていた。  いろんな尖った生徒たちが尖り続けることが出来る場所だった。    自分たちのことは自分たちでするようにと大人は生徒を突き放した。  一歩引いた目線どころかとんでもなく遠くから眺めている。  感覚的に学校ではなくボーイスカウト。  各々が持てる力でサバイバル。  最低限のルールや保護者としての教師はいても見守るだけで頼りにはならない。  この学園に子供を導く大人はいない。  尊敬するためではなく反面教師を揃えていた。  こんな大人になってはいけないというサンプルケース。  あるいはこんな大人でも生きていけるのだという安心を与える役。    元々が人間不信だったり対人恐怖症だったり教師として他校で失敗した人々の集まりだ。  教師として授業はできてもそれ以外ができない。  生徒の力になる理想的な大人は居なかった。  だからこそ、生徒の代表である生徒会などに尊敬と期待が伸し掛かる。    事なかれ主義で動かざること山の如しな教師たちは都合の悪いトラブルメイカーたちを魔の世代と呼んで無視した。  教師からすれば卒業してしまえば生徒との繋がりは切れる。  一年二年ぐらい経てば学園の空気も変わると、そういう感覚だ。    なかったことにされた先輩たちのことを考えると哀れなのかもしれないが、後輩にしわ寄せがくることも予想して欲しかった。    自分の行動が自分だけのものではないと学生の身分でも分かるはずだ。  先々代の生徒会長たちは甘かったのだ。教師たちが受け流したように生徒たちも我慢すると緩く考えていた。  自分たちが排斥されるなんて考えていなかったはずだ。  ともかく先々代のやらかしで荒れた学園の空気は俺が生徒会長になったときには落ち着いていた。  すべては過去の話だ。    ただ歴代の便利だった学園のいくつかのシステムは消えてしまった。  先々代の言動により怒り狂っていた先代からすれば何もかもが悪しき風習に見えたんだろう。  長年続いていた規則や約束も見直され失われた。  先輩たちが終わらせたものが必要だと思ってもタイミングとして復活させることはできない。  今回の先々代の事件が風化して初めて以前の成功例としていろんなルールを引っ張り出せる。  俺の代で昔に立ち返るのはタイミングとして早すぎる。  感情的に否定されていたことが意外に筋が通っていて便利だと気づくのは後になってからだ。  先代が自浄作用として先々代を追放したようにシステムの入れ替わりは理由がなければできない。  こうなった原因は遠目からとはいえ見ていたので理解できるが、俺たちの世代が割を食っているとしか思えない。  生徒会役員全員分の服を洗濯しながら先々代が何もしなければやらずに済んだ家事にうんざりする。  本来なら俺はこんなことをしないでいい。  する必要のない人間だ。  生徒会長とはそういう立場だ。  以前は美形保護の会である親衛隊の人間たちが分担しながら美形である生徒会役員を助けてくれていた。    中学の時からずっと洗濯物は親衛隊に渡すのが普通だ。  新品だったりオススメの品だったり私服は親衛隊の人間がそろえてくれる。  自分で買ったり着る服に悩むことはない。    洗濯をしているのが誰なのか気にしたことはない。  指一本動かさなくても洗濯された清潔な服が毎日あることが重要だ。  先々代は親衛隊の行動が気持ち悪いと変なナイーブさを見せて、先代は自分のことは自分でするのがお互いのためだと考えた。    俺はそうは思わない。  洗濯をする第三者がいるのならしてもらった方がいい。  自分でする労力が限りなくゼロになるのは何よりも替えがたい利点だ。  メリットしかない気がする。  知らない人間に服を触れられるのが嫌だというなら永遠にクリーニング店を使うなと言いたい。  潔癖アピールする人間が年季の入った中華店で食事をしているぐらいもツッコミを入れたくなる矛盾だ。  お前のルールなんて知らないと叫びたい。    中学のころの俺は寮と校舎の往復という短い時間に学生鞄を持つことさえしなかった。  親衛隊の人間が鞄持ちとして日替わりで玄関前で待機している。  毎日違う相手なので鞄持ちもそこまで疲れないだろう。  食堂では何もしないでも座る場所を用意され、食事の配膳も食器の返却も人任せだ。  ときにお弁当を渡される。  それは旬の食材を詰め込んだ珠玉の品だ。  食堂で出すには採算が取れないのでスペシャル弁当という形で俺にくれるのだろう。  外で食事をしようとすれば、花は見えるが虫は少なく、日差しがまぶしくない最良の場所にレジャーシートを敷いて場所を確保してくれる。  目に見えて他との格差しかない特別扱い。  それが生徒会長という肩書きを持つ者の立場だった。  部屋は定期的に掃除がされ、とくに寝具は気を使ってくれているのか頻繁にデザインどころか材質が変わる。    寝具は清潔が一番だと聞く。  自分でシーツや布団カバーを取り換えるのは骨が折れる。  枕カバーぐらいならそこまで苦ではないが掛布団のカバーを取り換えるのは大変だ。  細かな気配りは、睡眠不足になると皮膚の弱いところや顔がかゆくなるアレルギー体質な俺を思ってのことだろう。  俺の安眠を考えてくれているのか抱きつく用のぬいぐるみや抱き枕なもを置いてくれていた。  そういうことも全部、今はない。  中学の親衛隊メンバーは美形保護を掲げて先代に解散されても気にせず俺の周囲を取り囲んでいた。  それを宮塚が蹴散らした。最低だ。  同じ学年でありながら留年した年上という対応に困る存在。    風紀委員長になった宮塚は独善的だった。  先代の生徒会の功績を認めているのはいいが、先々代の行動を嫌いすぎている。  運動部はどこでもマネージャーや下級生が部員たちの服を洗う。  毎日ユニフォームを汗だくにしていて、試合にレギュラー出場する選手ともなれば練習量も増え洗濯にまで手が回らない。  そのため部活内の暗黙の約束としてレギュラーメンバーの生活補助もマネージャーや下級生たちが行う。  洗濯は一部でしかないが、毎日の活動の中で忘れてはならない。  文明人は裸では過ごせない。  汚れた服を着続けるのも文明的な生活を営む人間として意識が低すぎる。  異臭は自分だけではなく他人も巻き込むバイオテロ。  つまり洗濯により毎日の文化的な生活が維持されているといっても過言ではない。  レギュラーの選手に快適な生活環境を提供するのもチームメンバーとして大きな役割だ。    その運動部理論によりグループ内による相互補助は認められている。  一から十まで自分でしろというわけではない。  生徒会役員の生活能力向上のために生徒会の人間は家事を分担して行っている。  これは地獄だ。  俺は洗濯を担当して、他の生徒会役員たちがローテーションで掃除と料理とそのほかの雑事。    問題なく最高のクオリティで生徒会役員たちが家事を行っているのかといえば、違う。  そんな魔法のようなことは起こらない。  俺と同じように中学の時に何もしないで生きてきた生徒が大半なので無理に決まっている。 「洗濯のなにが大変なんだ。服と洗剤を入れてスタートボタンを押すだけだろ」 「はあ? じゃあ、宮塚がやれよ」  風紀委員長である宮塚は俺が洗濯するのがイヤだというつぶやきに首をかしげる。  共感する気も肩代わりするつもりもないなら愚痴に返事をしないでもらいたい。  わざわざ宮塚に話しかけたわけではない。  俺の言葉のすべてが自分に向けられていると思っているなら自意識過剰だ。    宮塚のようなコーヒーを自分でいれたり、飲んだカップをいちいち洗うことを習慣づけている人間からすれば俺は堕落の王だろう。  コーヒーカップを洗うのが面倒だから缶コーヒー派になり、冷蔵庫から取り出すのが面倒なので常温で床に置いている。  缶ジュースすら冷やさずに飲む男だ。    中学までは冷えたジュースも熱いコーヒーも目線一つで用意してもらえた。  用意される食事はちょっとしたお菓子も含めて全部おいしかった。    いろんな人にお勧めの本やCDやニュースをおしえてもらえた。  全寮制の男子校とはいえ、世間的な流行が気になることもある。  どんなアイテムや要素、お店が好かれているのか、疑問は詳細なデータつきで根拠となる考察を含めておしえてくれる。  このあたりは生徒会役員の何人かが同じように博識を披露してくれるが、圧倒的に分量が足りない。  今まで俺の疑問に答えるために情報を仕入れて、質問に備えていた人間が一人や二人じゃないからだ。    彼らは親衛隊という集団で俺の期待にこたえてくれていた。  このために生まれてきたというような顔で一を聞けば百か要点をまとめて十で返してくれる。  一人ですべてをこなすのではなく、それぞれ専門分野をわけて情報を持っていた。  政治ネタや海外ニュースなんかはときどき重なることもあるが、それも三人ぐらいがお互いの発言を補足したり訂正していて面白かった。  一つの事件もテレビ雑誌ネットと報道の仕方が違っていることがあるので意見の多様性は楽しいものだ。  各社で発行している新聞をすべて読んで比較していた生徒が今は書記として近くにいるが、生徒会役員としての業務のせいか俺に伝えるほど自分の中で情報を消化しきれないらしい。  変わらずに新聞は読んでいるようだが俺に対して以前のようにおしえてくれない。  天才なら目から入った情報を瞬時に脳内で整理して他人にわかりやすい形に変換するのだろうが、天才は少ない。  そういうことだろう。  こういった中学のころの便利だった話をすると宮塚は不機嫌になる。  世間で起こる事件や流行などが気になるなら人から聞かないで自分で新聞を読めばいいと言う。  バカじゃないなら頭がおかしい。 「もう、いやだ。そろそろ夏だ。耐えられない」  クッションを抱きしめて床に転がる。  ソファに寝転がると宮塚が座れなくなるからだ。  それが分からないわけではない。  生徒会長と風紀委員長は一緒の部屋で生活して、相互監視をすることになっている。  先代は生徒会長と風紀委員長の仲が良かった。  お互いがお互いの仕事状況を見ることで学園が安定すると信じていた。  密な連帯感により平穏は確かに訪れていたが、これはこれでおかしい。  生徒会長と風紀委員長の仲が良いという前提がある気がする。  先々代の生徒会と風紀が学園を荒らしまわったのは事実だ。それは先代の改革により終わった。    現在はまあまあ平和なのだから以前のシステムに戻してもいいと思う。  あるいは新しいやり方と古いやり方のどちらを適用させるか当事者に選ばせて欲しい。  中学の環境のままだと思っていた俺からすると控えめに言って地獄。  翌日に着るシャツを自分で用意しなければならない億劫さに未だに慣れない。  毎日毎日いろんなことが煩わしい。  面倒だと感じながら生活すること自体が面倒だ。    自分でやらなくても済んでいた、生活を快適にするための気配りや配慮のようなものは失われた。    それでも、俺は周囲に生徒会長として以前と変わらない立ち振る舞いを求められる。  俺は単体で優秀だったり、見栄えのする容姿だったわけではない。  親衛隊として俺をサポートしていた数多くの生徒たちによって能力を引き出されていた。  俺は彼らに支えられていた。  頼まなくても風呂を掃除して湯船に毎日ちがった入浴剤を入れてくれる。  湯船に浸かっていられない俺のために時間つぶしのオモチャを置いてくれたりする。  呼びかければ退屈をしのぐ膨大な知識をくれる。  ときに挑戦的なレシピもあるが毎日三食きちんとした食事を用意してくれる。  俺の箸の進み具合を見て食材や味付けの好き嫌いを把握して次に生かしてくれる。  旬を大切にした料理に外れはない。  それが今や生徒会役員たちの作る残飯のような、料理と呼ぶのもおこがましいものを出される。    最初は何かの冗談だと思ったがお腹がすいていたら何でもおいしいと俺以外の人間は食べた。ちゃんと完食していた。  数日で何かを悟ったのかカレーとシチューとやきそばと野菜炒めがローテーションで出されるようになった。地獄だ。  市販のルーや味付け用の調味料を使用しているので吐くほど不味くはない。ただ美味しいとは感じない。  美味しいと思えないものを口に運ばなければならない精神的苦痛を宮塚は理解しない。 「洗濯物の生がわき臭さはお前が一度に洗うシャツの量が多すぎるせいで乾燥機能が不十分に終了するからだぞ? もう一度乾燥だけすればちゃんと乾く」 「洗濯物の話じゃない。寝室のことだ」 「二段ベッドの下がいいって言ったのはお前だぞ。また変えるのか」 「上も下もいやだ」  俺の発言に不思議そうな顔の宮塚。  許しがたい。 「上でも下でも床でも暑い」 「っても、クーラーはまだ早いぞ。六月になったばかりじゃねえか」 「何月何日であるのかは関係ないだろ。バカかよ。寝苦しい状態にしておくのはおかしいだろ」 「俺は普通に寝てる」 「お前の話なんかしてないっ。まずいコーヒーを飲むのもいやだし、寝汗をかいてるのもいやだし、自分でテレビをつけてニュースを見て、ネクタイを締めるのも全部がいやだ」 「……どうしたんだ、泣いてるのか」  クッションを抱きしめて床に転がっている俺の顔を見た宮塚が慌てる。  涙腺が緩んでいる自覚はあったが心配されるとは思わなかった。  心がないと思えるほど宮塚は無神経だ。  自分を中心にして物事を考えすぎている。 「お前、熱があるんじゃないのか。着替えて寝ろよ」 「いやだ、もういや。動きたくない」 「ガキじゃねえんだから、駄々こねるな」 「うっせーな。ガキの何が悪いんだよ。自分のことを自分でどうにかなんかしたくない。起きあがったらシャツを畳んで生徒会役員たちに渡しに行かなきゃいけない。いやだ」 「……手伝ってやるから落ち着け。体調が悪い時までいつも通りは求めてない」 「いつも具合が悪いからいつも俺の代わりに洗濯ものをどうにかしてくれ」  何度もこういったやりとりは続いていて宮塚は俺に呆れたりバカにしていた。  一緒の部屋に住んでいるのに始終口喧嘩ばかりをしていて、お互いの粗探しをして日々きらい度数は増していた。 「わかった。しばらくは俺が代わりにやる」  宮塚を見ると真剣な顔をしていた。  やっと俺の苦痛を理解したのだ。  俺は洗濯物を洗うために生まれてきたわけじゃない。  乾燥が不十分で生乾きの臭いに具合を悪くするために生徒会長になったのではない。  明日に着る服も、毎日のちょっとした掃除も、俺のすることじゃない。  やらなくても生きていけることに時間も労力も割きたくない。 「なんて言うと思ったか?」  俺が寝転がらずに座ると宮塚を見上げる形になる。  すると腹の立つ笑顔で宮塚に頭を撫でられる。  バカにされている。 「自分のことは自分でしろ。洗濯なんて一番楽だろ。アイロンがけしてるわけでもないのに文句を言うな」 「高価格帯の誰が飲んでも美味しいと感じるジュースを毎日飲んでいた人間が水に砂糖を入れただけの飲み物と呼ぶのもおこがましい液体を口に入れたいと思うか?」 「なんだ? また変な理屈を並べるつもりか」 「貧困にあえぎ、どうしてもカロリーが必要だとか、習慣などでただの砂糖水をありがたがる人種もいるかもしれない。俺はそうじゃない」 「瑠璃川、お前の王様理論は何度も聞いたが、リコールされた生徒会役員の作った王国は壊れた」  宮塚が呆れたような顔で俺を見る。  先代の生徒会長をテロリストだとは言いたくない。  けれど、学園全体の空気を持ち直したとはいえ俺のまわりは違う。  正確には俺の状況が悪化している。  家事に不慣れな生徒会役員たちの奮闘は俺の生活水準を下げるばかりだ。  快適で健康的だった日々が遠い。 「洗濯機のスイッチを押すのが泣くほど嫌なのは、もはや異常だぞ」 「宮塚は大切なことを分かっていない」 「なんだよ」 「洗濯機は乾燥までしかしてくれない。洗濯物を畳んで持ち主の元まで届けない」 「……おい、待て。理事長が死にそうな顔でお前を止めろって言ってたのはそれか」 「兄さんに言ったら洗濯物を持ち主のタンスにまで届ける洗濯機を導入してくれるって」 「バカ金持ちは!! スケールが違うな」 「お金があれば大抵のことはどうにかなるよな」  俺の発言に対して宮塚の返事は両手ビンタ。  両頬を同時につかまれるように叩かれた。  風紀委員長の癖にためらうことなく暴力行動を起こす宮塚。  一緒の空間に居たくない。 「やれよ、お前は。そのぐらいしろよ。洗濯物を畳んで生徒会の仲間に配るぐらいわけねえだろ。なんですぐにサボろうとするんだ。がんばれるだろ」 「サボるとかいう話じゃない。本来、俺がするべき業務じゃない」 「お前がする業務だよ。生徒会長は洗濯機係、ランドリー長だ。アイロンやボタンの縫いつけは出来ないなら人の手を借りてもいいが基本はお前が洗濯物の番人だ」 「いやだ。やりたくない。頭がおかしくなりそうだ」 「手遅れなほどに、もうおかしい」  失礼なことを言う宮塚。  自分が正しいと信じて疑わないのが風紀委員長なのかもしれない。  クッションで宮塚を叩くが簡単に手をひねられる。  痛いと口にしてもやめない。宮塚は本当にひどい。 「起き上がりたくない」 「起き上がってるけどな」 「立ち上がりたくない」 「洗濯物を畳んで役員たちに渡しにいくんだろ」 「いやだ」 「各部屋に洗濯物が溜まってるとそれはそれで悪臭を放って受けとりたくないって言うんだろ」  洗い終わった服を届ける際に汚れた服などを回収する。  それを含めて俺の仕事だ。 「洗濯物が精液臭い」 「はあ? 生乾きの臭いじゃなくて? はああ?」 「俺に洗濯物を渡す前に服を着たままエロいことをしている」 「……被害妄想じゃなくてか?」 「三十分ぐらい見せつけられてるから間違いない」 「なんで見てんだよ」 「汚れた服を放置したりするよりはいい。汚れたてだとまだ洗いやすい」 「役員の精液と汗が染み込んだものを受けとって……洗ってんのか」 「全力でほめたたえてくれ」  洗わないで新品を渡したいが、新品のパリッとしたシャツよりも肌に馴染む多少着古したものが好きなやつもいる。  そこを会長として考慮しないわけにはいかない。 「お前、会長として好かれてるんだと思ってたけど」 「けどってなんだ。好かれてるだろ? 言葉には気をつけろよ。宮塚、お前は俺にケンカを売りすぎだ」 「何もできないし、何もする気がないだろうから楽な係を与えられたんだと思ってたけど」 「けどなんだ。ハッキリしない男だな」  宮塚の含んだ言い方にイライラしてきた。  どうにもこうにも宮塚と俺は合わない。  最初からずっと好きになる要素がないやつだ。 「シーツの下にエンドウ豆があっても気づきそうな繊細さだな」 「アンデルセンか。あれはよくわかる。敷き布を何枚重ねても身体の下に何かあったら気づくものだ」 「異常だろ」 「俺は清掃が行き届き、ベッドマットに偏りはなく、肌触りのいいシーツに包まれて寝たい」 「それは理想だな」 「宮塚のような布団の中でスナック菓子を食べるような雑で汚らしい行動は死んでも出来ない」 「いちいち人をサゲるな」 「事実を言うと貶めてることになるなら元より宮塚の存在が下の下ということだ」  負けたと思ったのか宮塚は俺の頬を引っ張るという最悪の対応を見せる。  宮塚が俺にとって必要だったことはない。 「下の下どころか無かもしれない」 「すげーことを言い出すな。さっきまでベソかいてたのはなんなんだ」 「いやだと訴え続けるのも面倒になった。子供が泣くのは誰かがあやしてくれるからだと言うだろう」  言葉で伝えられないから泣き方で意思表示する。  俺は子供ではないので宮塚に構ってもらいたかったというわけじゃない。  どこかで期待していたとしてもこうして裏切られている。  宮塚は俺の味方にはならない。  助けを求めているのに力を貸してくれない相手と話すことはもうない。 「誰も反応してくれないなら人は無言になるものだ。ネグレクトを受けた子供の多くが泣くことがないという。泣いても誰も助けてくれないと知っているからだ。人は無駄なことはしない。言葉を殺すのは他人の無関心さだな」  黙り込んで訴えるのをやめようという気になれずにいる。  心のどこかで宮塚を年上だと思っているからなのか自分でもわからない。   「俺にいろいろ話してくれたのが無駄にならないように言いたいことは最後まで吐き出していけ」  俺に口を開かせないように攻撃したかと思えば肩を叩いてうながしてくる。  聞く気もなければ俺のために動く気もなかったはずなのに宮塚はこちらが引くと必ず近づく。  距離をとろうとすると引っ張ってきて気持ち悪い。  気づくとクッションをとりあげられ、ソファに座る宮塚の上にのしかかっていた。  意味がわからない状況だったが「で?」と催促される。 「宮塚のこと、きらい」  俺が宮塚の上に座りたくて座っているわけじゃない。  宮塚のせいでこうなっている。    俺が洗濯係になりたくて今があるわけじゃない。  宮塚が俺の周囲の人間を追い払ったせいでこうなっている。   「瑠璃川は嫌いな奴とキスすんのか」    至近距離で言われて苛立ったので腹を殴りつけたら手を怪我した。  本気で泣きだす俺に「大人げなかった」と宮塚が謝るが全く反省していない。  宮塚は楽しそうに笑っていた。精神異常者だ。    手首をひねった俺の代わりに数日の間、宮塚が洗濯をしたり部屋の掃除をした。  すると心を入れ替えたのか数人の生徒に俺たちの部屋の出入りを許可した。  俺の食事や部屋の掃除はその生徒たちがするらしい。  洗濯物を生徒会役員たちから受け取るのもその生徒たちで俺がするのは洗濯物を畳むだけだ。  毎日重くのしかかっていた労働が減って俺は元気になった。    それなりの食事を口にして、そこそこの長風呂をして、熱い夜はクーラーが利いて寝苦しくない。  中学のころの快適さには劣るが夏に倒れることはないだろう。        書記と肩を突き合わせて新聞を読んでいると言い難そうに離れてほしいと言われた。  何を言っているのかと逆に肩を肩で押す。   「瑠璃川会長、おれはまだ死にたくないです」 「お前は死なねえよ。俺がわからない漢字があったら誰が教えるんだ」  書記の頭に自分の頭を当てようとしたら新聞を奪われた。   「わかんない字があったら自分で調べろよ」 「なんで宮塚はそんなにケンカ腰なんだ」 「普通のこと言ってるだけだからな」    人の新聞を奪った挙句にこの言い方は喧嘩を売っているとしか思えない。  その上、新聞紙で頭を叩いてくるという暴挙に出た。  宮塚は最低だ。   「会長、あの」 「書記は宮塚の肩を持つのか? みんなそうだ。宮塚の味方ばかりする」    おろおろと視線をさまよわせる書記は頭を下げて逃げ出した。  俺が書記をいじめたみたいになってしまった。   「これは宮塚のせいだ!」 「今のに関してはそうだ」    新聞を返してくれた宮塚は書記が座っていた場所に腰を下ろす。  人が座っていたところに座りたい変態らしい。  俺は人のぬくもりがある椅子やソファが苦手だ。   「書記が嫌いだったのか」 「お前に近づく人間全部、大っ嫌いだ」 「全人類を嫌うとかスケールデカいな」 「瑠璃川はホントどーしようもないアホだよなぁ」    俺の両頬を両手で挟む宮塚。  新聞を読みたい俺からすると邪魔でしかない。   「俺がアホだと認めると学園全体のレベルの低下を認めることになる」 「普通の会話ができねえ奴だな」 「俺はアホでもバカでもない。ちゃんと新聞を毎日読んでる」 「読んでるだけで頭に入れてないならアホだ」 「うるせー。なにがしてえの? なんなんだよ、お前」    俺の顔をつかんでいる宮塚の手が外れない。  頭を動かそうにも宮塚の手の力の方が強い。  無理にしようとすれば俺の首がむちうち状態になる。   「付き合おうって言って、瑠璃川はOKくれたよな」 「ああそうだな。だからなんだ?」 「なんだじゃねえよ。俺と恋人なんだろ」 「何を期待してるのか知らねえが恋人だから自分が特別だと思ったのか?」    宮塚の表情が険しくなる。  年上のくせに心の余裕がないやつだ。   「俺は人から告白を受けたら断らない。それはつまり恋人はお前だけとは限らないってことだ」 「お前は何を言ってんだっ!!」    宮塚が押し倒そうとしてくるので蹴ろうと腰を引いて足を出したら変な角度になったらしく足首を怪我した。  立っていると痛かったりするので数日は宮塚に寄り掛かったり、背負われて移動する。  急に切れたのが嘘のように宮塚はいつも通りだ。  情緒不安定なんだろう。      後日、中学で俺に告白などをして了承した相手から絶縁状が届けられた。  俺とは絶対に関わりあいにならないという書面はすこしショックだ。  美味しいご飯を作ったり博識な彼らと縁が切れるのはもったいない。   「逃した魚はデケーよな。ああ、もったいない」 「それを俺に言う瑠璃川の神経がわからん」 「だって宮塚は年上のくせに同級生で、ガサツで、無神経で、言葉にして訴えないと俺の考えを察することができない朴念仁じゃないか」 「自分の恋人にスゲー勢いでケンカ売るよな、お前」 「俺が疲れたって言ってへばってる姿が好きだとかいう最低のクズじゃん」 「口数が減って程よくかわいい」 「通常の、いつもの俺は好きでもなんでもねえのかよ。ゴミめ」  恋人だと言うならいつでも好きだと思っているものだ。  少なくとも宮塚以外はどんな俺のことも愛していると言った。  あれしろこれしろと文句をつけてきたのは宮塚だけだ。   「瑠璃川が俺にメチャクチャ冷たくなった理由ってそれ? ずっと怒ってたわけ? マジか」 「怒ってない」 「拗ねて食事も喉を通らなければ家事もやる気が起きないとか、面倒くさいな」    最低な宮塚はなぜか俺の頭を撫でてきた。  喧嘩を売っている。   「別に面倒なところ分かった上で瑠璃川のことを好きだからいいけどな」    嬉しそうに笑ってる宮塚に頭突きをしたら俺だけが脳震盪になった。  宮塚は身体も心も頑丈すぎて俺の気持ちを理解しない。    家事も勉強も何もかも誰かの手を借りたり丸投げする方がメリットがある。  自分が動かないで済む分だけ自分だけに時間が使える。  つまり、中学のころのような生活を高校でも出来たなら俺と宮塚がいちゃつく時間はもっと増えた。  そんなことも分からないで馬鹿扱いされたくない。

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