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Ω騎士とα皇帝

 田島 輪(たじま めぐる)騎士(ナイト)である。ニックネームでも中学二年生の夏ごろをにおわせる設定でもなく、正真正銘騎士という役どころを担っていた。  この私立高校には少々変わった校風がある。校舎のちょうどど真ん中にまるで檻のような鉄格子(てつごうし)があって、そこを境にαとΩが完全に別れて学生生活を送るのである。  すべてはフェロモンに影響されがちなαと理性を無くしたαに襲われがちなΩ、そして学校全体の風紀を守るための措置であるが、これだけでは不十分と、各クラスからそれぞれのクラスの風紀を守る存在としてαなら【皇帝(エンペラー)】、Ωならば【騎士(ナイト)】が一人ずつ選ばれるのである。  双方の代表者は自分のクラスを守るために常にいがみ合い、喧嘩腰に意見を交わすこともしばしばある。この日も輪は同学年のα代表、皇帝の木﨑 淳(きさき じゅん)と鉄格子越しに睨みあっていた。お互い、大勢の味方(ギャラリー)を引き連れて。  発端は突然発情期がやって来てしまった一人のΩの生徒を、複数のαが襲ったことにある。普段は気にも留めない鉄格子のおかげで事なきを得たが、事件が起こってしまったからには本人の意志に関係なく駆り出されるのが代表者である。  αの言い分は、発情期が近いくせにαに近づくなんて不用心だ。Ωの自覚が足りないというもの。Ωの言い分は発情期はある程度周期は予想できても毎度予定通りに来るわけじゃない。ちょっと匂いを嗅いだだけで発情する節操なしのαが悪いというものだ。  輪としては正直、どっちもどっちだと思うのだが、Ωの代表である以上は中立を選ぶことは出来ない。自分という強い味方を得たことで、日ごろの不満まで好き放題吐き出す自軍を片手を軽く上げることで黙らせると、諦めの境地で一歩前に出た。  眼鏡のブリッジを押し上げてから、小柄な体を精いっぱい大きく見せようと腕組みをして仁王立ちする。 「ヒエラルキーの頂点が聞いて呆れるな野蛮なαども。待ても出来ないなど駄犬以下じゃないか。お前の監督不行き届きだぞ。じゅ……木崎」  うっかり名前で呼びかけるのを何食わぬ顔で言い直し、口火を切る。とたんにα側から「Ωの癖に生意気だ」「お前たちが誰彼構わず誘惑するせいだろう」と罵声が飛んでくる。  恵まれた容姿と体格を約束されて生まれてくるαは皆大柄で、こうして怒りをあらわにするとΩとしては少しばかり怯んでしまうが、それを態度に出すわけにはいかない。震える足に力を入れ、彼らを……否、その先頭に立って薄ら笑いを浮かべる男を睨みつける。  他のΩからみれば、馬鹿にしているしか見えないであろうその嘲笑が、実は矢面に立つ輪を気遣うものだと知っているのは真っ向から向けられる輪のみだ。 「まあ、Ωの子が怪我したのはこっちの責任だと認めるけどさ。襲われて辛い思いするのはそっちなんだから、もっと自制させたら? 用もないのに境界に近づくなんて、襲ってくださいって言ってるようなもんでしょ」  完全に同意する。そもそもどうしてその生徒は鉄格子に近づいたりなどしたのか。それは、交際中のαを一目見たくて教室から出てくるのを待っていたからだ。別に恋愛禁止というわけでも自由が制限される全寮制というわけでもないのだし、会いたいのなら放課後にでも会えばいいのに。 「それに関してはこちらに非があったと認めよう。だが、彼に怪我をさせたことに関しては謝罪すべきだと思うが? 待ても出来なければごめんなさいと頭を下げることも出来んのか? 気位の高いα様は」  直訳すると、とっととこの場を収めるために謝ってくれという意味だ。果たして付き合いの長い淳には正しく伝わったらしい。 「それもそうだね。はい。ごめんなさいして」  自分たちの味方だったはずの淳に命じられ、他の生徒と一緒になって喚いていた二人の生徒は狼狽した。まさか味方であるはずの淳に裏切られるとは思わなかったのだろう。だが、αばかり謝らせるのも良くない。  Ωのフェロモンがどれほどαを惑わせてしまうのか。それを身をもって知っている輪は彼らに対し同情を禁じ得ないのだ。 「こちらも不用意に鉄格子に近づいたことは済まなかったと思っている」  深々と頭を下げると、今度はΩ側が動揺しはじめた。「騎士が謝ることじゃない」と擁護してもらうが、心にも身体にも傷を負った生徒の代わりに謝罪するのも代表者としてのだいじな務めなのだ。 「あっちは詫びたよ? 君たちには出来ないの?」  いつも高圧的なΩの代表が頭を下げた上、自分たちの代表に呆れ顔で言われては彼らも頭を要求を受け入れざるを得ない。かくして、今回の騒動は収まった。まだ双方ぶつくさと文句を言っているが、多少の不平不満は自分たちで処理してほしいものである。 (……思ったより早く片が付いたな。良かった)  いつもより浅い呼吸を気取られないうちに輪は踵を返した。同じクラスの生徒たちがぞろぞろと後を付いてくる。彼らが壁になってもう淳の姿は見えない。輪は心から安堵した。 (発情期の時期に問題を起こさないでほしいものだ……)  輪のフェロモンを感じ取れる相手はこの世に一人しかいないが、だからこそ、その相手に近づきたくはなかったのだ。今回はクラスメートの前で醜態を演じずに済んだが、後少し会議が長引いていたらと思うと、ぞっとしてしまう輪なのだった。 「はあ……」  ふらつく足取りでどうにか帰宅し、手すりに寄りかかるようにして階段を上ると、ようやく自室にたどり着く。カバンを置いて眼鏡を机に置き、首輪を外して放ると同時にベッドに倒れ込んだ。 (ちょっと嗅いだだけなのに、なんて威力だ……)  一時は難を逃れたかと安堵したが、やはり番のフェロモンは確実に輪の身体を蝕んでいた。どうにか一日すまし顔で乗り切ったが、自宅が見えたところで一気に緊張がほどけた。あとはもう気力で体を引きずって部屋に戻って来た次第だ。 「淳……、」  熱に浮かされながら、番の名を呼ぶ。優しく触れる手の感触を思い出しただけで身体が切なく震えた。高熱が出た時のように火照った身体がもどかしく、どうにか解放しようと濡れそぼった下肢に手を伸ばす。 「あっ……、ん、」  前を弄るだけでは足りない身体であることは分かっている。濡らす必要はないように感じるが、一応指をしゃぶってから蕾に潜らせた。 「んっ……ふ、」  下には母がいる。輪の体質については熟知しているとはいえ、やはり身内に濡れた声を聴かれるのは恥ずかしいので、懸命にシーツに噛みついた。 (本当に、なんて難儀な身体だ……。淫欲に溺れることしか出来ない)  おまけに隘路(あいろ)は指では足りないとばかりに物欲しそうにうごめく。輪は聞き分けのない自分の身体を心底疎ましく感じた。 (淳とは、身を守るために番になったに過ぎない。だから、毎度発情期に付き合わせてはダメなんだ)  事の起こりは今年の春。Ωの代表者である騎士に選ばれた輪は、自分が発情期を起こしていては仲間を守るどころではないと考え、同じくαの代表で中学からの友人だった淳に番になって欲しいと頼んだ。  投票による決定で、自ら立候補したわけではないのだが、それでもクラスメイトの期待には応えなくてはならない。そういう責任感の強さが間違った方向に働いて、自分の身体を犠牲にした。  もちろんαの方からは一方的に番契約を解消できると知った上での決断だ。淳にもすべてを説明した上で了承してもらっている。  だからいずれは、このうずきに一人で耐えなければならなくなるのだ。だから、今から予行練習をしていると思えばいい。 「あ、淳……、淳、もっと……奥、」  なのに何度か発情期に助けてもらった弊害で、近頃の輪は危険な方向へ進んでしまっている。身体が番を求めてしまうのはしょうがない。ある種の生理現象のようなものだ。しかし、どういうわけか、心までもが淳を求めてしまう。 「……淳、」  何度も名前を呼ぶうちに否応なしに真実を突きつけられる。一時の番契約のはずが、輪は順に恋をしてしまった。  出来るならば最初の契約を反故にして、生涯の番になりたいと身勝手なことを願ってしまう始末。だから、ここのところ輪は極力淳を避けるようにしていた。  代表者として駆り出された際には仕方ないが、それ以外は顔を合わせないようにすることで、心の中に芽生えてしまった過ちを正そうとしたのだ。 「は、あ……。淳、……触って、」  だがその選択は逆効果だった。離れれば離れるほど、心と体が貪欲に番を……淳を求める。 「……おねが、……淳」 「うん。いいよ」 「……!」  聞こえるはずのない返事に仰天して振り向くと、ここに、輪の部屋にいるはずのない人物が壁に寄りかかるようにして立っていた。 「な、なんで……」 「ん。インターフォン聞こえなかった? それに部屋に入るときもノックしたけど」  口元には笑みを浮かべているのに心では笑っていないのが、約半年付き合った輪には分かってしまう。淳は今、静かに腹を立てていた。 「やっぱり発情期だったんだ。甘い匂いがするはずだよ」  顔を近づけ、すんすんと匂ってくる。驚いていた輪は、自身が下半身をむき出しにしていることを思い出して慌てて前を隠そうとした。だが、濡れそぼった手を淳に捕らえられてしまう。 「そ、んな……、あんな一瞬で」 「分かるよ。それで俺からも匂って、本格的に発情しちゃったんでしょ? なのに呼んでくれないなんて酷いな。……俺は輪の番なのに」  耳元で熱っぽく囁かれる。次いでお仕置きとばかりに耳たぶに歯を立てられて、輪はあられもない声を上げてしまった。 「最近、俺の事避けてるし。かと思えば一人で発散しようとするなんてさ。俺、正直傷ついたよ」 「ん、……だ、だって、」  首筋を舐め上げられ、首に着いた歯型を上書きするように噛みつかれる。ちくりとした痛みすら、今の輪には快楽に変換されてしまう。 「だって、何?」 「俺たちはいずれ、別れる関係だ。来年、遅くても卒業したら、離れることになる、から、ぁ……」  服越しに胸の尖りを痛い程につままれる。発情期を隠したことにそれほど業を煮やしていたのか。 「うん。それで?」 「ん、ぅう……だ、から……今から、慣れておかない、と……んぁっ、あっ」  説明を求めるくせに愛撫の手を止めてはくれない。それどころか中途半端に愛撫したまま放置されてより敏感になった竿を握り込まれてしまう。 「や、あ……っ、ふぁ、うっ……、じゅ、淳、で、る……っ」 「出したら?」 「あぁっ、待て、待って……あっ、ああっ、は、激しく、しちゃ……やあぁっ」  容赦なく追い立てられ、あっけなく果ててしまう。ぐったりと弛緩した身体は再びベッドに沈んだ。淳は息を荒らげる輪の上に覆いかぶさり、熱っぽい視線で見下ろしてくる。輪に匂いにあてられたのか、淳もずいぶん息が上がっている。  自分を欲しがる愛しい人の姿に、胸がうずく。歓喜に身体が打ち震えるようだった。こんな姿を見たら、ますます恋してしまう。逃れるように目を閉じた。 「こっちも弄ろうか。……ああもう、ぐちょぐちょだ」 「はっ、あぁん……、だ、だめ……まっ、あぁっ」  一方的に目蓋で視界を遮ったことがよほど気に喰わなかったのか、淳はいきなり二本の指を後孔に沈めてきた。待ちわびた人の指に肉壁が舞い上がってむしゃぶりついて、動かさなくとも凄まじい快感が襲う。 「ねえ、輪。何か勘違いしてるみたいだけどね。俺は君を生半可な気持ちで番にしたわけじゃないよ」 「え……? あっ、……んやっ、やぁ」  大事な話をしている。一言一句聞き逃したくはないのに、中を苛める指は止まってくれない。やめてと泣きながら頼むも、へそを曲げた淳は許してくれなかった。 「でもそっか。番って言う立場に甘えて、大事な事後回しにした俺も悪いね」 「あっ、んんっ……ど、どういう、意味……」  ここでようやく淳は中を弄る指を止めてくれた。指が引き抜かれ、恋しがるように中がうごめくが、これで少しはまともな思考が保てる。  ほっとしていると急に淳が距離を縮めてきた。鼻先が触れ合って、キスの予感に胸が弾む。念願の瞬間は即座にやってきた。感触を確かめるように何度か唇が触れ合って、続いて唇を舐められる。隙間をこじあけるような動きに促され、輪は口を開けていた。 「ん、んん……」  口腔もすでに淳がもたらす喜悦を憶えてしまっている。互いの舌を絡めあって、歯の裏側から口蓋、頬の内側まで丹念に舐られる。  普段は空に浮かぶ雲のように気ままで、何事にも淡泊に思える淳からは想像もできないほど情熱的なキス。最初にされた時には驚いたが、今はすっかり身体に馴染んでしまっていた。 「ふ……ぁ、」  二人分の唾液が舌先から繋がる。濡れる唇を舌で舐められ、最後に軽く吸い付かれた。 「輪。好きだよ」 「……はぇ?」  キスの後で頭がぼんやりしていたこともあって、ずいぶん間抜けな声になってしまった。そんな輪に微笑を浮かべ、もう一度耳元で囁く。 「好き」 「……!」  まるで耳から直接熱を注がれたようだった。これ以上はないかに思われた体温がさらに上昇する。空っぽになった内側が切なく収縮する。一秒でも早く熱い熱で満たしてほしいが、今は肉欲よりも優先すべき大事なことがある。 「す、好きって……、え? だ、誰が? 誰を?」 「俺が、輪を、好き」 「……っ」  パニックを起こして真っ白になった頭に浮かんだ疑問が、次々口から飛び出す。淳は著しく知能が落ちている輪を嗤うでもなく、一つ一つ丁寧に答えてくれた。 「は、はあ……? な、なんで」 「なんでって」  心にもないとはいえ、顔を合わせれば小生意気な口ばかり利くこんな男のどこが可愛いというのか。顔の造作だってΩの中では地味な方だ。華奢ではあるが、やせっぽちでもっさりした黒髪の、いかにも地味眼鏡という容姿である。  一方、淳はαの皇帝の役職にふさわしく容姿端麗、おまけに一部のαのように自分の出自を鼻にかけるわけでもない。誰にでも分け隔てなく優しく、マイペースに生きているようでいて周りをよく見ている。 (そんな男を好きにならないはずがない……)  初めから恋心があったわけではないにしろ、淳がそういう人柄だと分かっていたからこそ、番になって欲しいと頼んだ事実は否めない。淳ならば受け入れてくれるだろうという予感があり、実際その通りだった。 「だってさ、考えても見て?」  困惑する輪の髪を撫でて、殊更柔らかな声を発する。 「αとΩの代表なんて所詮は学校側の責任逃れのために選出される存在で、大抵の代表者はなあなあにやってるのに、輪は選ばれた途端、クラスメートを守るために番になってくれだよ?」  確かに輪は昔から真面目過ぎるところがある。おまけに先輩や後輩の代表者が適度に手を抜いていると分かってはいても、初心を貫いてしまう石頭だ。 「昔からそうだったけど、頑張り屋さんで根を詰めすぎるから放っておけなくてさ。見守ったり、手伝ったりしてるうちに恋したっておかしくないよね?」 「そ、そういうものなのか……?」  だが確かに、付き合っていられないと見限らないのは淳らしい考え方と言えるかもしれない。それが恋情に変わるというのはやはり不思議だが、恋愛というものは押し並べて理屈が通じないものだ。 「それにね」  額をぴったりくっつけてくる。お互いまだ息が上がっているので、汗ばんで熱を持っていた。 「αだって、いい加減な気持ちで番を選ぶわけじゃないよ。いくら頼み込まれたって、輪の事を一生愛する自信がなかったら、俺はOKしなかった」  その言葉に衝撃を受けた。確かにその通りだ。他のαは知らないが、少なくとも淳は相手を不幸にすると分かっていて番を解消するような薄情な男ではない。彼の人柄は知っていたはずなのに、信用できなかった自分が酷く恥ずかしい。 「ご、ごめ……」  しかし謝罪の言葉は唇に振れた指先に封じられた。 「謝るよりも、輪からの返事が欲しいな」 「へ、返事……」  何に対する返事なのかは聞かずとも分かった。先ほどとは違う種類の羞恥に胸がぎゅうっと絞られる。 「うん。俺の事どう思ってる?」 「……う、そ、それは」  おかしい。淳は難なく口にした、たった二音の言葉がなかなか言葉に出来ない。  ただ態度は雄弁で、もじもじと恥じらっている姿から、多分輪の想いは通じているのだろうと思う。  淳は恥じらう輪の手を取って、自身の胸に押しあてた。制服越しに押し当てた心音がいつもより早いリズムを刻んでいることが手のひらを通して伝わってくる。淳だって緊張しているのだと分かると、ふっと緊張がゆるんだ。 「……俺も、好き」  すると不思議なことに、堰き止められていた想いが唇から零れ落ちた。 「嬉しい」  淳の率直な言葉が輪の心臓を貫く。拍動する度に広がるじくじくとした痛みがなぜか幸せだった。 (まさか、淳も俺を……、)  正直、今でも半ば夢を見ているような気分なのだが、心が満たされると同時にさらに激しさを増した身体の渇きが、現実なのだと教えてくれる。 (だ、ダメだ。……両想いになったら、余計に……)  きゅうきゅうとひくつく蕾が、輪の理性を容赦なくそぎ取っていく。気付けば輪は淳の首に腕を絡め、ぐっと引き寄せていた。素直に下りてきてくれた淳と口づけを交わす。 「ん……、は……、ぁ、じゅ、淳……、お願いだ。……もう、欲しい」  告白の余韻も早々に求めてしまう自分の浅ましさに涙をこぼしながら、輪は淳にねだった。淳が輪の目尻に溜まる涙を拭って、それはそれは幸福そうに微笑んでくれたことで救われた気分になる。 「うん。俺も欲しい」  欲しいと言いながら、一時離れていく。最愛の体温と適度な重みが離れて行ってつい目で追ってしまうと、淳がゴムの包装紙を破っているところだった。目が合って、苦笑される。 「大事にさせてね」  よほど物欲しそうな顔をしていたのだろうか。みっともない姿を見せてしまったが、それよりも大切にしてもらえるという喜びに満たされていた。  再び淳が覆いかぶさってくると、凄く安心する。 「入るね」 「うん。……んっ、あぁっ」  輪が頷くまで待ってくれた淳が、ゆっくり腰を進める。欲しがって震えていた肉筒がやっと手に入れた熱を奥へ奥へと導く。 「……くっ、凄いな。……持ってかれそう」 「んぁ……あっ、ごめ……」  吸い付いてくる誘惑に負けずに根元までゆっくりと埋め込んだ淳が、汗ばんだ前髪をかき上げながら美麗な微笑を湛えた。 「謝らないでよ。嬉しいんだから」  求められることが嬉しいと言って、ゆっくりと律動を始めた。 「んっあ……あぁっ、」  番との交わりは、いっそ恐ろしくて(おのの)くほど極上の快楽をもたらす。  熱い肉棒が浅い位置にある敏感な部分と、最奥にある入り口を順番に刺激し、その度輪は背を弓なりにしならせて嬌声(きょうせい)を上げた。  もう下に母がいるという事実も頭からすっぽ抜けて、ただただもたらされる快楽に()くことしか出来なくなる。  最初は労るようだった淳も、擦り上げる度より濃厚に立ち上るΩのフェロモンにあてられて、次第に余裕を失っていった。今はもう、肉同士を激しく叩きつけるほどに情熱的に貪られている。 「あっ、ああっ……淳、淳……っ、」 「輪……、……っ、輪」  互いの名前を呼びあって互いを限界まで追い詰める。 「あっ、もう……もう、イく……っ、イ、っくぅ……っ」 「いいよ。輪。……俺も、もう、やばい……っ」 「も、もう駄目……もう、……っ、ああっ!」  最初に果てたのは輪の方だった。中にいる淳を思いきり締め付けて、息が出来ないほどの絶頂に上り詰めた。 「……くっ」  一拍遅れて、輪の中で淳の屹立がひと際大きく跳ねる。お互い波が過ぎるまで耐えた後、汗みずくになった身体を重ねた。  互いに浅い呼吸を繰り返しながら、ふと目が合って微笑みあう。どちらからともなく唇を触れ合わせてキスを何度も繰り返した。 (ああ、……好きだ)  見つめあって、飽きずにまた唇を交わして、心の底から好きだと実感する。愛おしさを抑えきれなくなって抱きしめると、淳も輪を抱きしめ返してくれた。  今までは一方的な想いだと思い込んでいた。だから、こうして肌を重ねても、心のどこかに空しさがあった。だけど今は違う。身体だけじゃなく、心も満たされている。 (あ……)  それがたまらなく幸福だと思ってしまうと、ダメだった。体温がまた上がってしまう。匂いが濃くなったことに気付いて淳が顔を上げて、居た堪れない気持ちになる。 「また、欲しくなっちゃった?」 「う……」  優しい微笑が今だけは胸に痛い。恥じらいながらも頷くと、淳が輪の頬に手を当てた。 「奇遇だね。俺もだよ」  熱の孕む声と色っぽく細められた眼差しに救われる。そして輪は再び淳と愛し合った。これからもずっと、たとえ代表者で無くなっても一緒に居られる。確約された未来に喜びを感じながら。 終わり  

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