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第1話

この国に吹く風は暖かくて優しい そしてどこかに花の香りがする 年中温暖な気候で国中にいつも花が溢れているからだろう そしてもう一つこの国に溢れるもの それは愛だ 有形無形あらゆるものの中で最も尊いのは愛 それが長い歴史の中で育まれてきたこの国の価値観 この価値観は国中の人間にとっては息をするほど当たり前で この世に愛に対抗できるものなどないと本気で信じている そして本当にこの国にそんなものは存在しない あらゆる愛情を大切に思うお国柄 同性愛も異性愛と変わらない扱いで 結婚にすら何の障害もない 子孫繁栄という国家の重大な懸案事項についても 「同性愛ってそんなに多くもないよね」という大雑把な統計で特に問題にもされない 第一、子宝というのは国家の大切な財産であると同時に 国民にとっても愛すべき存在なのだ だって子どもは愛し合った結果だしね! 恵まれなかった人たちは 恵まれた人たちの子をわが子同然に可愛がる 子どもは自分の周りの大人全員を自分を愛してくれる人たちとして認識して育つ 子どものいない家庭に人知れない悲しみはあれ 後ろ指をさされたり負い目に感じるような風潮はまったくない 村じゅうの子どもは村じゅうの大人に愛されるのが当たり前だ もちろんよからぬオトナもいるけれど 「愛がない」のは最も嘆かわしく残念なことなので そういうオトナはあまり楽しい毎日を送れないようになっている そんな幸せなお花がたくさん咲いているようなこの国も 国防に関しては結構強気である 全国民の愛の巣ともいえる領土を護ることに関して 何の容赦もためらいもない 豊かな土地と国を縦断する大きな河 温暖な気候と勤勉な国民性 富めるこの国に狙いを定める他国からの攻撃には必ず同等以上に迎撃する 時には多少フライング気味に応戦する 過剰防衛に至る場合もなくはない すべては国を愛する国民を護るためだ それ以上に優先されるべきことはないのだから 然るに国防に携わる人間はとても好意的に扱われる 国王陛下を頂きその命令で身体を張る彼らは 国王と国土と国民への愛情で動いている まさしく愛の砦 国王軍は大きく三つに分かれていて 国王の身辺と王宮のある首都を警護する部隊と水軍と陸軍だ 水軍と陸軍は領土と領海をいくつかの地域に分けて配備されている それぞれの中に特殊部隊や秘密兵器なんかもあるらしい 愛するものを護るのに抜かってたまるかという気概の現れである いずれの組織も将軍を頂点に置き 有事には彼が国王の命令を受けて手勢を動かす 中でも首都警護部隊は水陸両軍での経験がないと入隊できないし たくさんの民間人が暮らす首都に物々しさは似合わないので 必然的に戦闘のエキスパートを選りすぐって少人数を配置している 首都にまで攻め入られるような戦争はもう百年以上もないので 高い戦闘能力を発揮すべくほかの軍へ応援に呼ばれたりもする 彼らは未だに他国との攻防が日常であり大半の任務だからだ そんな軍人たちを束ねる将軍ともなればその能力は抜きん出て高く あまねく軍関係者はもちろん 国王陛下の覚えもめでたく信頼も厚い 子供たちの憧れにもなる 現任の首都警護部隊の第一隊隊長のグリフォード 彼も将軍になりたいと研鑽を重ねる軍人だ 戦績は語り草になるほどで短剣の扱いを得意とする 歳はまだ若く三十代半ばを過ぎたころ 充実した仕事を精力的にこなす彼には"婚約者"がいた その人の名はマディーラ 国王陛下の後宮を取り仕切る美しい男だという

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